第11話 サメは文学
さて、サメ映画である。
いや、ここまで来てしまってから聞くのもなんだけど、本当に皇さんは一緒に見てくれるんだろうか?だって、今日も全席空いてるぞ。
「今回ばかりは俺に出させて欲しい」
「え、そんな。自分の分は払いますって」
「いや、今日は譲らない。信じられない駄作だったら、俺の肩身が狭すぎます」
「え、ええ……そ、そこまでいうなら、お願いします」
覚悟の決まった目でチケットを買いに行くと、さすがの皇さんも少し引き気味だった。
決して見るのは初めてではない、空席オンリーのパネルから、ど真ん中の席を二つ選ぶ。学生料金で一人九百円。明らかにこの映画上映するのは大赤字だろうが、それでも封切りを決めたオーナーには、頭が上がらない。いや、別に会ったことないけどさ。
「ポップコーンと飲み物はいつもより多めに買った方がいいよ」
「そうなんですか?」
「見入るところが基本ないからね。または、一切買わないで爆睡っていうコースもある」
「そ、それは見に来た意味がないんじゃ」
「まあね。だから俺はいつもLLサイズ」
ファミリー用のポップコーンを買い込み、一番奥まったところにある、小さなシアターへ向かう。
俺が脅し過ぎたからだろうか、隣を歩く後輩は、少し緊張した様子だった。
「あ、ごめん。ちょっとハードル下げすぎちゃったかな。たまに良作もありますよ」
「たまに」
「……少し盛ったかも」
実際、名作と言われるものももちろんある。ただ、そういった名作に並ぶ作品は、客席ガラ空きなんていう事態になるわけがないけど。
「た、楽しみです」
「うん。俺も」
奇妙な緊張感に包まれている皇さんに、ちょっと笑いをこぼしつつ。俺は、スクリーンに目を向けた。
『ザ・頂上決戦!スペースギガシャークVSアースドラゴンキング』の上映が、今始まるっ!
……ナメていた。いや、別にサメ映画を甘く見ていたわけではない。俺がナメていたのは、この作品だった。
なんとこの、『サメVSドラゴン』、ラブロマンスだったのだっ!
いや、普通に意味わかんなかったけどね。憎み合っていたはずのスペースギガシャークとアースドラゴンキングが、実は好きあっていて、クライマックスでの決闘の後、擬人化してキスしてEND。こんな展開、誰に読めるっていうんだろう。
そして、そんなぶっ飛びすぎたストーリー展開よりも、ずっと驚いたこと。
「ひくっ、うっ…スペースギガシャーク、寂しかったんだね…よかったね、よかったね…!」
それは、ポップコーンを口に運びながら、隣で啜り泣いている皇さんだった。
いや、え?
面白かったかと言われれば、うん、まあ、予想が全くつかない展開っていうのは面白かったと思う。少なくとも、見に来て良かったとは思った。でも、感動して泣くようなシーンがあったかと言われると、どうだろうか。ぶっ飛びすぎて、感情移入は難しかったんだけど。俺は。
「えっと、皇さん……?」
「は、はい。あ、もうスタッフロールでしたか。ひくっ…あっという間でしたね」
「そう、だね?えっと、楽しんでもらえたなら良かった」
「はい。感想会、しましょうね……!」
やたらと積極的な彼女にせっつかれるように、俺はトラまろを見た後にも寄った、あの喫茶店に足を運んだ。
この間と違って、お腹は空いていなかったので、俺はカフェラテと小さなシフォンケーキを。皇さんは同じくミルクティーの他に、コーヒーゼリーを注文していた。
「私、サメ映画がああいう感じって、知りませんでした。全然」
「いや、人間以外のロマンスメインのサメ映画とか、そうそうないからね?ジャンルの総評ではないからね」
「そうなんですか?おっきなサメが人間に退治されるより、よほど楽しいと思うんですが」
そういう見方もあるのか。俺にとってサメ映画とは、サメの恐怖と、サメに盛られた(盛られてしまった)凄まじい力への恐怖を、登場する人間たちが上手く躱して、最後には倒すっていうストーリーが「普通」だった。
でも、言われてみれば、常識に囚われないサメが大量に出てくる時点で、ストーリーも「普通」に囚われる必要なんてないのかもしれない。
「皇さんは、どういうところがよかった?」
「はい。スペースギガシャークが地球を襲うのは、実は長い間ひとりぼっちで宇宙を漂っていた寂しさからで、アースドラゴンキングが彼女のその悲しみに、戦いの中で少しずつ気づいてあげる…う、うう。思い出すだけで涙が…。えっと、そういう人間味のある動機がよかったです」
トラまろの時は、周りの親子連れの中にも何人か涙を見せている人がいた。でも、今回のことで確信する。きっと彼女は、圧倒的に涙もろい。
「それに、アースドラゴンキングはたぶん、サメなんですよ」
「え、なんて?」
「ですから、サメなんです。だって、スペースギガシャークのこと、痛いほどよくわかって、彼女からも好意を寄せられるって、きっと彼も元はサメだったんですよ」
なんて?いや、アースドラゴンキングはドラゴンじゃん。ドラゴンじゃないと、対決のテーマ壊れちゃわない?
自らの考察を熱く語り始めた皇さん。ここで、俺はもう一つ確信する。この色白の愛らしい後輩は、作者そこまで考えてないと思うよ、を地で行っているらしい。
「えっと、熱くなってるところ悪いんですけど、皇さんって国語、実は苦手?」
「え、な、なんで分かったんですか!?いえ、えっと。正確にいうと、小説読解とか、古典も、心情理解がダメ、です……」
藪から棒に問いかけてしまったためか、恥ずかしそうにしゅん、と身体を縮こまらせる。テーブルに置かれたミルクティーをちゅーっ、と気まずそうに啜る姿が、なんとも小動物的で可愛かった。じゃなくて。
「あー、ごめん、気にしてること聞いちゃって」
「いえ、いいんです。いいんですけど、なんでわかったんですか……?そんなに、わかりやすかったでしょうか」
「皇さんってさ、たぶん、考えすぎちゃってるんじゃないいかなって。考察は素敵なことだし、現文の小説だって、深く噛み締めれば色んな見方が出てくると思う。でも、それで問題の趣旨をぶっ飛ばしちゃったら意味ないし、サメ映画なんてもっと頭空っぽにして見てもいいんだよ」
「うー、そういうものでしょうか」
「俺はそういう、舞台裏の事情へ突っ走る読み解き方も好きだよ。でも、もし苦手をなくしたいって、思ってるならね。あ、説教臭くなっちゃってごめんなさい」
急に恥ずかしくなって、俺もやってきたカフェオレに口をつける。程よい冷たさが、上がった体温を適度に冷ます。
「あの、武井先輩。お願いが、あるんですけど」
「うん?」
「私に小説読解を教えていただけませんか?名作を、とかじゃなくって。過去問とかで、いいので」
う、と。一瞬言葉に詰まる。ちょっとこれは本当に、説教になりすぎてしまったかもしれない。別に、皇さんの勉強が足りてないとか、言うつもりはなかったし、なにより俺自身、現文の成績なんて中の中だ。
「あー、申し訳ないけど、俺以外の適任を探した方がいいと思うけどな……。俺、苦手じゃないだけで、特段得意なわけでもないんだよ。大口叩いちゃってごめんなさい」
「そ、それでも。先輩に、教わりたいんです」
また、言葉に詰まってしまう。今度は、シフォンケーキを一口と、カフェオレを口に含んで、時間を稼いだ。
噂に聞く限り、皇さんは一年生の中でも成績上位者だ。国語は苦手なのだとしても、それ相応の地頭の良さと努力の量がある。対して俺は、自他共に認める真ん中。これといって苦手な教科もない代わりに、他の人よりできる得意教科もない。教え合う関係として、間違いなく噛み合わない。
でも、ぎゅっと祈るように組まれた両手と、上目遣いにこちらを伺ってくる視線が、「断る」という選択肢を奪い去っていた。
「それはずるいって」
「ずるい、ですか?」
「ううん、OK。焚き付けちゃったのは俺だし、先生役、受けさせていただきます」
「ありがとうございます!」
ちょっと荷が勝ちすぎるような気もするけど、腹を括ろう。皇さんの上目遣いを見てしまったんだ。このくらいの役柄、こなせなくてどうする!
「じゃあ、早速、お願いしてもいいですか?山月記、なんですけど」
「え?教科書持ってきてるの?」
「はい。少しでも繰り返し読んだら、わかるようになるかな、と思って、文庫本の代わりに」
ま、真面目すぎる。これは思ったより大変かもしれない。
対面に座っていた席を、隣同士に変えて、追加でアップルジュースを二杯頼む。突発、現代文勉強会は、こうして始まった。
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