四、水郷の姫(三)

「じゃあ、まずはこの土地の土地神様に、話を聞いてみましょうか」

 応伸に祠の場所を聞き、一行はそこへ向かう。事件のことを知った後では、商店街の雰囲気が少し緊張している気がした。

 祠に着くと、宝劉は拝礼して祝詞を唱える。

 土地神はすぐに、宝劉の前へ姿を現した。

「うっす。おいら、この町の土地神っす。何か御用っすか?」

 狸の姿をした土地神は、機嫌よく声をかけてくる。

「ご挨拶申し上げます、土地神様。私はこの国の王女、宝劉と申します」

「飛劉国王の妹さんすね。よろしくっす」

「よろしくお願い申し上げます」

 宝劉は、この商店街で起きている事件について、何か知らないかと土地神に尋ねる。

「何かご存じでしたら、教えていただきたいのですが」

「うーん……」

 土地神は難しい顔で考え込んだ。

「正直、今そこまで手が回ってないっす。柏津川の水量調整で、手一杯っすね」

「左様でございますか……」

「すまねぇっす。川の上流で、突然の長雨があったんすよ。多分、あのお喋りな飛魚姉さんの辺りだと思うんすけど」

 宝劉はぎくっとする。最近、そのお喋りな飛魚と、雨について言葉を交わしていた気がした。

「申し訳ありません……」

「ん? なんで謝るっす?」

「いえ、別に。何でもございません」

 土地神からは、有力な情報は得られなかった。

 礼を言うと、狸の土地神はにこっと笑った。

「商店街のこの問題、本当はおいらがやるべきっすが、代わりに解決してくれると助かるっす。ヨロシクっす!」

 そう言って、どろんと煙を出しいなくなる。宝劉はそれに頭を下げ、家臣の方を振り返った。

「土地神様は、詳しい事はご存じないみたい。何とか頑張るしかないわね」

「では、これからどうしましょう? 住民に話を聞きますか?」

 舜䋝が聞くと、宝劉は悩んで瓦版に目をやった。

「この、襲われたっていう店に話を聞きに行きましょうか」

「御意」

 通りかかった女性に場所を尋ね、竹通りの万寿屋へ行く。

 店はご近所も集まって、後片付けに追われていた。

「すみません、少しお話をうかがいたいのですが」

 片付けの指示を出していた男性に、空鴉が声をかける。

「見て分からねぇのか、今忙しいんだよ!」

 男性は顔を上げずに声を荒げる。

「まあ、そう言わずにさ。頼むよ」

 燿が言うと、男性はやっと顔を上げた。そして赤髪の存在に気付く。

「劉家の方でしたか。すいやせん。どうぞ何でも聞いてくだせぇ」

「ありがとう」

 宝劉は彩香を介し、万寿屋の主人に話を聞く。

「実は最近、この商店街で悪戯が多発しておりやして。犯行はいつも夜で、犯人の姿を見た者はおらんのですが」

 話によると、十日ほど前からこの商店街の店が何軒も荒らされているという。全く収まる気配はなく、店主たちは頭を抱えているそうだ。

「毎晩のように見回りをしてるんですがね、一向に犯人が捕まりませんで、困り果てとります」

「ふうん」

 もっと詳しい話が聞けないかと、宝劉は辺りを見回す。

「あら、このお店って、骨董品店なの?」

「ええ、そうですが」

「好都合だわ」

 骨董品を扱う店なら、強力な味方がいるはずだ。探してみると、彼らは店の隅に集まって震えていた。

「こんにちは。少しお話を聞かせていただけますか?」

 事件のせいか、商品を本体とする付喪神たちは、皆おどおどしていた。

 小さな彼らと少しでも目線を合わせるため、宝劉は床に座り込む。

「私は貴神方の味方です。貴神方にも、貴神方の本体にも、危害を加えるようなことはいたしません。どうか、昨日何があったのか、お話しいただけませんか?」

 付喪神たちは恐るおそる、口を開いた。

「あなたは、僕たちに意地悪しませんか?」

「壊したりしませんか?」

「もちろん。ただ少し、怖かった日の事を聞かせていただきたいのです」

 付喪神たちは少しの間顔を見合わせていたが、やがて事件のことを話し始めた。

「子どもが来ました」

「私たちに意地悪しました」

「仲間が何人か壊されました」

 さすが現場に居合わせただけあって、人間からは聞けない話がでてきた。

 彼らによると、犯人は八歳くらいの子どもで、店に入ってしばらくはきょろきょろしていたが、突然彼らに対する「暴力行為」に及んだのだという。

「怖かったです」

「痛かったです」

 小さな付喪神たちの眼に涙が浮かぶ。

 これ以上は聞けないと判断した宝劉は、礼を言って彼らを慰めた。

 そうしているうちに暮鐘が鳴ったので、宿へ戻ることにする。

「付喪神様たちは、犯人は子どもだっておっしゃってたわ」

「では、子どものいたずらでしょうか?」

「まだ分からないわね」

 そんな話をしながら宿へ戻る。夕食をとり、風呂に入ったら、あとは寝るだけだ。

「殿下、旅の疲れもございますでしょうし、今晩はゆっくりお休みくださいませ」

 彩香に言われた宝劉は、即座に首を振る。

「いいえ、まだ寝ないわ」

 拳を握り、目を輝かせて力強く宣言する。

「女子会するわよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る