第17話
マレーグ王国の貴族は金、白金、銀の髪の者が多く、平民の中に金色の髪の子供が生まれれば、貴族の血が、どこかの先祖に流れていたのだろうと判断される。
今では髪染めの技術も発達した為、平民でも金や白金に染める者も多いため、そんな事を言い出すような人間は随分と減ったものの、やはり、この国では金や白金、銀色の髪は尊いもののように扱われるのだった。
俺はイデオン、侯爵家の次男として産まれたのだが、父と母と兄も金髪だというのに、漆黒の髪でこの世に産まれ出た異端児だ。
侯爵家には曽祖母が隣国から嫁いできたということもあって、曽祖母の黒髪を引き継いだのだろうという事だけど、実は浮気した相手の子供ではないかと勘繰る使用人の言動に母が悩まされるようになってしまったわけだ。
自分はきちんと侯爵家の子供を産んだはずなのに、生まれた子供はまるで異国の子供のように漆黒の髪色をしていることにショックを受けた。
「きっと誰かが産まれたばかりの赤子を入れ替えたのよ!この子は私の子供じゃないのよ!」
まだ一歳にもならない赤子の首を絞めて殺そうとした母は隔離される事となったものの、機会があれば次男を殺そうと願ってやまない。
顔を見れば父親にも兄にも良く似ているというのに、貴族らしくない髪色がとにかく気に入らないという理由で、侯爵家からの排除を目論んでいた。
そうして五歳になった頃、俺は誘拐されて港まで連れて行かれる事になったわけだ。積荷と一緒に箱の中に閉じ込められて、運よく生きて隣国にたどり着けば、奴隷として売られる事が決定していた。
小さな箱の中に閉じ込められていた俺は、泣いて泣いて、泣いて助けを求めていたのだが、誰も助けにきてくれず、激しい喉の乾きを覚えて意識が朦朧となったところで、助け出してくれたのがアウロラだった。
まだ十歳でしかないアウロラは商船の積荷を担当しており、載せ込んだ荷物の中に俺が入れられた不審な箱があることに気がついて、上に積み上がる山のような荷物を取り除いて、俺を助け出してくれたのだった。
俺は絶対に侯爵家には帰りたくなかったので、名前も言わず、ダンマリを決め込んでいいたんだけど、アールストレーム侯爵家がいなくなった息子を探していたらしく、その情報を得たオッソンが、すぐさま俺の元に確認に来たわけだ。
父は悪い人ではないんだけど妻である母を見捨てられないような人であり、俺が長男だったのなら母に対してもっと厳しい処置をしたのだろうけど、俺に対してだとそれもしない。
俺が次男であるだけに、野放しに近いような状態で放置されていた為、殺意を持つ母がいる場所に戻る気などおこるわけがない。
「お父様!私がこの子の面倒を絶対に見るからお家には帰さないでちょうだい!」
十歳のアウロラは俺を抱きしめながら言い出した。
「帰ったらきっとこの子は殺されるわよ!死んじゃうなんて可哀想じゃない!」
子供の頃から物凄い勘の持ち主であるアウロラが、父であるオッソンにそう断言した為、オッソンは俺の父との話し合いの場に出向いてくれたのだった。
俺の父は侯爵、オッソンは平民だけど、
「おじさんのハッタリ技術に任せておきな!」
と、胸を張って出かけて行ったオッソンは、俺の養育権を獲得して戻って来たわけだ。
数ヶ月に一回、父との面会は定期的に行わなければならないけれど、俺はオッソンの家で世話を受ける事になったのだ。
その時には大商人となっていたオッソンだけど、天才オッソンの影にはアウロラあり。
「お父様、次はこの陶磁器が来ると思います」
と、アウロラが言い出したのが東崙島の瀬戸物で、多くの国々がつるりとした肌触りの見事な絵画が彩られた陶磁器に夢中となってしまったのだ。
「夏から秋にかけてのこの海路は沈没件数が多いので、うちの商船はそちらへは向かわせずに北へと向かわせます。今の季節は、チョウザメの卵の瓶詰めをアスタリカ帝国北部で作っていますから、これを輸入いたしましょう」
この珍味は王族を中心に一大ブームとなり、チョウザメの乱獲が心配されるほどの人気ぶりとなったのだが、
「昨年から今年の季節の移り変わりを見るに、小麦の作付きが小ぶりとの話も聞きますし、確実に今年の王国は冷夏となるでしょう。暗黒大陸と言われていたロドラン大陸のイムルジイ王国が小麦の生産に成功したという事で、輸出先を探しているとの事ですよ?一度、出向いてみても面白いのでは?」
次の商売のネタへと、すでに視線を移している。
「あの子の才能は三歳の時からすでに開花していて、あの子が『あり』と言えば売れるし、『ないない』と言えば売れない。我がイェルム商会はアウロラのお陰で急成長をしているのであって、天才と言われる私は大した才能など持ち合わせていやしないんだよ」
オッソンはそう言ってあははっははと笑うと、
「だからこそ、アウロラには常に庇護者が必要なのさ。お前さんは貴族としては外れ者になってしまったかもしれないが、その聡明さはアウロラと一緒なのはわかっているよ?だから、お前さんにアウロラの庇護者となってもらえればアウロラも安泰だと思ってね、お前さんの世話を侯爵から任してもらえるように仕向けたわけなのさ!」
と、オッソンが俺に対して胸を張って言った言葉を、アウロラは知らない。
オッソンがアウロラとヨアキム・ベックマンとの結婚を決めた時は、俺は怒りすぎて目から血が噴き出しそうになった。激怒する俺に、オッソンはロドラン大陸にある金鉱山の採掘権を言い含めるようにして渡してきたのだった。
「ヨアキムはなかなか見所がある男だとは思うが、プライドが先に立ってアウロラの事を疎ましく思う日が来るかもしれない」
今のヨアキムはアウロラを溺愛しているような状態だが、アウロラは商売の天才だ。到底勝つことが出来ない存在を丸ごと飲み込む力量があればそれでいいけど、丸ごと飲み込めずに、嫉妬と憎悪で吐き出す場合も想定できるとオッソンは言い出した。
「だから、お前は金山の採掘を成功させろ」
十四歳の俺を船に乗せて送り出したのがオッソンだ。
「確かな力をつけて帰って来い、アウロラが危機に陥った時にはお前が助けられるように、助けを求めるアウロラを今度はお前が助けられるように、男になって帰って来い!」
ロドラン大陸の歴史と文化を学んだアウロラが、太古の文明の宝飾品の発掘状況から、この辺りに金の鉱脈があるに違いないと言い出したのは、アウロラが十四歳の時の事だった。
今のアウロラは十九歳、嫁に行く姿は見ずに船へと飛び乗った俺は、ケントと一緒に金を掘り当てに山の中を進んでいったわけだ。
まさか、王国に帰るきっかけがオッソンの葬儀になるとは思いもしなかったけれど、アウロラがヨアキムに縋り付くようにして泣く姿を見ていられなくて、すぐに王国を出ることにした。
イェルム商会は俺に面倒を見てもらいたいという意見も多かったんだけど、奪い取るようにしてオッソンの弟のハリソンが名義を自分に変えていったので、俺からは特に何かを言うような事はせずに、ヨアキムとハリソンを監視下に置くことにしたのだった。
イェルム商会が大商会として成功したのも、オッソンが商売の天才と言われて持て囃されたのも、全てはアウロラがいてこその話なんだ。
アウロラ独自の着眼点と新しい発想、それを実現するオッソンのハッタリと機転があったからこそ、あの時のイェルム商会はあそこまで発展したって事を俺は知っている。
侯爵家の次男の癖に、商人の元へ養子に出されたみたいな状態の俺でも、貴族の責務はついてまわる。
金山の採掘で成功した俺は、父親から子爵位を譲られ、王宮へと出仕する事となったわけだが、そこで顔を合わせたのがこの国の王太子。
こいつは俺に堂々と命じたわけだ。
「貴族同士の派閥やしがらみなど丸ごと無視した状態で、腐りきったこの国を、私が統治しやすい国へと作り変えてくれないか?」
こいつ、ばかでしょう。
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