第19話

 ダンデルスワル公爵が逮捕されたというニュースは王国中を駆け巡ることになった。


 麻薬の密輸に関わっていたロンダ商会の捜査を進めていくうちに、最新鋭の武器弾薬が帝国から秘密裏に公爵領へと運ばれたところを摘発される事になり、公爵が元締めとなって貴族への麻薬の売買や贈与が明るみとなった中でのこの新事実は、多くの国民を震撼させた。


 麻薬の仲介には数多くのオートクチュールを抱えるホルンルンド商会が関わり、ホルンルンド商会の裏帳簿から芋づる式に多くの貴族が摘発された。


 王国の薔薇とも言われるフリクセル伯爵夫人とその夫は、裏では人身売買にも関わっていたという事で、伯爵夫人に逆らった後に行方不明になった令嬢たちの行き先が判明することにもなったのだった。


 貴族派とも言われた歴史ある家ばかりが摘発される結果となり、一大派閥が瓦解、多くの貴族が没落することとなり、広大な領地が王家へと接収される事となったのだった。


 これほどの大ニュースとなった今こそ、ホルンルンド商会の令嬢であったクリスタは早急に追放した方が良いと考えているのに、なかなか物事はうまい具合には進まない。


「ねえ!ヨアキム!このドレス!素敵だと思わない?」


 虹色の輝きを持つ新素材は、砂漠を越えた先にあるカタラン王国から輸入したものだ。この生地を使って上半身は体のラインを強調するような形で、そうして足元に向かって花びらを広げるような形で広がる美しいドレスを身に纏うクリスタは輝くように美しい。


 父と兄が捕まり、母が遠方へ追放されるような状態となっているのにも関わらず、クリスタは屈託のない笑みを浮かべる。

 姉と慕った伯爵夫人とその夫の死刑が確定し、公爵共々、王宮の地下にある牢屋へと押し込められているというのに、全く自分には関係ないといった様子で喜びを露わにする。


 そもそも、クリスタがアウロラをこの家から追い出したやり口は、王国の薔薇と言われ、今では悪女の象徴とも呼ばれる伯爵夫人のやり口と同じではなかったか?


 今までアウロラに裏切られたとばかり思っていたけれど、もしも裏切られたわけではなかったら?ラーシュは間違いなく自分の子供であったのなら?


 孤児院にいる息子のラーシュはすでにアウロラの元に引き取られているという。アウロラは新しい夫と迎えにきたというのだが、アウロラの伴侶が誰なのか、どうやって調べてもわからない。


 商売の天才と謳われたオッソンの娘であるアウロラが、第一線から退くわけがない。きっと何処かの商会で働いているのに違いないと考え調べてみても、全く見つける事が出来なかった。


 商売の世界は生馬の目を抜く人たちばかりが集まる厳しい世界であり、一時足を抜けるだけで、すぐさま時代に取り残されてしまう。そんな世界で子供の頃から活躍していたアウロラが姿を見せない。

 結婚してからも僕の商会で働き続けていたアウロラが、この業界から完全に消えた。


「ヨアキムも素敵!金色の髪の毛がキラキラ輝いて貴族みたい!」

 燕尾服を着た僕の襟を直しながら、クリスタが美しい顔に笑みを浮かべる。

「ああ、有難う」


 笑顔で答えながら、どうしても考えてしまう。

 アウロラは僕のこの髪をみても、貴族みたいだとは一言も言った事はなかった。


「ロドラン大陸の熱暑の空に浮かぶ、輝く太陽のような髪の色ね!」


 アウロラの言葉にロドラン大陸ってなんだよ、行ったことないよ、熱暑ってどれくらい暑いんだよ?異国の太陽みたいってことは、マレーグ王国の空に浮かぶ太陽とは違うってこと?


 そんな事をたわいもなく考えながら、彼女の全てが愛おしくてたまらなかった。

 船の上で会話をして、風を受けて、時には雨でずぶ濡れになりながら、二人で笑い合った日々は確かに存在したはずなのに、いつから僕は、彼女の事を疎ましく思うようになったんだ?


 どうして僕は、着飾るだけの女を選んで、アウロラとラーシュを捨ててしまったんだろう?例えラーシュが他の誰かの子だったとしても、アウロラが産んだばかりの赤ちゃんにキスを送り、僕がその小さな体を抱きあげた感動と喜びは、間違いようのない真実だった。ラーシュは間違いなく僕の大事な子供だったはずなのに。


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