第14話 恋の作法
「公佳?うん、ええ。今は駅。晩御飯?別に何も考えてないけど」
時刻は17時を回り、外は雨が降っているらしい。全く、予報は外れなかったか。
うじうじと悩んでいたが、そろそろ覚悟を決めて母さんに連絡しようとした時、夏城さんのスマホがコールされた。相手は、須藤らしい。
盗み聞きするつもりはないが、対面で電話をするのも憚られたので、通話が終わるまで黙っていることにした。
「別に?普通に買い物。は?うるさいわね……ううん。ちょっと面倒ごと。代わりましょうか?」
すると、恋人と通話中の彼女は、なぜかこちらに視線を向けてくる。のみならず、シンプルなブルーのカバーがついたスマホをこちらに寄越してきた。
「もしもし?」
「武井だったか。外したわ」
「急に何?恋人同士で完結するの良くないよ」
果たして、通話の相手は露骨にガッカリした声音の須藤公佳だった。失礼じゃない?普通に。
「あー、すまん。優姫があんたの知り合いっていうから、六条だと思って身構えてた」
「面倒ごとから連想したな。そうなんだな」
「さあな?で、その面倒ごとってのは?」
ちら、と夏城さんの方を見れば、寝ている皇さんの方を指してから、話せってジェスチャーをしてくる。嫌なんだけどな……絶対笑われるし。
でも、夏城さんは恩人だ。彼女の頼みなら、聞かないのは不誠実。仕方なく、俺は須藤にやらかしてしまったことを語った。
「まあ、そういうわけで。皇さんは原因不明の爆睡中、俺はこのことを母さんに話したくない、でも雨降ってるしどうしようって感じだよ」
「く、はは…なんか、最近おまえ面白いな」
「うっせ」
「んー、そうだな。武井」
「なに?」
「乗せてってやろうか?」
「え?」
俺は今、高校二年生をやっている。必然、同級生である須藤も高校二年生だ。
日本において自動車免許が取得できるのは十八歳からのはずで、ということは。
「無免許運転……?」
「いやちげーよ」
即刻、否定された。テーブルの反対側の夏城さんが無音で机をばんばんして笑っている。あなたの方が面白いよ。
しかし、となるとどういうことなのだろうか。原付の免許は取れるけど、雨の中寝ている後輩をバイクで返すわけには、というか二人乗りは違法だ。
「あー、俺な、今知り合いの車に乗っかって野暮用からの帰りなんだよ。それで、優姫も今日出かけるって言ってたから、拾っていこうと思ってたんだ」
「よかった、友人が違法行為にてを染めてなくて」
「おまえな……まあいいや。それで、ついでだからおまえと皇も乗っけてってやろうかって、な」
神か?持つべきものは親友だ。
「ありがとうございます。お世話になります須藤様」
「様はやめろよ、気持ち悪い。というか手のひら回りすぎだろ、せんべいでも焼いてんのか?」
「せんべい買っていかせていただきます。お待ちしてます」
「いやいらねえから」
苦笑する須藤に心からの感謝をささげつつ、スマホを持ち主に返す。夏城さんは二言三言会話したあと、電話を切った。
「よかったわね」
「本当、よかった……神様夏城様仏様須藤様だよ」
「ふふ、なによそれ」
須藤が駅に着くまでもう少し時間あるらしい。雨が降っているなら、皇さん用にウィンドブレーカーでも買わないとまずいだろうか。いやでも財布の中身が。
「武井くん」
ふ、と皇さんの方から目線を外せば、真剣な表情の夏城さんがいた。
「あなた、皇さんのことが好きなのよね?」
「……うん。そうなる」
「で、告白したら、彼女は」
「一緒に勉強しませんか?って、言ってくれたよ」
今思い出しても、あの恥じらうような微笑みは火力が高すぎた。一目惚れから、もっと好きになったんだ。
「ふーん。まあ、わかったわ。あなたね、ちょっとがっつき過ぎよ」
言われて、過去の行動を思い返す。
ここのところ、学校にいる間は、できるだけ皇さんに会えるように頭を回らせて、家にいる間は恋愛指南書みたいなものをネットで調べて読んでいた。週末はこうしてデートに来ているし、確かに皇さんファーストで生活している。
これが、がっついているというのだろうか。
「その顔、わかってないみたいね。いい?あなたと皇恋夢さんは、別に恋仲じゃないの。それはわかってるのよね」
「さすがに。これから、もっと彼女を知っていって、その時にまた告白するよ」
「それは結構なことね。で、よ。あなたは恋に盲目になっているようだけど、本当に、彼女も同じ気持ちなのかしら?」
「それは……」
「あたしの視点からだと、あなたが彼女を好き勝手振り回しているだけに見えるわ。恋人同士なら、それも楽しいけど。皇さんは、あなたが彼女に向けるものと同じ熱量で、あなたのことを想っているのかしら?」
告白は、断られなかった。でも、受けてもらえたわけじゃない。
俺は一目惚れで、俺たちはまだ出会って二週間と少ししか経っていない。
嫌われては、いないと思う。そう、信じたい。でも……好かれているのか、それが恋愛的な意味での、「好き」なのか。全然、わからなかった。
「恋するのは勝手よ。人間の権利だと、あたしは思うわ」
少し厳しい口調で、それでも俺に「恋愛」を教えてくれる。先達の彼女は、でも。と言葉を続けた。
「その恋が報われたいのなら。相手からの愛を望むのなら。自分勝手じゃ、いられないのよ」
ぐ、と。息が詰まった。鳩尾にパンチを食らったような感覚。
俺は、彼女に拒絶されなかったから、舞い上がって。
「……ちょっと厳しく言いすぎたわ。そんなに気にしすぎないでちょうだい」
「いや。胸に刻むよ」
「そ。よく話し合うことよ、皇さんと」
その後しばらくして、須藤と北野さんという人が、車で迎えに来てくれた。
車の中での会話は少なく、さっきの夏城さんの言葉を噛み砕いていた俺も、自分からは誰にも話しかけなかった。
「着いたわよ」
閑静な住宅街の一角。建売であろう家々の中の一つの前で、乗用車は止まる。
すっかり暗くなってしまった外の様子が、俺の心をなおさら暗くさせた。
「皇さん。家、着きましたよ。そろそろ、起きてもいいんじゃないですか?」
必定、一日デートに付き合ってくれた、年下の思い人へ向ける声色も暗くなり、俺と同じく後部座席に座っていた恋愛アドバイザーからは、ため息をつかれてしまった。
「親御さんへの説明、必要でしょ。あたしも行くわ。あなただけじゃあらぬ疑いをかけられそうだし」
「まあ、それがいいだろうな。武井、今日は俺たち四人で遊ぶ予定だったことにしとけ。おまえと二人きりで、ってことだと、先方も心配事が増えるだろ」
「うん。ありがとう、二人とも」
傘を差して、三人。玄関へと向かって歩く。
インターフォンを鳴らしたあと、出てきたのは皇さんのお父さんと思われる人で、俺たちの説明を聞いた後、難しい顔でなにかを考えた後、静かに頭を下げた。
社交辞令で上がっていくよう言われたが、なんだか後ろめたくて、俺は固辞した。たぶん、夏城さんも長居するつもりはなかっただろうから。
「今日はありがとうございました。俺、電車で帰るんで」
「なんだイ。台風も近づいているんだかラ、乗っていけばいいの二」
「そういうわけには。お世話になりました、北野さん」
何か言いたげな須藤と夏城さんにも手を振って、俺は歩き始めた。
雨脚が、また強くなった。
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