六、騒街の姫(四)
「まさか、向こうからやって来てくださるとは」
灯りに照らされた部屋で、一人が言った。
「どう接触したものかと思っていましたが、手間が省けましたな」
「いかがいたしましょう? さっそく実行に移しますか?」
上座に座る男に、視線が集まる。
「いや」
男は言った。
「彼女らはもう、我々の手中に居るも同じだ」
しかも、幸運な事に足止めまでできた。慌てる必要はないだろう。
「上からの指示を待つ。それまでは、計画と準備の見直しを進めろ」
「分かりました。彼らにも、そう伝えておきます」
一人、また一人と席を立つ。もう夜も遅い。灯りが消えた。
翌日も朝から捜索が始まるが、男は一向に見つからない。
宝劉は宮司と共に神社に留まり、時折神と話していた。
「まだ、見つからぬのか」
「はい、申し訳ございません。今、街を挙げて男を探しております。私たちも全力を尽くしますゆえ、もうしばしご辛抱いただきたく存じます」
「あの男は約束を破った。許してはおけぬ」
「ええ。必ず探し出さなければなりません」
宝劉が一度挨拶をして外に出ると、ちょうど早馬が到着したところだった。
「どっち?」
「関所の方ですわ」
彩香から書簡を受け取り、手早く開く。そこには燿の字で、関所には連孝という男は来ていない旨が記されていた。
「さすがに関所破りはしないでしょう。そこから手前に向かって探させるわ」
宝劉は筆を持ってこさせ、燿に新たな指示を送る。
「これ、お願いね」
書簡を渡すと、早打ちは馬を走らせ、来た道を戻っていった。
そして夕方、柏津川の方からも早馬が来た。
こちらも、渡しの帳簿に男の名は無いと言う。
「渡しは、関所と違って偽名を使えるわ。念のため、小さい娘を連れた夫婦は、足止めさせましょう」
そう指示を書いた書簡を早馬で返す。
この日入った情報は、それだけだった。
暮鐘が鳴り、今日の捜索の時間切れを知らせる。
神と話していた宝劉は落胆した。
「今日も見つからなかったようだな」
「申し訳ございません」
「私に眼があれば、すぐに見つけられるのだが……その眼を盗られている。どうする事もできぬのが、こんなにも腹立たしい事だとは」
「明日も捜索を続けます。どうか、ご容赦を」
宝劉は、挨拶をして本殿を出た。神と話すのは神経を使う。まして相手が怒っていればなおさらだ。宿に戻った時にはもう。くたくたになっていた。
「疲れたわ……」
寝間着に着替えもせず布団に寝転び、大きく息を吐く。これ以上、考え事などしたくなかったが、やっておきたい事があった。
「彩香、舜䋝を呼んでちょうだい」
「御意」
隣の部屋に声をかけると、舜䋝はすぐやってきた。
「お呼びでしょうか」
「ええ。入って」
「はい……」
宝劉は体を起こし、姿勢を正して彩香と舜䋝に向き合う。
「率直に言うわね」
拳を握り、大きく息を吸って声を絞り出す。
「城に、御白装束を持ってくるよう、使いを出すわ」
彩香は目を伏せ、舜䋝は目を見開いた。
「反対です! そんな物、必要ありません!」
狼狽しつつ、舜䋝は必死に宝劉を止める。
「だめです、絶対。どうしてそんな事おっしゃるんですか」
「この状況を見れば、分かるでしょう?」
宝劉は淡々と、家臣をたしなめた。
御白装束は、人身御供のための着物だ。そしてそれは、劉家が着るものと決まっている。
「分かりません! 嫌です。分かりたくもない」
「舜䋝!」
聞き分けない舜䋝を、宝劉は厳しく諭す。
「あなたも分かっているでしょう? 例の男性が見つからずに、あの神様が邪神になったら、止める方法はそれしかないのよ」
「分かっていても、納得できません。どうして逃げた男のために、宝劉様が犠牲にならなければいけないんですか」
「納得しなさい。あなただって、万が一の時はこうなる事を承知の上で、劉家に仕えているはずでしょう」
舜䋝が黙り込んだので、宝劉は畳みかける。
「少なくとも私は、もしもの時は国を守るために犠牲になるつもりで、生きてきたわ。それが劉家の役目だもの」
だん、と畳を踏む音がして、次の瞬間、舜䋝が宝劉の胸ぐらをつかんでいた。
「ふざけるな! 僕が劉家に仕えてきたのは、こんな簡単に死なせるためなんかじゃない! 絶対に!」
「舜䋝……」
宝劉が名を呼ぶと、舜䋝は肩を落としてうつむいた。
「嫌だよ宝劉……お願いだから、そんな事言わないで……」
「……」
宝劉が何も言えずにいると、舜䋝は下を向いたまま立ち上がった。
「宝劉様、僕に、北の山と南の山を、一人で捜索する許可をください。必ず男を見つけだしますから」
彼の本気を悟った宝劉は、少し困ったように笑う。ここまで自分を想ってくれる人がいるのも、しあわせな事だろう。
「分かったわ」
舜䋝に人探しをさせる場合、本来の力は一人の時の方が発揮されやすい。今回は街役人との協力体制もあっったため、捜索部隊と行動させていたが、もうなりふり構っていられない。
「明日、北の山の捜索部隊を撤退させるわ。好きなように、好きな所まで捜索して。明後日は南の山で同じ事を。私だって死にたくないもの。頼んだわよ」
「御意」
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