第21話
義姉様が前に出てこようとしてくださったので、来ないでくださいとメッセージを送ると、義姉様は孔雀羽の扇を広げて楽しそうに瞳を細めて見せた。
『さあ、やっておしまいなさい!』
と、侯爵家の皆様が言ってくれているみたい、本当に素晴らしい人たちだわ!
ラーシュはイデオンが抱っこをしたまま、私は扇をゆっくりと広げて自分の口元を隠すと、侮蔑を込めまくりながら言いました。
「ねえ、イデオン様、嬉しそうに私が年増だとはしゃぎ、騒いでいる方々なんですけれど、貧民街にお住まいの方々なのかしら?」
イデオンは私に寄り添い、彼女たちの方を眺めながら呆れた果てた様子で言い出します。
「そうだね、あんな裸みたいなドレスを着ているという事は、到底貴族とは思えない。貧民街から迷い込んだのだと思うね」
私たちの侮蔑の言葉が最初、理解できなかったみたいね。
だけど、徐々に頭の中に浸透していったみたいで、怒りで顔を真っ赤にした侯爵令嬢が、
「何を言っているの!馬鹿にするのも・・・きゃあああああ!」
文句の途中で悲鳴をあげながらしゃがみ込んだ。
その悲鳴を皮切りにして、貴族派の貴婦人や令嬢が、慌てた様子で自分の体を掻き抱く。
『黄金(ドウラード)』と名付けられた、輝くような生地でドレスをしつらえたご婦人ばかりが揃ってしゃがみ込み、ドレスの光沢部分がごっそりとこそげ落ちるようにして足元に広がり、残った布生地は薄く、下着やコルセットが透けて見えるような状態となっていた。
中には乳房が露わになって見える人もいたため、会場はパニック状態に陥った。
ベックマン商会で仕入れている『黄金』という名の生地は湿度に弱い。
舞台裏ではたくさんの湯を沸かし、扇であおいでこちらの会場に送り込んでいるような状態のため、舞台に近ければ近いほど、ドレスの被害が大きくなる。
私たちが出てきた扉が再び開くと、パニック状態となった会場を眺め渡しながら足を運んできたアドルフ王太子殿下が、
「偽物の生地による被害がここでも出てしまったか!」
と、わざとらしいほどの驚きの声をあげる。
殿下が合図をすると、外で待ち構えていた使用人たちが大きなタオルや敷布を抱えて会場へと入り、光沢がはげ落ちてしまって、下着が透けて見えてしまっている貴婦人たちを包みこむようにして保護する。
突然の出来事に騒ぎが大きくなっていく会場に向かって、殿下は指笛を一度鳴らすと、舞台上へと注目を集めた。
殿下は輝くような金の髪色に空色の瞳を持つ美丈夫で、金の房飾りが肩を飾る純白の礼装がとてもよく似合っている。殿下の髪色が金でお妃様の髪色が銀色、太陽と月の夫婦とも言われて、とても人気があるのです。
お妃様は現在、二人目をご懐妊中で外に出ることは少ないようなのだけれど、とても仲の良い夫婦としても有名だった。
殿下は睥睨するように貴族たちを見回すと、凛とした張りのある声で言い出した。
「カタラン王国は『黄金(ドウラード)』と名付けた生地を開発する事に成功し、我が王家にも献上くださったのは記憶にも新しい事と言えるだろう。多くの人間がこの新しい生地を手に入れる事を望み、カタラン王国との貿易が活発となったのは言うまでもない」
見事な七色の光沢が崩れ落ち、裸同然の格好を晒す事になった貴族たちが、ハッと息を飲み、殿下の次の言葉を待っている。
「この新しい生地は砂漠のような乾燥地帯で着用するのには何の問題もないが、湿度が高い場所に移動すると、今のように光沢部分に亀裂が入り、剥がれ落ちるような事となってしまう。湿度に極端に弱い生地なのだが、その弱点を補うために新たな染料が開発される事となった。この染料が高額となるため、海外への輸出品は相当な値が付けられるようになったわけだ。だというのに、最近、我が王都では安価な値段で『黄金』(ドウラード)が取引され、ドレス生地として利用されるようになったわけだが、ここから先は、商売の天才と言われたオッソンの娘に説明してもらおうか」
殿下はそう言うと、私を前の方へと押し出して行く。
殿下に前の方へ押し出されても、私の隣にはラーシュを抱っこしたイデオンが居る。
一つ、大きく頷くと、会場の奥の方で呆然と佇む、ヨアキムとクリスタを見つめながら私は声を上げた。
「私は商売の天才とも言われたオッソン・イェルムの娘です。私は父と共に何度もカタラン王国へ赴いていますし、この『黄金(ドウラード)』という生地の開発にも携わっています。この黄金に輝く生地は、カタランで産出される宝石のかけら、いわゆるクズ石を砂状にまで砕いて染料に混ぜ込み布に染み込ませたものなのです。湿度が低いカタランでは問題ないのですが、湿度が高い国へ輸出するとなると、今のような状態になってしまう。そのため、特殊な樹脂を混ぜ込んだ染液を開発し、湿度に耐えられる生地を作り出すことに成功したわけです」
シンとなった会場に、私の声だけが響きます。
「この特殊な樹脂というのはカタランでも希少と言われる樹木から抽出されるため、名前をここで言うことは出来ないのです。ですが、この樹脂一つでかなり高額となるわけです。同じように見える『黄金』の生地でも、お金をかけて加工した生地を使ったドレスであれば、そちらの高貴なご婦人のように問題なく着用することができますが、加工をしなかったドレスを着てしまった場合は、今、皆様が実際に見たような惨状を引き起こす事となってしまうのです」
舞台近くに居るのは七色に輝く『黄金』の生地をセンス良く取り入れた方で、王家より臣籍降下した公爵家のご婦人だったはずです。
同じ『黄金』でも格の違いを見せた形となり、鼻高々なご様子ですね。
「格安の『黄金(ドウラード)』は、湿度に対応するための加工をしないものであり、そのような物を着用すれば、今のような状況に陥ってしまう。そうなる事が分かっているのにも関わらず、何の問題もないのだからと言って売りに出す闇ブローカーが居るのもまた事実なのです」
「安いと思って飛びついたご婦人方はこの有様、本物を知るご婦人は美しいままだ」
鼻高々の公爵夫人と、タオルを巻いてしゃがみ込む夫人たち、あからさまに見比べられて歯軋りギリギリやっているみたい。貴族派は完膚なきまでに叩きのめすと殿下は言っていたけれど、お妃様はこの方達に本当に嫌な思いをさせられたのね。
イデオンは私の額にキスをして微笑を浮かべると、自分の出番だとばかりに明るい声をあげた。
「現在、我が王国では東崙文化を模したシックなドレスや、西方カタランの七色の生地を使ったドレスが流行しておりますが、王家にも認められた最新のドレスをここに紹介致しましょう!」
殿下とイデオンが更に前へと私を押し出すの、本当にやめてほしい。
「私の妻が着ているこのドレスですが、見てください。既存のドレスのようにウェストを無理に絞るようなタイプではなく、胸元から切り返すような、ゆったりとしたデザインのドレスとなっております。この絹ですが、タンブール地方で作っている滑らかな絹生地へ光沢加工をする事に成功した、我が国独自のものです。こちらのレースはボナワ地方で作られたもので、こちらは工場による大量生産に成功したもの。マダムシェリペのデザインによるこのドレスは、妊娠四ヶ月の妻でも楽に着ることが可能!お腹の大きさも目立ちません!」
何故だろう、夫の口上が、だんだんバナナの叩き売りのように聞こえてくるのだけれど、気のせいだろうか。
「カタラン布も結構!東崙島も結構!しかし、我が国で作られるモードにも注目してもらいたいものだ!」
殿下は満面の笑みで言い出した。
そうなのよね、東崙地方から輸入する絹や、カタランの布生地が流行したとしても、お金は国外に流れることになっちゃうから、殿下としても、国内にお金を落として、自国の産業を伸ばすことに力を入れたい所なのよね。
これだけの大ハプニングを起こしたのには理由があり、
「今日!この日に!ドレスを損なってしまったレディたちには、我が国独自の生地とレースをあしらったドレスを私からプレゼントしよう!」
殿下は満面の笑みで、タオルやシーツで包まれたレディたちを見下ろした。
「偽物の『黄金』ではなく、我が国の最先端のドレスを着て欲しいと思うのは、私のわがままかな?」
悪戯っぽい殿下の微笑みにやられた淑女たちが、マナーも忘れて歓喜の声をあげる。
「昔から我が王家に仕える、君たちのような貴族にも、新しいものを取り入れる柔軟性を是非とも持って欲しいと思うからね!」
殿下の合図と共に、令嬢たちは会場の外へと誘導され始めたのだった。
殿下がドレスを下賜するのは貴族だけ、『黄金』を身に纏った平民身分の方々は取り残される結果となったけれど、後の方にいたから、生地がよれたり亀裂が入ったりした程度で、裸状態じゃないからいいわよね。
舞台前に残ったのは、本物の『黄金(ドウラード)』の生地を使ったドレスを身にまとう公爵夫人と、絹のドレスを身にまとう新興貴族のご婦人たちだったのだけれど、会場の奥の方から前に出てきたのが中立派の貴族たち。
中立派の婦人や令嬢たちは、私と同じ、胸から下がゆったりとしたデザインの新しいスタイルのドレスを着ていたため、感嘆のため息があちこちで巻き起こった。
「これからの私は、古いも新しいもない、派閥の力に囚われることもない、強固な国を作りたいと考えている」
強大な権力を持つ公爵の排除に成功した殿下は、派閥に囚われない新しい王国を作りたいと考えている。
そうして、海外からの輸入に頼らず、自国の産業に力を入れたいと考えている。
幸いにも王領として徴収されたタンブールは蚕の飼育が盛んなので、ちょっとテコ入れするだけで織物の生産地として巨額の富を生み出すことになるだろう。
レースの産地として有名なボナワ地方に機械を導入しても問題ない。目利きが揃っているので、すぐさま素晴らしいレース生地を大量に生産してくれるだろう。
私と夫のイデオンは、王国の産業を発展させるためのアドバイザーとしての地位を確立していく事になるのだけれど、殿下としては、絶対に私たち夫婦を離したくはないでしょうね。
だから、殿下は私とイデオンとラーシュの横に立ち、
「グランバリ子爵夫人であるアウロラは商売の天才と言われたオッソン・イェルムの娘である。子爵にとっても、私にとっても得難い人物であるのは間違いようのない事実。彼女に対して物言う者も居るかもしれないが、アウロラの後ろ盾は王太子である私と私の妃だと、ここに宣言しよう」
堂々と胸を張って宣言する。
私は夫であるヨアキムに捨てられたけど、五歳も年下のイデオンの妻となり、この国の王太子の庇護を受けることが決定した。
「これで舞台は終わったけど、お腹の方は大丈夫?」
大きな拍手に負けないように、イデオンが私の耳元に心配そうな声をかけてきたため、彼の頬にキスをした。
義兄様、義姉様、義父様が、大役を済ませた私にハグしてくれて、最後に殿下が、
「それで?ギャフンとざまあは出来たわけ?」
と、問いかけてきた。
最後の方では姿が見えなかったけど、二人に対してはギャフンもざまあも出来たと思うのです。
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