第14話
商売の天才と言われたオッソン・イェルムの娘であるアウロラにはじめて会ったのは五年ほど前の事。琥珀色の瞳が叡智に輝き、褐色の髪が太陽の光を浴びてキラキラ輝く様に心臓が飛び跳ねたのを覚えている。
「そんな風に積んだら荷物が入りきらないことはわかっている事でしょう?搬入先別に、そう、そうよ!そうやって積み込めば、難破しそうになったとしても荷崩れせずに済む事になるでしょう!」
船の中にまで入り込み、積荷の指示を出すアウロラは十七歳で、ハッランド王国向けの積み荷をうちの商会の分まで乗せることを許可してくれたのが彼女だった。
「ああ!貴方がベックマン商会の会頭さんね?うちの荷物を奥へずらしたからギリギリ積み込む事は可能だったけど、積み荷の搬送を任せたいのなら次はもっと早く言ってもらいたいわね」
アウロラはそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべたのは眩しい思い出の一つだ。
父親の仕事を引き継ぐために熱心に仕事を学ぶアウロラは一人娘だったけれど、僕らはあっという間に恋に落ちていった。
彼女は一人娘だから、僕がここまで育てた商会を彼女の父親の商会に吸収させる形で婿入りするか、という話も出たものの、
「ヨアキム君、君は自分の店に誇りを持っているのだろう?だったら娘はやるから、君の持つベックマン商会を王都で一番の店にして、我がイェルム商会を吸収してやるぞ!くらいの事は言ってもらいたいね」
アウロラの父であるオッソンはそう言って、娘に良く似た悪戯っぽい笑みを浮かべたのだった。
商売の天才は自分の商会にそれほどの思い入れもないようで、自分が亡き後は有望な従業員に譲ってもいいし親族の誰かに譲ってもいいと、そんな事を言っていたのは知っていた。そんなオッソンもあっけなく馬車の事故で亡くなり、イェルム商会はオッソンの弟であるハリソンの物となってしまうのだった。
後ろ盾を失ったアウロラは外に放り出されて、その後、どうなったのかを僕は知らない。
アウロラが嫁ぐときに連れてきた執事のベントンは辞めてしまったので、彼女のその後の消息を聞く術を僕は持っていない。
実の息子だと思っていたラーシュが浮気の末に出来た子供だというし、昔から裏切られていた僕が、彼女の心配をする必要などない。
離婚は成立しているし、ラーシュも孤児院へと送られた。
新たな出発をしなければならないという大事な時に、僕は嫌な噂を耳にする事になったのわけだ。
「禁制品の密輸入でロンダ商会の会頭夫妻が捕縛されたが、次はホルンルンド商会が捕まるらしいぞ」
ホルンルンド商会は王都で五本の指に入るほどの老舗の大商会ということになるのだが、どうやら禁制品の売買にはホルンルンド商会も関わっているというのだ。
貴族との太いコネクションを持つ商会だけに、禁制品は複数の貴族に流れていたらしく、その禁制品の中には大量の武器と麻薬が含まれていたらしい。
帝国から送り込まれた最新鋭の武器が秘密裏に運び込まれていただけに、国家転覆を狙うものではないかと疑いがかけられて、大規模な捜査が行われる事になったらしい。
離婚が成立した僕は、未だにクリスタとの再婚には踏み切っていない。
アウロラに裏切られていたという事実が、思ってもいないほど大きな心の傷となったようで、女というものをなかなか信じることが出来なくなった。
僕の気持ちは理解してくれているようで、クリスタも僕が落ち着くまで待ってくれると言ってくれたのだが、その間に、フリクセル伯爵家の当主が捕まり、そこから連座する形でクリスタの父と兄も捕縛される事になったのだった。
捕縛を免れたクリスタが、行き場を失った自分の母親をベックマン家に引き取る手続きをしようとした時には、断固として僕は拒否をする事にした。
犯罪を犯したホルンルンド家とこれ以上、親密な仲であると疑われると、うちの商会にまで支障がでてしまう。
うちはまだ、本格的な取引にまで発展していなかったから良かったものの、ホルンルンドとの共同事業を始めていたイェルム商会は、多額の負債を抱えて倒産する事になってしまったのだ。
アウロラの叔父であるハリソン・イェルムが金を貸してくれないかと我が家を訪れることは何度もあったが、すでにアウロラとは離縁が済んでいる。
門前払いをしてやり過ごしたが、あのハリソンの落ちぶれた姿は、明日は我が身と感じて身震いしないわけにはいかない。
「信じられない!私のお母様なのよ!私が大事なら二つ返事で引き取るべきでしょう!」
髪の毛を振り乱しながらクリスタは叫んでいたが、
「だったらこの家を出て行って、お前の大事な母親とやらを支えて生きればいいだろう?」
と言ったら彼女は即座に黙り込んだ。
母親はその後、遠縁の家に身を寄せる事になったのだが、クリスタは我が家を出て行こうとはしなかった。親子の情と言っても、その程度のものなのだろう。
老舗のホルンルンド商会が消滅すると、今まで成長する事が出来なかった弱小のクチュールが大きな力を持つようになってきた。
プリンセスドレスやAラインと呼ばれるドレスに固執し続けていたホルンルンド商会が力を失ったおかげで、東崙文化と呼ばれる地域で着られる、煌びやかな民族衣装を下地とした、体のラインがスッキリと分かるデザインのドレスが流行する事になったのだ。
そのため、我が商会で仕入れる幾多のレース素材や、華やかなデザインの生地は全く売れず、東から輸入される滑らかな絹生地ばかりが飛ぶように売れていく。
西にばかり目を向けていた我が商会は東へのコネクションを持たず、新たな生地の開拓に乗り出そうとしても誰も見向きもしてくれない。
「君にはどうしてそうなったのかが理解できないのかい?」
可笑しくって仕方がないって感じで笑われる事がいやに増えた。
ああ、わかっているよ。
アウロラを失った僕に、誰もがそっぽを向くようになってしまったのだ。
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