第18話 マスターからのキャパのカクテル

 スライスした桃を丸いガラスの容器に入れていくマスター。みんなはマスターが作ってくれたお酒を口にしながら何を作ってくれるのか待っている。

 お酒の卸を行っているだけあって文孝は何を作っているのか分かっていたらしく。

 

「キャパのカクテルか、作ってるのを見るのは初めてだな」

「えぇ、お祝い事といえば、シャンパンが宜しいかと思ったのですが、唯さんのお仕事の足しになればとご用意させていただきました」

 

 キャパのカクテルってなんだろうって唯が思っていると、好奇心旺盛なリナ先生がマスターに尋ねてくれた。

 

「マスター! キャパのカクテルってなんすか?」

「アーネスト・ヘミングウェイさんという小説家の方はご存じでしょうか?」

「ええっと、“だが為に鐘は鳴る“とかの人っすよね?」

「さようでございます! さすがはリナ先生、博識でいらっしゃいますね? ロバート・キャパさんというハンガリーの写真家さんがヘミングウェイさんと仲が良かったんです。当時、中々手に入らなかったお酒とこの桃を使ってヘミングウェイさんの為に作られたカクテルが、キャパのカクテルです。王様のカクテルなどとも言われています。シカゴやフレンチ等とは違い、桃以外は他の物が入っていません。そこで、私はここにピーチジュースを加えさせていただきます。度数は15度程で割と高いのでゆっくりと、チェイサーと共にお楽しみくださいね」

 

 全員の手にキャパのカクテルが行き渡る。マスターも自分の分を入れるとそれを掲げた。

 

「それでは唯さんに!」


 乾杯。

 

 各々キャパカクテルを口にする。あぁ、これは危ないお酒だ。飲み過ぎてしまいそうだ。桃の甘い香りと味の後にじんわりお腹から暖かくなっていく。

 唯はそう思うと、パチンと音がする。

 そして、ゆっくりと目を開けるとここはバー? いや、なんというか酒場と言った雰囲気……

 

「さぁ、レミーマルタンくんが来るか、モエ・エ・シャンドンくんが来るか!」

 

 頬がひんやりとする。

 

「ひゃっ!」

「萌え萌え、ドン! ってね! はーい! 唯たーん! 初モエどうでしたー?」

 

 モエ・エ・シャンドンくんきたー! 凄いキャラだな。と思った唯、おかっぱ系の狐目男子。毎週女の子をとっかえひっかえデートしてそうな彼は唯にシャンパングラスを渡してくれる。

 

「カクテルもいいけど、やっぱりシャンパンは気軽に、ウェルカムドリンクに、おやつに! 食事に、寝る前にー! 楽しんで欲しいよねー! まずは一杯どうぞー!」

「ありがとう」

 

 一口、えっ? と唯は驚く。初めてシャンパンを飲んだ唯。スパークリングワインのとってもいいやつ程度で思っていたが、素直な感想でいえば、驚異的だった。

 

「はーい! 唯たーん、世界で一番愛されているシャンパン。モエ、びっくりした? 美味しかった?」

「うん、全然違う。お酒の事なんて私ほとんど知らないんだけど、なんていうか、思っていたよりも凄いシンプルに美味しいって感じで」

「おーけー! 最高の褒め言葉いただきましたー! そう、モエはこの品質を凄い大量に生産してるの! もうね、お酒なんてモエ飲んでればイインダヨ!」

 

 そう言ってもう一杯、

 

「ちょっと待ったぁあああ!」

 

 おや? もう一人、という事はこの片目を隠している厨二っぽい男の子が、

 

「レミーマルタンくん!」

「ご名答! 唯氏! コニャックははじめだろ?」

「うん」

「そう! ならまずはストレートで楽しんでほしい。その漆黒の夜が明けるような神秘的な香り、そして口にした時、生命の神秘に近づけたかのような味わい」

 

 全く意味は分からないが大きく深いグラスにレミーマルタンを注いで唯に渡してくれる。もうこの時点で花が咲いたように香る。ブランデー、ウィスキーの亜種程度にしか思っていなかった唯。

 

 焼きワインと称されるように葡萄の蒸留酒。舐めるように一口。今まで飲んできたどのスピリッツとも違う強烈な葡萄感。

 

「何これ、凄い」

「そう! 我、凄い! 唯氏。この世の中に必要なお酒はブランデーただ一つ。夜のフリータイム。ゆっくり月の満ち欠けを見つめながら転がすコニャックに勝るものなし、な? いいだろ? 唯氏」

「ダメダメ! 唯たーんはモエだけ飲めばいいんだよ?


 唯はこんな男の子達にチヤホヤされた事が今までの人生でなかったので、そりゃもう。

 

「えー! どうしよっかなー! 困ったなー」

 

 とまんざらでもない様子。シャンパンにコニャック。どちらも今まで飲もうとすら思ったことのないお酒。それが今や買おうかなと思う程に、これらのお酒に興味津々。

 

「えーい! どっちも飲んじゃおう!」

 

 とかいい事を言うと、大体夢は覚めるもので、そこは祝賀会を開いてある“バー・バッカス“モエ・エ・シャンドンくんもレミーマルタンくんもそこにはいない。

 

「良い夢、見られましたか?」

 

 マスターはシャンパングラスでキャパのカクテルを飲みながら、唯。そして皆に言ったらしく、同じ夢でも見ていたのだろうか? 全員がマスターに注目。マスターはキャパのカクテルが入っている丸い容器を見せて、

 

「お代わりどうですか?」

 

 だなんて勧めくるので、みんな夢の続きを見たいのか、マスターに言われるがままにグラスを向け、祝賀会の日を飲み明かした。

 

 自由業のリナ先生、美優は酔い潰れても構わず、律と文孝は翌日休みを取っており、ダンタリアンは謎しかない。

 当然、次の日も出勤の唯は二日酔いでオフィスに来た事でしこたま怒られることになる。

 

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