第19話 悩み事とメーカーズマークと


 唯の初めてのコーナーである“リカー男子に恋をして”第二回の記事に関して、今回はウィスキーのリカー男子に着目。そして“バー・バッカス”のマスターに協力してもらったはじめてバーに通う際の心構え等を掲載する予定なのだが……


「おい。秋田ぁ~、なんかさー二回目の記事パンチが足りない気がすんだよなー」


 と、高橋キャップからの嫌がらせ……ではなく、唯の事を考えての指摘。高橋キャップ曰く、最初の時に比べて勢いを感じられないというのだ。それは実のところ唯自信が一番に感じていた。


「はじめてコーナー貰えた時のフレッシュな気持ちがなくなってるんじゃないか? 多分、初回効果で二回目が乗る今回もそこそこ売れるだろうけど頭打ちで、企画打ち切りコースだぞ、ちょっとなんか考えてこいよ」


 浮かれ気分で祝賀会なんて開いてもらったのに、これで終わってしまうだなんてみんなに顔向けできない。できるだけの事はやってみよう。

 唯はバンと机をたたいて立ち上がる。


「ちょっと外でてきます」


 何かないだろうか? リナ先生に相談して……ダメだ。リナ先生は今、他の仕事で缶詰していと唯は昨日の夜に連絡がきた。ならば、美優。人気Vtuber酒呑の力を……


「もしもし、美優さん?」

「はひっ……唯さん……どうしたんですかぁ? もしかしてこの前の配信……なんかやばい事いっちってました?」

「ちょっと今から会えませんか?」

「ひぃいいい! 折檻だけは勘弁してくださいぃいい!」


 昨日の配信では“俺にイタズラされるの好きなんだろ? なぁ? 聞いてんの?”とかエロボイスで話していた人物と同じとは思えない位気が弱い美優。


 がしかし、彼女のVtuberとしての人気は半端じゃない。彼女の、いや彼と言うべきなのだろうか? バックアップありきで唯の記事は人気を保っている部分も大きい。そんな美優だからこそ見えて唯には見えない物があったりするんじゃないかと唯は美優を呼び出した。


 おどおどしながら待ち合わせの駅にやってきた美優の姿。


「美優さん来て頂いてすみません。どこかで冷たい物でも飲みながらお話し聞いてくれませんか?」


 コクンと頷くと、お昼から開いているスタンドバーを見つめたので唯は、


「ここでいいですか?」

「はひっ」


 店内には男性と女性のバーテンダー、常連客らしい男性が一人、ハッピーアワーを楽しんでいる女性同士の客。そして唯と美優である。


「あのこのハッピーアワーって選べますか?」

「そちら、フードメニューを最低1品選んでもらえれば大丈夫ですよー!」


 との事なので、唯はスペアリブを美優はタコスを注文。飲み物は、

「ハイボールいただけますか?」

「わ、私もは……はは、ハイボール頂けますか?」

「メイカーズマークですが宜しいですか?」

「大丈夫です」

「はひっ!」


 メイカーズマークはこの前飲んだのでちょっと安心できるウィスキーだと唯は思いながらドリンクが届くととりあえず、


「美優さん、お忙しい中来てくださってありがとうございます。とりあえず乾杯」

「は、はい。乾杯」


 ビクビクしている美優に唯は本日話したかった事を彼女に伝えた。


「ちょっと、二回目にして行き詰ってしまって……何かアドバイスとかあれば教えていただければと」

「そんな、恐れ多いですー! もう完璧ですよ、あの記事は私が何か指摘できる部分なんてー」


 ぐびぐびとハイボールを飲み干して、唯から逃げようとする美優に唯は頭を下げた。


「あの、私もいま逃げ出したいくらい追い詰められてまして……こうしたら紹介しやすいなとかあれば……是非お願いします」

「あた、あた……あたまあげてくだ……ちょっとハイボールおきゃわりくらさい」


 話の途中で美優はハイボールのおかわりをぐっと飲むと、少し黙り。そこで座った目で唯に話し出した。


「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、耳障りだなぁオイ? お前の記事の強みはなんだよあぁ?」


 そこには上から物を言う酒呑の口調で話す美優。それに店内の客もバーテンダーの二人も注目する。唯はこれはまずいと思いながらも据わった目で唯を見つめる美優に……


「お酒をあまり知らない人でも分かってもらえたり興味を持ってもらえるように……リナ先生のイラストでリカー男子と共に紹介する事……です」

「だったらよぉ、この俺がやりやすいのはそのリカー男子とコラボしている店だよなぁ?」


 そう言ってメーカーズマークのボトルをツンツンと指でつつく、唯は意味が分からないでいると、次は唯のグラスもかっぱらって美優はそれを飲み干す。


「ぷはー、とろい奴だなぁ? 推しのリカー男子を置いてくれる店があれば俺がその都度紹介してやるってんだよ? わかんねーか? あぁ?」


 よく分かった。要するに雑誌のコーナーだけでなく、リアル店舗に展開していけというのだ。かつて凄まじい人気を誇ったオリジナルアニメで行われた手法だ。こんなマイナーな自分の記事で、そんな事は恐れ多いとか思ったが、なりふり構ってはいられない。


「あのすみません! 私、こちらの雑誌の記者をしておりまして」


 普段誰にも渡す事のない自分の名刺を出して差し出す。そしていつも持ち歩ている布教用の雑誌を見せて、お酒の紹介を行うコーナーを担当している事を伝えた。


「あのこのメイカーズマークを男の子に擬人化したリカー男子を大々的にこちらで宣伝してくれませんか? あのこの雑誌のコーナーと、超有名vtuberの酒呑さんが責任を持って店舗の宣伝を行います」


 その申し出に男性のバーテンダーの方が唯の前に来ると、


「僕達も雇われ店長なので、オーナーに確認をしてからでもいいでしょうか? 連絡先はこちらで宜しいですか? まだまだ知名度の少ないスタンドバーなので雑誌で宣伝してもらえるというのは多分ありがたい事だと思いますから、いい返事ができるように僕の方からも推してみますね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 据わった目で唯を見つめている美優、ハイペースで飲んだので大丈夫かなと、美優に肩を貸しながら


「すみません、お勘定お願いします」


 このまま酔いつぶれかけている美優をタクシーに乗せてバイバイではさすがに酷いかなと唯は美優の酔いがさめるまで水を渡して駅のベンチで休憩していると、


 ルルルルルルルルと携帯が鳴る。それは先ほどのスタンドバーだ。オーナーに確認をしてもらったところ、オーケーが出たという事。こうしちゃいられない。メイカーズマークのリカー男子のキャラクターイラストをリナ先生にお願いして、先ほどのお店で掲示してもらう。


 その事を高橋キャップにも報告してみると、おもしろいじゃんの一言が返ってきた。出来る物はなんでも使う。その貪欲さが唯には足りなかったらしい。リナ先生や、美優のような自ら何かを作り出す人たちが最低限もっている基本スキルなんだろうと唯は今回の件で大きく反省した。


「あ、美優さん大丈夫ですか?」

「はヒー。普段は甘いお酒を飲んでたのでちょっときつかったれすー」

「そのおかげで新しいヒントとチャンスを掴めました! ありがとうございます。美優さんおひとりで帰れますか? これから時間を潰して“バー・バッカス”にいこうかと思うんですけど」


 “バー・バッカス”の名前を聞いて覚醒したかのように美優は身体を起こす。


「私もいきますー!」


 美優のマスター占有率の高さは唯もよく知っている。マスター依存症と言っても過言ではない。さぁ、今日は何を飲ませてもらおうかなと、一駅と少し分酔い冷ましがてら唯と美優は歩いて“バー・バッカス”へと向かった。

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