第8話

 今日書いた離婚誓約書を役所に勤める官吏に渡せば、あっという間に離婚は成立ですし、同時に、ヨアキムとクリスタがサインをした結婚誓約書を出せば、結婚も成立する事になってしまいます。


 問題は、我が国では子供の親権は男親が持つことが法律として決まっていて、母親が親権を持つ場合には、色々と細かい手続きが必要となるところ。


「大丈夫だよ!大丈夫!」

 イデオンは私の髪の毛を優しく撫でながら言いました。

「俺がラーシュの父親になる!アウロラは俺と結婚して幸せになろう!」

「はい?」

 鼻水と涙でぼろぼろの顔で、私は、美しすぎる青年へと成長したイデオンの顔を見上げました。

「俺と結婚しよう!」

「はあ?」

 言っている意味がわからず、その場で固まると、新しい紅茶を淹れながらケントがあっさりと言いました。


「この国では子供は両親揃って育てたほうが良いという固定観念のようなものが存在しているため、経済力もあり、新しい伴侶を娶りやすい男親の方に親権が渡るよう法律で決められています。母親が親権を持つためには、夫が居る事が前提条件となっていますので、ラーシュ君の親権を取り戻すためには、早急に結婚しなければならないわけです」


「仮初の夫?」

「仮初でも本物でも、とりあえず新しい夫が必要なのは間違い無いですね」


 イデオンは美しすぎる顔に満面の笑みを浮かべて言いました。

「俺は独身だし、金も持っているし、この世の中で一番アウロラを愛しているし、アウロラの子供であればどんな子であろうと愛せる自信が誰よりもある!」

「我が商会でアウロラ様に1番のおすすめ商品!自慢の夫候補です!」

 キラキラとした顔でおすすめ商品を紹介されたけれど、若すぎるわよね!


「イデオン!あなた正気に戻ってちょうだい!自分の年齢を忘れたんじゃないわよね!」

 両肩を掴んで揺さぶりながら問いかけると、

「あっぶねー!すでに成人しているし!十分に結婚できる年齢で良かったー〜!」

と、心底助かったみたいな声をあげないで欲しい。


「ケントも言ってあげて!私は5歳も年上の、結婚歴ありの子供つきの不良物件なのよ!」

「アウロラ様が不良物件なわけが無いですよ!」

「妻が二十二歳で夫が一七歳なんて聞いたことがないわよ!」

「そうですね〜、夫が二十二歳で妻が一七歳なんてざらにいるのに、その反対ってあんまり見かけないですよね〜」

「ほら!ね!前途ある若者の未来を潰したら駄目なのです!」


 彼は十七歳、簡単に結婚離婚が出来るとはいえ、未来ある彼を汚すような真似をするようで胸が痛い。

「仮初の夫だったら、まだケントの方が良いんじゃ無いかしら?」


 十歳年上のケントの方をチラリと見ると、ケントは、ばんざいするように両手を上げながら言い出した。

「すみません!僕には嫉妬深い妻と娘がいるので無理です!」


「ねえケント、一瞬でもだめ?一回離婚して、私と結婚して、ラーシュを取り返して、離婚して、再婚したら良いのじゃないかしら?」

 ケントは三十五歳、五歳年下と結婚するより十歳年上の方が、まだ心境的に大丈夫のような気がするのよ。

「無理無理無理無理です!」

 即座に拒否するところに確かな妻への愛情を感じられるわ!素晴らしい!


「ねえ!なんで俺じゃダメなわけ?」

 イデオンは私をぎゅっと抱きしめながら、

「俺は五歳の時からアウロラ一筋なんだよ?五歳の時から!十二年間も!」

イライラしたように声を微かに震わせながら言い出した。


「実はあいつと結婚した時点でいつかはこうなるんじゃないかと思っていたんだよ!アウロラがフリーになるのを血が滝のように流れ出るほど唇噛み切りながら待っていたんだよ?そんな一途で待ち続ける俺をほったらかしにして他の奴と結婚したら、俺、この先、どうなるかわからないよ?」


 拾った時からイデオンの私に対する依存が酷いのは重々承知していたけれど、血の滝ってなんなの?怖い!


「そうですよ!これほど使えるイデオン様が居ながら、他の男性を選ぶなんてあり得ません!」


 ケントが何故か大きく胸を張りながら言い出した。


「イデオン様を選べば、ラーシュ様の親権について、とやかく言うような輩は消失いたしますし、更には、もれなく!復讐がやりたい放題になるんですよ!」


 ラーシュの親権についてとやかく言う輩が消失するという部分も気になったけれど、後半の部分がとにかく聞き捨てならなかった。

「復讐?」

「ええ、復讐です」


 みなさん、考えてみてほしい。誰だって、浮気をされたら復讐したいと考えませんか?それも相手をケチョンケチョンにするような復讐を、関わった奴ら全員を完膚なきまでに叩き潰すような復讐を。


 そうして、

「ザマアみろ!このクズが!」

と、吐き捨ててやりたいと乞い願う。

 相手の有責での離婚に同意して『ざまあ』を望まない女など、この世には存在しないと私は思っている!


「復讐したい・・・」

「だから復讐しようって言ってんじゃん!」


 イデオンに包み込むようにして両手を握りしめられた私は、この目の前の若者の人生を狂わせる事になってしまう罪悪感に苛まれながら見つめると、イデオンの整い過ぎた美しい顔が徐々に赤く染まり上がっていく事に気がついた。


「こんなに早くアウロラと結婚できるなんて・・夢か・・・これは夢なのか・・・」

と言う呟きに被せるようにして、


「まあ、この国では結婚も簡単に出来ますし、離婚だって簡単出来るんですから、そんなに重く考える必要はないですよ」

と、ケントが言い出したので、


「そ・・そうよね、そうなのよね・・・」

うっとりしているイデオンは放置して、とりあえずはこの案に乗っかることにしたのだった。

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