四、水郷の姫(八)

「えっ?」

 驚いたのは神の方だ。

「食べられるの?」

「ええ、そろそろのはずです」

 一行は会所を後にし、子どもの神を連れて、商店街唯一の和菓子屋へ歩を進めた。

「お待ちしておりました」

 店に着くと、すぐに女将が出てきた。

「蜜柑すあま、できてるかしら?」

 宝劉は、期待に胸を膨らませながら女将に訊く。

「はい、先程できたところでございます。今お持ちいたしますね」

 女将はいったん店の奥に引っ込み、丁稚とともに例の物を持ってきた。

「お待たせいたしました。蜜柑すあまでございます」

 そう言われる前から、宝劉と子どもの神の目は、菓子に釘付けになっている。

「きれい!」

「綺麗ですね」

 蜜柑すあまは名前の通りの菓子で、その身は藤黄と白である。その二色の市松模様になっており、上には薄皮をむいた一房の蜜柑が乗っていた。

「どうぞ」

 宝劉は差し出されたすあまを手に取り、まじまじと見る。

「かわいいわねぇ」

 もう一つ受け取り、隣に座る子どもの神に渡す。

「ありがと、お姉ちゃん」

 神は満面の笑みで、憧れの菓子を受け取った。

 家臣たちも、それぞれ話題のすあまを観察してから、宝劉に続いてそれを口にする。

「……」

 再び沈黙が訪れた。きれいでかわいいもっちもちの蜜柑すあまは、最初に話を聞いた際に覚えた悪い予感に、忠実な味だった。

『きれいかわいいもっちもち』というキャッチフレーズは確かに合っている。嘘はついていない。ただ、味には言及していないだけだ。世間の女子たちには、商品の見た目が良いだけで、流行る事もある。

 どう反応したものか考える家臣たちの前で、姫と神だけは違う表情をした。

「美味しい!」

「美味しいわ」

 店の人間も含め、宝劉の反応を見た全員が驚く。

「甘酸っぱくて不思議な味ね。美味しい」

 宝劉はあっという間にすあまを食べ終えた。それにならい、家臣の四人もなんとかそれを食べ終える。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせる客に、女将が口直しのためか茶を煎れて持って来た。

「ほうじ茶でございます。よければどうぞ」

「ありがとう」

 菓子の後の茶は口に優しい。神を含めた六人は、のんびりとおやつの時間を過ごしたのだった。

「さて、」

 宝劉が立ち上がる。

「行きましょうか」

 子どもの神は不安げな顔をする。

「行くって、どこに?」

「土地神様のところです。貴神のことをお頼みします」

「土地神様って、怖い?」

「怖くありません。独特な口調の面白い方ですよ」

 一行は神を連れて、最初に参拝した土地神の社を訪ねる。宝劉が拝礼して祝詞を唱えると、狸の土地神はすぐに姿を見せた。

「うっす。その子が商店街のいたずらっ子っすね? 問題解決、感謝っす」

「狸が喋ってる!」

 驚いたのは子どもの神だ。自分以外の神を見たことが無かった神は、目を満丸くしていた。

「狸じゃないっす。土地神っす。君はおいらと一緒に来るっすよ」

「うーん……」

 子どもの神は、宝劉と土地神を交互に見ながら少しの間考えていたが、やがて大きくうなずいた。

「うん。一緒に行ってあげてもいいよ。喋る狸、面白いもん」

 それを聞いた土地神は、狸らしくこっこっこっと笑う。

「だから、狸じゃなくて土地神っす」

 怒っているというよりは、生意気な子どもを面白がっている様子だ。

「失礼な子っすねぇ」

「シツレイ? 知ってるよ、ゴブレイのお友達でしょ?」

 苦笑いする宝劉の前で、土地神はまたこっこっこっと笑う。

「よく知ってるっすねぇ。すごいっす」

 さて、と土地神は姿勢を正す。

「君はこれから神界に行って、神としていろいろ学ぶっす。大丈夫、おいらが付いてるっすから」

「うん、分かった」

 そう言って、子どもの神は宝劉の手を放す。

「ありがと、お姉ちゃん。またね」

「はい。貴神のこれからに、幸多かれと願います」

 狸の土地神が宝劉に向き直る。

「柏津川の水量、調整終わったっす。渡れるっすよ」

「ありがとう存じます」

 土地神に礼を述べ、一行は社を後にする。社の横に立つ葉桜が、風に揺られていた。

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