第2話

 メディア王国のキュアクサレス二世と、新バビロニア王となったナポポラッサルの連合軍が、アッシリア帝国の首都ニネヴェを陥落させたのは、紀元前612年である。


 以後、隆盛を誇ったアッシリア帝国は急速に衰え、紀元前610年には最後の王アッシュール・ウバリト二世も倒されて、ついにオリエントの地から完全消滅するに至った。


 老人は当時ニネヴェの市民であった。


 しかも、崇拝するアッシュール神より、この悲劇を数十年も前から御託宣として受けていたのである。


 その頃は、まさに帝国の最盛期で、被征服民族からの容赦ない略奪や、その奴隷化により、首都ニネヴェも繁栄の頂点にあった。


 老人にはその神託が信じられなかった。


 何度も繰り返される天の啓示を、気の迷いとして一顧だにしなかった。


 むろん、アッシリアの民が持つ残虐性はよくわきまえている。


 捕えた異国の民の手首を斬り、目玉を抉り出すような非人間的な行為を、同胞の誰もが肯定していたわけではない。


 それでも、繁栄の継続を至上目的とするなら、帝国へ叛旗を翻そうとする被征服民族は断じて見過ごせない。


 あらゆる残虐行為が、帝国の存続を理由に正当化された。


 被征服民族の間に、帝国への恐怖と反感が高まったのも無理からぬことであった。


 商人であった老人にはそこまで考え及ばなかったが、少なくとも、戦争による都市の破壊や人民の殺戮が、経済の振興を著しく妨げていることは肌身に沁みて感じていた。


 時が経るにつれ、老人もついに神託を信じざるを得なくなった。

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