第13話 救世主様のお通り

 眠りこける皇さんを前に、俺は盛大に頭を抱えた。

 少し抵抗はあったけど、華奢な肩を揺すっても、柔らかい頬をぺしぺし叩いても、目を覚まさないとあらば、仕方がない。


「失礼します」


 脇の下から背中に腕を回し、ソファに腰掛けるように起こす。イロイロ当たってしまったけど、心頭滅却すればふわふわもまた涼し。俺は罪悪感と鉄の理性で、それら全てを無視した。

 念の為頭が壁に当たらないように調整しながら、結構早くシェイクを始める。頼む、気絶してるのか寝てるのか全然わかんないけど、頼む。起きてくれ!


「皇さーーん!起きて!お願い!起きてください!」


 ぐらぐらぐら!どれだけ揺らしても、意識が戻る気配はない。それどころか、表情が少し柔らかく……可愛いな……いやいやいや。起きてもらわないと本当に困る!


「皇さん!マジで!俺あなたのこと置いていけないし、あなたの家も知らないし、立ち往生なんですけど!お願い起きて!!」


「すぅ……すぅ……すぅ……」


 がくり。膝をつく。

 なんで起きないんだろう。いや、本当になぜ?病気とかだったらすごく心配なんだけど。病院連れていくべきだろうか。でも、俺彼氏でもなんでもないんだよなぁ……。

 この世の終わりのような状況。そろそろ店員さんも異変に気づいて声をかけてくるかもしれない。皇さんのご家族に迷惑をかけたり、皇さん本人の風聞に傷がついたりすることは、なんとかして避けたい。


「母さんに、電話するしかないのか……」


 高校生にもなって、親の助けがなければデート一つ完遂できない。そんな自分の不甲斐なさに涙が滲んできた。

 けど、背に腹は代えられない。母さんに車を出してもらおうと、スマホのスリープを解除したその時。


「あら?武井くんじゃないの。デート?」


 見知った声、正確には見知った奴の彼女の声が、敗残兵のような雰囲気の俺に、掛けられたのだ。


「な、夏城さん!?」


「こんばんはね。お邪魔だったかしら?」


「むしろ助けてほしい!ありがとう夏城さん!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。なんであたしが手伝う前提なのよ。というかどうしたの?そんな必死で」


 足に縋り付く勢いの俺にドン引きしつつ、同学年一の美少女は同じテーブルに腰掛けた。全然ドキドキしなくて安心したのは内緒だ。


「とにかく、状況を説明してもらわないとわからないわ。なんで皇さんは寝てるのよ」


「これには深いわけがあってね……」


 せっかく掴んだ藁。絶対に離さない。俺はそんな気持ちで、事実をきっかりそのまま、しかし鬼気迫る勢いで説明し始めた。


「なんと言えばいいのかしらね」


 全てを聴き終えた夏城さんは、呆れ顔を浮かべた。


「とりあえず、病院に連れていくかどうかは、皇さんが起きてから考えましょ。もし、おうちに送り届けて、明日も目が覚めないようであれば、その時は親御さんに事情を説明しなさいよ?」


「はい。ありがとうございます、本当に」


 救世主様はスマホを使って、方々にメッセージを出し始める。さすがお嬢様、人脈が広くて助かる。それほど時間も経ずに、皇さんの家の場所もわかるだろう……っていうと、なんか犯罪臭いけど。


「実際犯罪まがいよ」


「え。ちょっとまって、心読みました?」


「顔に書いてあるわ。そんなことより、公衆の面前で後輩の美少女を押し倒すって、どうかしてるわよ」


「いやいやいや、語弊」


「どこに語弊があるっていうの?劣情、あったんでしょ」


「うぐ」


 そう言われると弱い。あと少し、理性の働きかけが弱かったら、俺は彼女の唇に……いや、よそう。思い出すと余計に記憶がクリアになっていく。忘れるんだ。


「詳しい原因はわからないけど、羞恥と恐怖で気絶したっていうのが、有力な説じゃないかしら」


 くすぶっていた罪悪感が勢いを増してくる。本当に、俺というやつはなんてことを!いや、最初は不可抗力だと思うんだけどね!?


「あ、家の場所わかったわよ。梓沙の後輩が中学から一緒らしいわ」


 よかった。なんとか家まで送り届けることはできそうだ。


「でもどうするのよ?ここからだと二駅、眠ったままの彼女をおぶっていくわけ?怪しまれるわよ」


「二駅あるんだ……えー、どうしよ。やっぱ母さんを頼るしかないのか」


「お母さんに車出してもらえるなら、そうしなさいな。あたしが居るとややこしくなるだろうから、その場合は帰るから」


「というか、夏城さんは用事なかったの?あと、須藤と一緒じゃないの以外」


「あのね、あたしだって三百六十五日二十四時間公佳と居るわけじゃないのよ。長続きの秘訣は、それぞれプライベートな時間を作ることなの」


「え、惚気?」


「悪いかしら」


「いえこちらこそ野暮なこと聞いてすみませんでした」


 夏城さんは、変わったと思う。昔の彼女は、誰にでも笑顔のお嬢様って感じで、だからこそ、周囲との間に引かれた、冷たい一線が印象的な人だった。

 でも今は、恋人の友人とは言え、俺みたいな普通の奴ともこうやって軽口を交わしている。

 彼女の取り巻きだった女子たちはいい顔をしなさそうだけど、俺はこういうリラックスした夏城さんのほうが、らしいと思う。


「なによ」


「夏城さん、須藤の彼女になってから変わったなーと思ってね」


「そりゃ変わるわよ。恋ってそういうものでしょ?」


 あなたも気づいてるんじゃないの?と。俺の奢りで買われた二杯目のジャスミンティーを啜りながら、彼女は言った。

 ああ、そうかもしれないなって。未だに寝息を立てる思い他人の方を見て、そう思った。

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