第20話

 『黄金』(ドウラード)と名付けられたカタラン王国から輸入する新しい生地は、伝統を重んじる貴婦人たちに好んで着られるようになったのよ!


 ダデルスワル公爵というメチャクチャ偉い人が国家転覆を図った罪で処刑される事が決まり、公爵の派閥に入っていた貴族が山ほど捕まったっていうのよね。

 その中には伯爵夫人でもあるお姉様も加わっていたんだけど、あの伯爵家は昔から人身売買に関わっていたからお終いよね!


 私のお父様やお兄様もかなりまずい状況なんだけど、深く関わっていたのは麻薬だけだから死刑って事にはならないと思うのよ。


 お父様やお兄様が帰ってきてもお金で困らないようにする為に、私も積極的に働いているの!うちの所有するオートクチュールは全て潰されてしまったのだけれど、追放された職人たちをすぐさまかき集めて、新素材の生地を使ったドレスを作らせることにしたの。


 今、新興貴族の間では、絹を使ったシックなドレスが流行しているから、貴族派には派手だけど嫌味にならないドレスを流行させる事にしたってわけ。

 お姉様直伝のセンスの良さが私にはあるからかしら、意外なほどに売れる、売れる。


 グランバリ子爵のパーティーに参加してみれば、新興貴族派は東崙文化をモチーフにしたシックなドレスに身を包み、貴族派は『黄金(ドウラード)』のドレスに身を包んで、華やかに飾りつけているのよ。会場が真っ二つに分かれてしまっている感じなのよね!


 グランバリ子爵というのはアールストレーム侯爵の息子かなんかで、アームストレーム侯爵は中立派の重鎮。公爵が捕らえられてしまった貴族派としては、なんとしても中立のアームストレーム侯爵を自陣に取り入れたいし、新興貴族派は取られてたまるかって感じだしで、会場内は険悪なムードになっちゃっているの。


 ベックマン商会がこのパーティーにお呼ばれしたのは、『黄金(ドウラード)』が目当てって事だろうから、私たちは自分たちの商品を売るためにも、貴族の方々へ顔を売らなくちゃならないってわけ。


「まあ!あのドレス!新作じゃなくて?」

「ええそうよ!素敵ね!」


 分かる人には分かるわよね?

 太陽の光や蝋燭の光を浴びて、輝きを変化させる布なのだけれど、今回、私が着ている生地は、アメジスト色に輝く生地を採用しているの。


 侯爵家主催のパーティーは夕方の、かなり早い時間から開催されるので、夕日の真っ赤な光が会場の中ほどまで差し込んで来ているので、私のドレスは夕日を浴びてしっとりとした輝きを見せているというわけ。


 王家が所有するこの離宮は、舞踏会やパーティーの会場としても貸し出しをしているのだけれど、やはり借りる事ができるのは高位の貴族ばかりなのよね。


 秋薔薇が美しく咲き乱れる季節に、この離宮の薔薇の庭園側にあるカフェで、アウロラに離婚誓約書にサインをさせたのが遥か昔のようだわ。


 秋にはアウロラを追い出す事に成功して、息子のラーシュは孤児院に預けてしまったし、冬にはエディットが男爵の所へ嫁いで行ったのを皮切りにして、私に紅茶をかけたお姉様は捕まり、お父様とお兄様も捕まり、お母様は遠縁を頼って王都から離れてしまったものね。最後にはクーデターを起こそうとした公爵まで捕まってびっくりよ。公爵逮捕は私には関係ない話だけど。


 冬が終わり、もうすぐ春を迎えようという今の季節、それでも夜ともなれば、肌を刺すように冷え込む事も多いため、会場は想像していた以上に暖かく、空気が乾燥しないように湿度を保っているように感じた。


 まずはパーティーの主催者に挨拶をして、この美しい黄金の生地を売り込みしなくっちゃね。


 せっかくアウロラを追放したというのに、色々と立て込んでいて私たちは結婚も出来ていないけれど、もう少し落ち着いたら、また美しい秋薔薇が咲く頃にでも、みんなに祝福されながら式をあげても良いかもしれないわ。


 私はヨアキムのエスコートを受けていたのだけれど、そのヨアキムが凍りつくようにして動かなくなった事に気がついたの。


 離宮のパーティー会場は王家も使用するものであるため、舞台のように高くなった奥に大きな扉が存在する。

 その大きな扉が開くと、アールストレーム侯爵一家が現れたの。


 この侯爵家は夫人が病弱という事で領地に引きこもりの状態となっているそうだけど、王都の屋敷には侯爵本人と嫡男夫婦が生活をしているみたいね。


 嫡男夫婦にはすでに子供が二人いて、母親の手を引いて歩いてくる姿がとても可愛らしいわ。その後ろにいるのが次男なのでしょうけれど、その姿を見て、私は驚きに目を見開いてしまったの。


 漆黒の髪に彫像のように完璧で美しい顔立ちをした青年が、礼装の服を身に纏った姿で後の方を振り返る。

 美しい彼は間違いなく私の家のパーティーに参加していた人であり、侯爵家の家族と揃って出てくるような人ではないはずよ!


「まあ!黒髪だなんて、貴族ではないって事かしら?」

 私の隣に居た夫人は私と同意見だったようで、驚きの声をあげると、夫が夫人の口を塞ぐようにして小声となって囁きだす。


「アールストレーム家は二代前にハッランド王国の姫が降嫁しているから、髪色が黒い子供も生まれるんだよ」

「まあ!」

「あの方はイデオン・アールストレーム、侯爵家の次男だ。グランバリ子爵となって随分たつが、ようやく披露目をする気になったという事なのだろう」

「グランバリってまさか・・・」

「ああ、金山で富豪になったあのグランバリだよ」


 嘘でしょー〜―!私に厚化粧だの年増だの言っていた美しい男が!侯爵家の次男だったなんて!しかも富豪?お父様はそんな説明なんかしてくれなかったと思うんだけど!


「隣の女性は誰なのかしら?」

「さあな、随分と親密なように見えるが」


 隣のご夫婦がそんな事を言うから視線を前に向けると、美しい青年が愛おしそうに小さな子供を受け取り、茶色い髪の地味女の腰を引き寄せる。


「アウロラ・・」

 夫の言葉をかき消すようにして、侯爵の声が会場に響き渡った。


「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。長らく社交にも顔を出さなかった次男を皆さまにようやく紹介する事が出来ます。アールストレーム侯爵家が次男、イデオン・グランバリ子爵と、その妻、アウロラ・グランバリです」


 小柄でありながら豊かな胸を漆黒の光沢がある絹地が包みこみ、胸から下は切りかえすようにして、絹とレースがゆったりとした形で広がっていく。

 コルセットいらずの新しいデザインのドレスを身に纏ったアウロラは、翡翠の髪飾りを褐色の髪に飾り付け、胸元には黄金のネックレスが光り輝いていた。


「グランバリ子爵というよりも、グランバリ商会の会頭としてご存知の方も多いかと思います。王家からの要望により、商会の方は信頼ある部下へと任せることが決まり、しばらくの間は王宮へ出仕する形となります。イデオン・グランバリとその妻、アウロラです、皆さまお見知り置きのほど宜しくお願いいたします」


 イデオンと合わせて優雅にカーテシーをするアウロラが憎らしい。

 何故、あの女があの場にいるの?


「そして我が息子ラーシュです。まだ二歳なのですが、同じ年頃のお子さんがいらっしゃる方は是非、一緒に遊ばせてやってください」

 アウロラの髪の毛が茶色で、イデオンの髪色が黒色。

 侯爵家の次男は今はまだ十七歳、いや、十八歳だったと思うのだけど、子供が大きすぎるんじゃないのかと、疑問に思う人もいるみたい。


 すると、前の方にいる、侯爵家の令嬢が呆れた様子で、

「ようするに、そのおばさんの連れ子ってことですわよね?」

と、驚くほど大きな声で言い出した。

「しかもその奥様とやら、平民だったんじゃないかしら?」


 古い貴族ほど血統主義なところがあるから、例え次男だったとしても、侯爵家の人間が平民と結婚する等という事に忌避感を持つ人間は多いのよね。


「確か、元々はベックマン商会の夫人でしょ?」

「浮気がバレて離婚させられたんでしょう?」

「確か、貴族と浮気したんじゃなかったかしら?」

「それがイデオン様だったってこと?何歳差よ!」


 おしゃべりスズメたちが楽しげに囀っている姿を、新興貴族たちが不快な表情を浮かべながら眺めている。


 ダデルスワル公爵家が没落し、現在、貴族派をまとめているのがネルケ侯爵家という事になるみたい。ネルケ侯爵家には十六歳になる令嬢がいて、貴族派はネルケ侯爵令嬢とイデオンを結婚させて、派閥の力を取り戻そうと考えているみたいね。


 高貴なお嬢様たちにケチョンケチョンにアウロラがやられて、ノイローゼになって捨てられる未来が脳裏に浮かんじゃったわ!


 何せ、あそこら辺にいる令嬢たちはお姉さま仕込みだから、貴夫人の一人や二人を破滅に追い込むのなんて朝飯前みたいな物なのだもの。

 あらゆる嫌がらせをして、あらゆる噂を撒き散らし、相手を窮地に陥らせる手腕は並大抵のものじゃないもの。


 天国から地獄へ、真っ逆さまに落っこちるのが決定しているのならば、今はあそこに居てもいいかしらと思ってしまう。私って心が広い女だったのね!


 アールストレーム侯爵家の人々は後ろに下がったままで、前に出ているイデオン様やアウロラを助けるつもりはないみたい。


 さあ、年増だのなんだのと言われているけど、どんな風に言い返すつもりかしら?

 アウロラって確か私と同じ二十三歳だったわよね?それで?相手は十八歳?男が二十三で女が十八とか普通にありだけど、逆の年齢じゃ、平民がお貴族様を騙してたぶらかしたって風になっちゃうわよねー。


 あー、とんだお披露目パーティーになっちゃった!イデオン様かわいそーー!

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