第17話 何が起きたのか。



【時は少し遡る】


「リチャードさん」


「君は剣聖のたしか大河くんか」


「はい!大河と申します」


これが剣聖のジョブを持つ少年か、なかなか礼儀正しそうじゃ無いか。


「それで剣聖のジョブを持つ君が俺になにか用事があるのかな?」


「はい、今迄、他の騎士の方と練習をしていたのですが、最早、全員が私の相手にならないのです。リチャードさんは100人隊長と聞きましたので、一手御指南頂ければと思います」


確かに周りを見ると6名の騎士がへばっていた。


そうか、やはり剣聖のジョブは凄い。


こんなに短期間で騎士を超えてくるとは。


もうこの場で相手出来そうな存在は、俺位しかいないだろうな。


「そうか、ならば相手をしよう」


俺がそう言うと剣聖大河は剣を放り投げてきた。


なぜ、剣を放り投げてきた。


練習なら木剣でも良い筈だ。


「待て、これは真剣で無いか?刃こそ潰れているが危険だ…練習なら、まだ木刀で良いだろう?」


「いえ、木刀では感覚が鈍ると聞きました!だからこそ真剣でお願いしたいのです。お互いが寸止めにしてスキルを使わなければ、そんなに危ない事にはならないでしょう」


そろそろ、剣を使う時期が来たか。


「それもそうだな」


此奴は剣聖だ。


これから先の人生剣を持って戦い続ける。


ならば早くから真剣に慣れたい。


その気持ちも解らなくも無い。


受けてやるべきだな。


「解かった、それなら大丈夫だろう。 一応真剣ではあるが刃を潰した物だしな。これなら最悪骨折ですむから最悪な事態でもヒーラーに頼めばどうにかなる」


「その通りです」


気のせいか、今口元が笑った気がするが…見間違いだよな。


「解かった、それじゃ掛かってこい!」


幾ら剣聖とはいえ、まだ練習期間だ。


スキル無しなら流石に俺には届かない筈だ。


「行きますよ『瞬歩』『斬鉄』」


「おい待て、スキルは使わない…うがぁぁぁぁーーっ!貴様卑怯だぞ!」


此奴、スキルを使っただけじゃないか?


しかも、此奴の剣には刃がしっかりある。


油断した、俺の剣が右手と一緒に宙を舞っている。


まさか、剣聖にまで選ばれた人間がこんな卑怯な真似をするとは…


「ははははっ馬鹿っばーかっ、騙されてやんの!」


「ううっ!貴様卑怯だぞ」


「卑怯? 俺が戦うのは魔族じゃねーのか? お前は魔族相手に卑怯とか言うのか? あん? 戦場では騙される奴が悪いんじゃねーの?」


糞っ!だが、此奴の言い分も最もだ。


此処が戦場なら俺は殺されている。


「ハァハァ解かった俺の負けだ」


「バーカ、馬鹿、此処は戦場だといっただろうが! 戦場じゃ勝者が絶対だ! 勝手に終わらせているんじゃねーよ!まだ終わらせるわけねーだろうが『瞬歩』」


「貴様ふざけるなぁぁぁぁー-っ!うがぁぁぁぁーーーーっ貴様、俺の足が足がーーーっ」


「はははっ騎士風情が無様だな!手も足も出ない、いや手も足も片方ないお前じゃもう騎士として終わりじゃねーか…虫けら以下だな」


そう言うと此奴は俺の頭を足で踏みつけた。


血が流れだしていて体が寒い…意識が朦朧としてきた…


「貴様、幾ら何でもやり過ぎだ、良くも隊長を」


「叩きのめしてやる」


「卑怯者、ゆるさねー」


「駄目だ、はぁはぁお前等じゃ相手にならない…やめろ…」


そいつは…剣聖だ…


「なんだぁ?騎士って言うのは虫けらの事を言うのか? あん?」


「キール、ボブ、ルールーーーーーっ」


俺の目の前には部下たちが転がっている。


全員が俺の様に手や足何処が欠損している。


幾らヒーラーが居ても、急がないとくっつかなくなる。


「もう、止めてくれ」


「止めてくれじゃねーだろう?」


「ハァハァ!止めて下さい…お願いします」


「はん、勉強しない奴だな! こ.こ.は.戦場! 負けた奴は何をされても文句は言えねーんだよ! お前達は負け犬…俺が従う道理はねーんだよ」


駄目だ、俺は死んでも良い。


だが部下たちは…これじゃ、もう騎士としては生きていけないだろう。


だが、命だけは助けたい。


その為にはこうするしかない。


クソ…惨めだな…騎士ともあろう者が…助けを求めるのか…


「助けてくれーーーっ誰か助けてくれーっ」


騎士の誇りなんて関係ない。


今の俺にはこれしかない。


「流石は虫けらだな『助けてくれ?』俺は『剣聖』止められるのは『勇者の大樹』だけだが彼奴は今此処にはいねーよ」


いや、もう一人居る。


此奴の保護者の緑川だ。


教師の言葉なら此奴も聞くはずだ。


「貴様、一体何しているんだ! 大河、お前と言う奴は!何を考えている?やり過ぎだぞ!」


緑川だ、緑川が来てくれた。


これで、皆が助かる…俺は安堵からかそのまま意識を失った。


◆◆◆


「貴様、いったい何をしているんだ! お前と言う奴は」


「緑川せんせい…俺は騎士を相手に訓練していただけですよ?」


「これが訓練? ふざけるな! どう見てもやりすぎだ…今直ぐヒーラーを呼んでくる」


これが俺の生徒なのか? どう見ても狂犬だ。


確かに元から荒々しかったけど、此処迄残忍な性格じゃ無かった筈だ。


「はぁ~先生、何言ってるんだ!ふざけんなよ!」


「このままでは死んでしまうぞ!お前だって人殺しにはなりたくないだろうが?」


「緑川よう! なんで人を殺しちゃいけねーんだ? 此処は異世界なんだぜ! これから魔族を殺そうと言うのによう!いざ実戦で殺せなかったら困るだろうがーーっ!」


此奴、本当に俺の生徒か?


「大河!いい加減にしないか?騎士は仲間だ、お前は敵も味方も解らないのか、これだから…」


嘘だろう、大河が拳を振り上げている。


「ぐわああああっぐへっ」


いきなり腹を殴られた。


「緑川よう…お前何時まで教師風吹かせているんだ? 『たかが上級騎士』が偉そうによ! 俺は『剣聖』なんだぜ! お前とは格が違うんだよ!」


「ぐわっはうげえええええええええっ」


此奴躊躇なく俺を殴りやがった。


「汚ねーな、吐きやがって。此処まではおまけだ、一応俺と同じ異世界人だしよ、今迄は先公だったからな…だから斬らなかった!だがその伝手で許してやるのは此処までだ、俺に文句言うなら殺すぞ!雑魚がぁ」


「冗談は…よせ」


「冗談じゃねーよ!此処は日本と違って『俺を罰する警察』はねーんだよ? 理解しろ! 確かにお前を殺せば文句位はいわれるがそれだけだと思うぞ…俺は勇者パーティの剣聖。この世界に必要な人間なんだからな!」


「そんな訳は」


あるな…魔王討伐に必要な4人の一人。


そう考えたら…無いとは言えない。


「あるのは薄々解っているんだろう? 俺は『剣聖』なんだぜ! 俺や大樹が『魔王と戦わない』と言ったら困るのはこの国の方なんだぜ!」


「…」


力に酔っている…だが、もう大河に私の声は届かない。


「その証拠に、この国の王はよ!理人を殺しても文句いわねーって言っていたらしいぜ…」


「そんな馬鹿な」


「本当の事だぜ!まだ解らねーのか? さっきから相当時間がたつが騎士が俺を捕らえに来ねーよな! メイドやら使用人が報告くらいするだろう? それで動かないのは見逃している、そういう事だろうが?」


さっきから確かに沢山の人間がこちらを見ていた。


なかには明らかに身分の高い者もいたが何も起きない。


そう考えると此奴のいう事は嘘では無いのだろう。


此処は異世界だ、日本とは違い命の価値にも差があって当たり前だ。


世界を救う五大ジョブの中の1人『剣聖』


それに比べたら、他の人間の価値は余りに低い。


『教師』そんな肩書は此処では通用しない。


私は生徒を守るつもりで王や貴族とかなり揉めた。


これ以上揉めても何も良い事は無い。


此処までやったんだ、もう良いよな…


『私だって自分が可愛い』それにもう教師でもない、此処は異世界だから。


そろそろ私も保身に入らせて貰う。


「大河、君の言う通りだ、剣聖の君にはもう逆らわない」


「解かれば良い、緑川! 今迄の事は今回は特別に許してやるよ、但し次はねーからな!」


もう此奴には逆らわないし、私にはその力も無い。


国が許している以上…何も出来ない。


「解かった」


「あん?」


「解りました」


駄目だ、もうこいつ等に文句を言える存在は…王位しかいないだろう。


屈するしか無い…それが大人の生き方だ。


◆◆◆



「これで解かっただろう? 俺や大樹達は選ばれた特別な存在なんだぜ! お前等なんて生かそうが殺そうが自由だ…誰につけば良いか考えろ! まぁ考えるまでもねーけどな」


大河の勝ち誇った声がこだまする。



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