第23話 久しぶりのバーとフォアローゼズ
「何かストーリー性のあるお酒でございますか?」
そう、唯はマスターにまたしても難しいお話をしてしまっている。リカー男子だけでも十分かもしれないけど、簡単にそのお酒の背景を届けられればよりそのお酒の事を好きになってくれるんじゃないかなと唯は素人なりに考えて今に至るのだ。
もちろん、マスターはそんな唯に真摯に向き合ってくれる。そんな中でマスターが取り出したボトルは、
「フォアローゼズなんていかがでしょうか?」
「バラのマークがついたお酒ですね! 私も見た事ありますよー!」
「わりとスタンダードとブラックはスーパー等でも販売されているポピュラーなバーボンでございますね。こちらプラチナという種類とシングルバレルなど少し高級なボトルもあるんですよ! このフォアローゼズの由来に素敵な説がございますよ」
「へぇ! 教えてくれますか?」
「それではフォアローゼズを楽しみながらどうぞ」
ショットグラスに注いだフォアローゼズをを口にしながら唯はマスターのお話を聞いた。
フォアローゼズの創始者ポールジョーンズジュニアはとあるパーティーで、この人しかいないという女性に一目ぼれ。私と結婚してくれませんか? とそんなポールジョーンズジュニアのプロポーズにたいして女性はプロポーズの受諾の目印としてバラのコサージュをするとの事、そしてポールジョーンズジュニアが再びその女性と出会った時、その女性はバラのコサージュを胸の上に、プロポーズの成功、永遠の愛を誓ったそんなエピソードかラベルには四輪のバラがデザインされて『フォアローゼズ』と名付けられたと……
そんな話にうっとりしながら唯はフォアローゼズの香りを楽しむ。華やかな香り、そして口当たりもよく飲みやすいウィスキー。味は何かのスパイスや蜂蜜のようで、今までのウィスキーの中でも飲みやすいなと唯は思う。
パチン! 嗚呼、油断したなと、久々にこの感じだ。ここは果たしてどこだろうか? 誰もいないけど、恐らく立食パーティーでも行われている会場らしい。さて、フォアローゼズくんはどんな男の子だろうか? 正直唯は楽しみで仕方がない、バラだけにキザなんだろうか? それとも綺麗めの男の子だろうか? まぁ、会ってみれば分かるだろうと唯はあたりをきょろきょろと見渡した。
すっと、唯の頭に触れられるような感触が……
「よく似合ってますね? 唯、だーれだ?」
「んーと、フォアローゼズくん?」
「正解!」
振り向くと、バラをあしらった中華風の男性向けのドレスを着た髪の長い男の子。唯の頭には一輪のバラのコサージュ。
「はじめましてかな? 唯」
「かも。可愛いボトルだなって思ってたけど飲んだ事なかったし」
「そうなんだ。残念、とっても美味しいのに、唯。私の美味しい飲み方知らないでしょ? 温めてあげるよ」
「きゃっ!」
そう言って唯をぎゅっとはぐするフォアローゼズくん。委縮している唯の頭を撫でるとゆっくりと離れて、フォアローゼズくんは自分のボトルを取り出す。
そして高級そうな砂糖入れから角砂糖を一個取り出すと、レモンスライス、クローブ、そしてシナモンスティック。
「なになに? カクテルかな?」
「唯、可愛いなぁ」
そう言いながら耐熱グラスに角砂糖を入れてお湯で溶かす。そしてそこにレモンスライスとクローブを入れ、フォアローゼズを注いだ。そして再びお湯を入れ、最後にシナモンスティックを添える。
「はい! 私で作ったホットウィスキーカクテル。ホットトディですよ」
暖かくて美味しい、というかこれは本当にお酒なんだろうかくらいはある。甘くて身体が温まる。暖かいお酒といえば熱燗、お湯割り、ブリューワインと色々あるが、スピリッツ系のホットカクテル企画も悪くないなと唯は考えていると、フォアローゼズくんが唯を見つめて、
「唯、誰か違うお酒の事考えてない?」
「いや、そんな事は……」
「ふふっ、嘘が下手だね。でもいいよ。それが唯のお仕事だもんね? でもさ、今日は私をゆっくり、味わってほしいな?」
凄い美人なフォアローゼズくん、すごいユニセックスな雰囲気を持っていて色気がすごい。バラを模したお酒のイメージなんだろうか? 唯は今までまともに銘柄でお酒を選んで飲んでいたわけじゃなったのだが、“バー・バッカス”に通うようになってから洋酒、とくにスピリッツ系が好きだという事を知ってしまった。同じサワーでもちゃんとマスターが作ってくれる物は何杯も美味しく感じる。
「ごめんね。フォアローゼズくん。じゃあとことん、フォアローゼズくんを楽しんじゃおっかなぁ! ほんとこれ美味しいけど他にはおススメの飲み方ってあるの?」
フォアローゼズくんはうーんと少し考えて、午後ティーのパック紅茶を取り出した。グラスに氷を積んでそこにフォアローゼズを注ぐ、そしてレモンを添える。
「アイスローゼズティーなんてどう?」
「へぇ、所謂お茶割だね」
凄い合う。ちょっといい紅茶を飲んでいるみたい。しかも恥ずかしくなりそうな美人の男の子が作ってくれるとなるとたまらない。
「じゃあ唯、もっとイイコトしよっか?」
「え? いいこと?」
ふわりと香るフォアローゼズの香り、目を開けるとそこはいつもの“バー・バッカス”
トンと水を差しだされ、そこには安定の微笑のマスターの姿。
「少しお顔が赤いですね。タクシー、お呼びしましょうか?」
「お……ねがいします」
妙な恥ずかしさの中でチェイサーを頂きながら俯きタクシーを待つ唯。何もかも見透かしているようにマスターの微笑が妙に痛く感じたそんなある日の晩だった。
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