第17話 祝賀会とレインボーショット
秋田唯はこの日、ぴりぴりとした表情で仕事をこなしていた。普段なら冗談を言う高橋キャップも中々話しかけられないくらいには……一体何事なのか、それすらも聞くのが気が引けるくらいには……
「高橋キャップ、確認お願いします。私は資料の整理をしていますので」
「おぉ、うん。見とくよ。そういえばお前の次の記事なんだけどさ」
「一応、既に用意はできているんですが、もう少し纏めたいんですが、現時点の物を提出しておきましょうか?」
「め、メールで」
「了解です」
そして自分のデスクに戻ると、コンビニで購入したコーヒーを啜りながらパソコンの画面を前にして真剣な表情。その姿に高橋キャップは他の同僚に唯に何かあったのか聞いてみるが、今日。一の一番に出勤し、菓子パンを齧りながら既にこの様子だったと皆語る。まぁ、仕事に精を出してくれるのはありがたいし、何か今日用事があると言ってきてもいない。再び、高橋キャップは、
「秋田。今日、定時上がり希望とかか?」
「いえ、大丈夫です。仕事をこなして帰りますので」
「そうか」
なんか人が変わってしまったようで、なんか怖いと思うオフィス内。何故、唯がこんな状況なのかというと……今日は“リカー男子に恋をして”初掲載お祝い会なのである。その事を考えると顔が溶けるんじゃないかというくらいにやけてしまうので、真顔でいる事に徹しているのだ。そして仕事をする事で少しでも意識がそっちに向かないようにしているというのがこの環境の正体である。
そう、お昼の時間になり、唯の分も弁当を頼むか聞こうとした時には既に、唯はオフィスからいなくなっていた。できるかぎり遠く離れたカフェに入り、緊張していた。表情をとく。
「うふふ、あぁ! 今日が楽しみすぎて、もう我慢できない。すみませーん! フルーツサンドのコーヒーセットお願いしまーす!」
とにかく休憩時間の間は緩みまくって、再び仕事に戻る際、スマホのインカメラで緩んでいないかを確認して戻る。その日、一日中。唯の勤める編集部のオフィスは謎の緊張感につつまれていた。
「律君、じゃああのバーに行きましょうか? リナ先生と美優さんももういるみたいなので」
「はい」
律君を連れて行く唯の背中を編集部のみんなはただ見つめる事しかできなかった。オフィスからでると、唯の表情はどんどん緩んでいき、スキップに変わる。目指すは高架下の“バー・バッカス”ウキウキで向かうといつもの主張しない小さな看板に、達筆な文字で【本日貸し切り】と書かれている。これはあのマスターと似て非ざるぶっ飛んだ人が……
「こんばんわー」
「こんばんは」
唯と律が店内に入ると、そこにはマスター、リナ先生、そしてやっぱりダンタリアン、美優。文孝もいる。彼らがクラッカーを上に向けて。
パーン!
「「「「「唯さん(ちゃん)おめでとう!!!」」」」」
唯は頭をかきながらみんなからのお祝いの事ばに頭を下げる。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
料理は出来合いの物やデリバリーを頼んでいるらしく、それぞれ好きに立食パーティーのように楽しめるようになっている。やはりここでもバスターはカウンターから出てこない。
「ねぇ、マスター君。何かこういう席で盛り上がるカクテル作ってよぉー!」
とダンタリアンがまた難しい注文をするが、マスターは少し考えると。
「分かりました。では少し趣向をこらした物を作らせていただきます」
マスターはカクテルグラスを7個、自分の手元に並べるとカクテル作りのメジャーカップを用意、赤いシロップを入れた後、氷を入れ、オレンジジュース、グレープフルーツジュース、ウォッカ、ブルーキュラソーを入れると、並べているグラスに注ぎ始めた。
「えっ! すごい!」
「こんなところできるんすか……」
「わわマスターすごーい」
唯、リナ先生、美優はうっとりそのカクテルを眺める。
並んだ7個のグラス、はじめは綺麗な青色、続いてグリーン、薄い黄色、黄色、濃い黄色、オレンジ、そして最後は赤色のカクテルを一回で注いだ。
お酒に詳しい、文孝は「ほぉ」と、律くんは何をするのか知っていたようでスマホで動画を取っていた。ダンタリアンは手を叩いて何故か大爆笑。
「こちら、レインボーショットになります。こちらは味の方はそこまで美味しい物でもありませんので、ダンタリアンが処理するとして、どうぞ皆さんお好きな物をご注文くださいおつくりしますよ!」
えっ? アタシだけ罰ゲーム? とか言いながらダンタリアンは7種類のカクテルをそれぞれごきゅごきゅと飲み干していく。そんなダンタリアンを心底嫌そうな目でマスターは一瞬ちらりと見て、唯達を見る際は微笑に変わる。
「あの、ジョニーウォーカー・ブルー。ハーフザロックでお願いします」
「かしこまりました」
律くんが所望したお酒をマスターが手際よく作り、続いて美優が、
「マスター、マスター! 禁断の果実入れてくらさい」
「かしこまりました」
それぞれ、自分の好きなお酒を頼むんだろう。少し恥ずかしそうに、文孝も
「凄いと思っていたが、あーいうカクテルも作るんだな。その、ホットビールを貰えるか? 水曜日のネコで」
「あまりあの手のカクテルは作らないんですが、本日は特別ですからね。こちらホットビールでございます」
「お! これこれ」
みんなそれぞれ自分の飲みたいお酒をマスターに注文する。当然リナ先生も、
「マスター。タンカレーのジントニックいいすか?」
「もちろんでございます」
冷凍庫で冷やしてあるタンカレーで作るジントニック、リナ先生の推しリカー。そんな光景を見ていて、ふと唯はマスターは何を飲むんだろうと考えた。
「あの、マスター」
「唯さんはプライベートストックでございますか?」
「……あはは、そうですね。でもその前に聞いていいですか?」
「いかがなさいました?」
「あの、マスターは何を飲むんですか? その、普段お酒とか」
ふむといつものマスターの反応。マスターはお酒が恋人だという程のお酒好き。
「そうですね。どんなお酒も大好きですが、こういうお祝いの時はシャンパンなどどうでしょうか? こちらは、私から唯さんと普段お酒を楽しみに来ていただける皆さまへご馳走いたします」
マスターはみんながそれぞれのお酒を楽しんでいる間に準備していた物を用意する。唯はキャプテンモルガンのプライベートストックのオンザロックを口にしながらマスターを注視していた。とても大きな丸い容器、あれはなんだろう。そんな容器の前にボトルを二本用意する。その様子を唯以外のみんなも気づいてマスターの元にやってくる。
「マスター、それは何を作ろうとしているんですか?」
唯の質問にマスターはいつもどおりの微笑。
「こちら、ブランデーのレミーマルタンVSOPとシャンパンのモエ・エ・シャンドン・ブリュット アンペリアル。それにこちら、岡山産の桃になります」
シャンパンという名前を聞いて、唯とリナ先生、そして美優は固まる。そしてリナ先生が、
「マスター、シャンパンってすごい高いんじゃねーんすか?」
「えぇ、もちろんかなりのお値段の物もありますね。ホストクラブやラウンジ等でよくご提供されるドン・ペリニヨン等は高級シャンパンの代名詞でございますね。ですが、お手頃な価格で飲める物も沢山あるんですよ? 今回のこちらは3千円程でしょうか? レミーマルタンの方が少しお値段がはりますね。この二つを使ったカクテルを皆様に私の方からご馳走させていただきます」
そう言ってマスターはみんなにウィンクをする。
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