第9話 OHANASHI
夕暮れ時。部活終わりで騒めく昇降口で、俺は帰る途中の友人を捕まえた。
「トキ、ちょっとお話しようか」
俺は帰宅部だけど、今日は図書館で勉強しながら時間を潰し、今まで彼を待っていた。昼、時透先輩の言っていた、新聞部の号外を片手に。
「やあ、アサト。こんな時間まで僕を待っていてくれたなんて、素敵な友情に涙が出るね。でもまずは、握りしめた拳を解かないと、健全な話し合いはできないと僕は思うけどな」
メガネの奥に相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら、この確信犯は舌を回す。
「どうやら心当たりはあるようで安心したよ。さあ、懺悔を聞かせてもらおう」
「いや、はは。別に謝ることはないと思うけどな?君が彼女に告白したのは、一年生に数多くの目撃者がいただろ。僕がネタを持ち込まずとも、記事になるのは確定的だったさ」
「そこじゃない。お前、俺の個人情報売っただろ」
「はっはっは。なんのことだろう?別に君がこれまで恋をしたことあるかとか、恋バナに参加したことがあるかどうかとか、大したことじゃないだろう?」
全く余裕を崩さず、しゃあしゃあとトキは語る。こいつ本当に、どうしようもないな?
「あのこと言ったら、殴るって言ったよね」
「あのこと?ああ。『…………天使?』のことかな?ふ、くふっ」
「OK。了解。顔はアザ残ると面倒だし、鳩尾にしとこうか」
右の拳をぎゅっ、と握り込み、目の前の犯人に負けないほどの笑顔で、左手をトキの肩に乗せた。
「まあまあまあ。アサト、人類には言葉というとても素晴らしい道具があるじゃないか。君もお話をしよう、と言ったはずだ。ここは一緒に帰りつつ、ゆっくりと相互理解を」
ふっ、と拳を突き出す。鳩尾の手前で寸止めされた暴力(たいわ)に、トキはたらり、と冷や汗を流した。
「は、はは……なに、奢ればいいかな?」
「カップ麺とコーラ。あと俺と皇さん関連の話を新聞部や他の人に漏らさない約束」
「次はないってことね。いやあ、本当に殴られたらどうしようかと思ったよ。さすがアサトは優しいね」
やっぱり殴った方がいいんじゃないだろうか。改めてちょっとこづいて、俺たちは帰路についた。
☆☆☆
「そういえば、カズのことなんだけど」
「この間言ってた、黒歴史暴露についてかな?」
「んー、それもあるんだけど」
前にこいつに話した時は、適当に流されたけど、今なら多少殊勝だし、ちゃんと聞いてくれるのでは、と。もう一つの悩みを打ち明ける。
「トキに向かって急に早口になったことはない?」
「ないね。しゃべってくれない最近だけじゃなく、昔も。話したとしても、一言二言くらいだったよ」
「そうか……うーん、俺もこの間が初めてだったんだよな」
「そもそも、僕はアサトほどカズと仲良くないからね。君が仲良かったから、他より話してたっていう程度で」
俺とトキは、小学校から中学三年までの間ずっと同じクラスだった。小さい頃は見てくれの良さで人気者だったから、俺も友人というよりは知り合いくらいの距離感だったけれど、こいつが愉快犯的なクズだとみんなが気づいてからは、クラスが一緒だった俺くらいしか友人がいないような状態になっていた。
「別に僕は友達がたくさん欲しいわけじゃないんだよ。君と違ってね」
「ナチュラルに俺の思考読むのやめてくれない?気持ち悪いんだけど」
「おや、図星だったか」
へらへら笑いながら、そう宣う。こういうところが人が離れていく要因だと思うんだけど、それでも俺が友達なんてやってるのは、たぶんなんとなく、憎めないところがあるからだ。
「カップ麺は醤油?味噌?シーフード?」
「醤油」
コンビニに着いて、トキの奢りでカップ麺とコーラを買う。今まで喧嘩したことは結構あるけど、大体ここのコンビニに寄ったら仲直りだ。
「カズは、アサトが手を掴んだ時と、君の腕を彼女が掴んだ時に、早口になったんだよね?」
すっかり見慣れた会計セルフレジに小銭を入れながら、トキは確認するような口調で言った。
「ああ、うん。確かに、そうだったかも」
「それじゃ、誰かと手を繋ぐことが、トリガーかもしれないね。僕の想像だけど」
手を繋ぐ。簡単なことに思えるけれど、俺たちくらいの年齢になってくると、なかなか難しい。それが条件だとしたら、たまたま連続して──別に意図した訳ではないけど──手を繋いだ俺だけが、カズの早口に遭遇してるというのも、考えられなくもない。黒歴史暴露は、やっぱりちょっと理解できないけど。
「トキも繋いでみてよ」
「僕はさっきも言ったけど、君経由で彼女とそれなりに仲が良かっただけだからね。しかもそれも、過去形」
「さんざん俺を揶揄ったんだから、いいでしょ、そのくらい」
「さて、買い物も済んだし、さっさと電車に乗るとしようじゃないか」
「おい話をそらすな」
結局誤魔化されて、お返しにまたこづいて、俺たちは久しぶりに一緒の電車で帰宅した。
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