四、水郷の姫(二)
五人は本陣に向かって歩く。
本陣は、劉家や貴族が宿泊する施設で、一般の者は入れない。旅籠よりも広く、設備や人が整っている。
商店街から程近い本陣に着くと、一行はまず馬を預けた。馬専門の管理人が居るここなら、二頭の愛馬も安心だろう。
それから部屋へ案内される。
「あら、空鴉は今回女子部屋なのね」
「はい、お邪魔いたします」
性別不詳のこの家臣は、時と場合によって女子に混ざったり男子扱いになったりする。二年経っても、それは変わっていないようだ。
部屋に着くとすぐ、宝劉は床に寝転んだ。
「やっぱり、畳っていいわねぇ」
藺草の匂いを胸いっぱいに吸い込み、息を吐いて笑みをこぼす。
「落ち着くわ」
「左様でございますね」
主人の様子につられ、彩香も畳を撫でる。野宿もあり得る旅の道中では、畳はありがたいものだった。
荷物を置くと、五人は再び外に出た。宿の夕餉まで時間があるし、町の観光をしようというのである。
「本当に川の多い町ねぇ」
商店街に向かって歩きながら、宝劉は感心する。道路と水路と、どちらが多いか分からないほど、町は小川にあふれていた。
特に住宅街の水路では、服や野菜を洗う女性や、小舟を浮かべて遊ぶ子どもたちの姿がある。
「やっぱり、町によっても文化って違うのね」
王家の知るべき庶民の暮らし、と言っても、その実態は地域によってかなり異なる。この旅もひとつの社会勉強だと、宝劉は捉えていた。
その意識がもう劉家として育てられた証拠なのだが、本人はそれに気付いていない。無意識に、しかし着実に、宝劉は国政に関わる道を進まされているのだった。
元の商店街に戻った辺りで、どこからか声が聞こえてきた。独特な響きから察するに、どうやら読売のものらしい。
「何かあったのかしら?」
一行は声のする方に歩を進める。
「また店荒らしが出たよ! 今度は竹通りの万寿屋がやられた!」
読売が人を呼び、瓦版を配っていた。商店街の人々は脚を止め、木版の紙に見入っている。
「一部もらってきて」
舜䋝が瓦版を受け取り、宝劉の所へ戻ってくる。
「なんて?」
「えーと……」
『 話題の店荒らし、またもや出でたり
竹通りの吾等が万寿屋、襲わるる
朝起きて、店主が見たりは魔の店内
茶碗は壊され、屏風は倒れ、
その様子は正に雑然。
見えざる犯人は何処
応伸の旦那は今日も走る 』
「……だそうです」
舜䋝が読み上げると、宝劉はありがとう、と礼を言った。
「この商店街で、そんなことが起きてたのね」
その口調に、家臣一同嫌な予感を覚える。
「面白そうじゃない」
予感は当たった。彼らの主人は、何かと面倒事に首を突っ込む質なのだ。
「どうせ川を渡れなくて足止めなんでしょ? 時間をつぶすのに役に立てるなら、いいじゃない」
「……左様でございますね」
彩香が仕方なく肯定する。宝劉には、一度決めたら聞かないところがあった。
「さて、まずは情報収集からね。その『応伸の旦那』に当たってみたらいいのかしら?」
「そうかもしれませんね」
さっそく空鴉が、読売に『応伸の旦那』について尋ねる。
「ああ、旦那はこの商店街の商店会長さんだよ。この時間なら、会所に居るんじゃないかなぁ」
「ありがとうございます」
空鴉は丁寧に礼を言う。読売はそんな空鴉をまじまじと見た。
「それより姉ちゃん、べっぴんさんだな。旦那のとこに行くよりさ、俺と茶屋にでも行かないか?」
「お断りします」
慣れた様子で読売の言葉を一蹴し、空鴉は仲間の方へ戻ってきた。
「『応伸の旦那』は商店会長さんのようです」
そう報告し、今なら会所に居るであろうことを伝える。
「よし、じゃあさっそく行ってみましょうか」
宝劉は元気に歩き出す。
「殿下、会所の場所はお分かりなのですか?」
彩香が不思議がって尋ねる。
「分かるわよ。さっき和菓子屋さんに行く途中で、前を通ったじゃない」
家臣たちは首をかしげる。宝劉以外は誰も、その存在に気付いていなかった。王女の視野は、いつでも彼らより広いのだ。
そのおかげで、一行は迷うことなく商店会所に着いた。
「頼もう」
舜䋝が代表して声をかけると、すぐに艾年の男性が出て来た。客人の中に赤髪を見つけ、拝礼する。
「頭をお上げください」
舜䋝が言った。
「今、この商店街で起きている騒動について、殿下が気になさっております。ご説明願えますか?」
「承知いたしました」
そう言って、男性は一行を会所の中へ招き入れる。
中にいた女性に言って人数分の茶を出し、改めて頭を下げた。
「初めてお目にかかります。柏津町南商店会長、応伸と申します」
商店会長は挨拶をして、事件について話し始める。
「実は十日ほど前から、商店街の店が荒らされるようになりました。犯行はいつも夜なので、犯人を見た者がおらず、捜査は難航しております」
「そうなのですか。それは大変ですね」
彩香が言葉を返す。
「殿下は、ぜひとも事件の解決に尽力したいとおっしゃっています。よろしいですか?」
「それはもちろん。私たちにはもったいないお言葉です」
応伸は宝劉が事件の解決に関わることを、快く承諾した。
「どうぞよろしくお願い申し上げます」
こうして無事、厄介事に首を突っ込む大義名分を得た宝劉は、喜んで事件解決に向け動き出す。
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