第10話 困った時のデュワーズ・ウィスキーソーダ

 タウン誌記者の1日は結構変わってくる。元々、営業事務に携わっていた唯だったが、学生時代からの夢であった雑誌記者にようやく滑り込めた為、今の仕事が苦かとは口が裂けても言えないが、自分の企画が通らない事には何度か心が折れた。

 それでもある程度ルーチンが決まっている仕事。

 テーマに対して情報収集、そして取材、記事の執筆、そして情報提供者やPR担当、この場合はリナ先生やマスターとのコミュニケーション、そしてまた情報収集、原稿の確認といったところだろう。


前回上長の高橋にスペースをもらって書いた不定期連載の告知記事に反響があり、その連載第一回の記事を執筆中……


“そこはリカーアイドル達の四つの事務所、ジン、ウォッカ、ラム、テキーラ……えとせとらえとせとら”


「ダメだ、なんだこの記事、触りがひど過ぎる。リカーアイドルってなに? お酒の紹介をするのに、設定考えろとかリナ先生ちょっと、どうしよ……」


 いざ自分のコーナーを管理できるとなると焦る。

 毎回登場するリカー男子とそのお酒の説明文という物を考えていたのだが、なんだかこれじゃない感が強くネタが寒い。締め切りはあと2日。リナ先生は本日別の仕事で相談にのってくれない。

 ……というか、


「これ、お前の仕事だからな?」


 と高橋キャップはわりと突き放してくる。そんな唯の元に、アルバイトの男の子。大学生だという。長い黒髪を後ろで括った、篠宮律。将来雑誌記者になりたいとの希望で1週間くらい前から入ってきてテキパキと資料の整理から、推敲のヘルプ。取材の手伝いと、事務所内では唯より使えるともっぱらの噂。


「り、律くんなにかな?」

「秋田社員。自分もお酒好きなんで、手伝える事があったら色々教えてください」


 キュンとした半面、律くんごめんなさいと心で謝った。唯は少々、彼の何でも卒なくこなすその気質、行動力に嫉妬し、対抗意識を燃やしていた。いくつか年下の男の子に我ながら情けないと思った。


「えっと、最初は四大スピリッツを紹介するから、その記事はできてるんだけど、最初の走りの部分どうしようかなって……」

「これって、女性に向けて書こうとしているんですよね?」

「うん」

「だったら路線はこの失敗したものでもいいと思うんですよ。リナ先生のイラストは乙女ゲーやBL作品にもよく登場してますし、下品にならない程度にはBL要素だっていれちゃえばいいんじゃないですか? カクテルだってあるんですか、ただアイドルは……ちょっとないですね」


 うん分かってます……とアルバイトの男の子に貰ったダメ出し。心が折れそうだ!恥ずかしい!!

 と心の中で思う唯は「そっか、ありがと律くん、今日ちょっとバーに寄って行こうと思ってるんだけど一緒にいく? 奢るよ」と伝えると、


「是非ご一緒します」


 秋田が男の子に飢えて、律くんを連れ出していると煽られながらも笑って返す。

 先輩や上司の仕事を手伝い20時半。ちょうどいい時間だ。仕事を終えると律と並んで“バー・バッカス”に向かう。なんか毎日バーに通う自分カッコいい感あるなと唯は思って、マスターには常連感を出して挨拶をと少しだけ律を驚かせられるんじゃないかと思ったが……


「いらっしゃいませ!」

「マスター、こんばんわー」


 元気よくフレンドリーに唯は挨拶する。それに微笑で微笑むマスターは「今日は元気ですね唯さん、そして律さんもいらっしゃいませ」


 ん? 唯さん、律……さん? 最初は様付けだったが、常連化するとマスターはさん付けで呼んでくれるらしい事に気づいた唯。

 律さん、という事は……


「こんばんはマスター、秋田社員の行きつけ、きっとここだろうなと思ってました。ここ女性でもは入りやすいですからね」

「恐れ入ります。そういえば律さん、この前切らしていた、ジョニーウォーカーのブルーラベル。入りましたが、お飲みになられますか?」


 しかもマスターに好みのお酒まで知られている。悔しい! と唯はポーカーフェイスでそう悔しがるが、律はずらりと並んだリカーラックを眺めて、


「珍しい、洋酒好きのマスターなのに、“魔王(芋焼酎)“なんて置いてるんですね?」

「あぁ、……それは知人のボトルキープです。飲みたい方には無料で提供して結構との事ですので、お飲みになられますか? なんなら焼酎のカクテルお作りしますよ?」


 唯は思い出す。あのダンタリアンなる、凄いテンションの高い女性、マスターにそっくりなので関係者だと思うだが、聞いてはいけない気がしてあえて何も言わなかった。魔王は唯でも知っているのと、焼酎のカクテルってどんなだろ? とちょっと飲んでみたいと思ったが、


「いえ、今日は秋田社員の記事の為の情報収集ですので、洋酒をいただきにきました」


 ん? 確かにマスターに相談しようと思ってたけど、こんな仕事の延長みたいに律くんに思われている事になんだか唯はちょっとだけショックを感じる。そして真顔で、少しだけ雑誌ライターである唯に尊敬の念を持った表情で、


「秋田社員は何を飲まれますか?」

「そ、そうねー」


 何飲めばいいんだろう。

 ここは年上としてまずは……、まずは……


「まずはシュワっと」ビールを……

「成程、ハイボールですね。マスターお願いできますか? 秋田社員、銘柄どうしますか?」

「そうね」


 銘柄、は? 銘柄って? ハイボールってウィスキーと炭酸水でしょ? ハイボールって頼んだら普通に出てくるんじゃないの? とか思った唯だが、確かにこれだけお酒があるんだ。どれそれのハイボール。と頼む事になるんだろう。しかし、チェーン居酒屋ではないのだ。だが唯は焦らない。


「マスター、おススメのハイボール銘柄ってありますか? 家とかでも美味しく飲めそうなのがいいです!」


 おそらくこれほど正解に近い注文はないだろう。ふむと、マスターはいつも通り考えて、リカーラックからボトルを取り出す。


「まずは、やはりオーソドックスに角瓶でしょうか、今回は白角を、あとはそうですね。バーボンならジムビームやフォアローゼスブラックなども、スコッチならマッカラン、ジャパニーズでは白州も捨てがたいですが、手に入りにくいのでここは陸を。アイリッシュならジェムソン、カナディアンならロイヤルクランも美味しいですね。ですが、迷った時はブレンデットウィスキーがよろしいかと? 例えば、律さんの好まれるジョニーウォーカーのブラック。通称ジョニ黒ですね。またシーパスリーガルミズナラ、オールドパー12年、お手軽に手に入るバラタイン等も美味しいですよ?」


 どんだけ並べるつもりだというくらいマスターはボトルをどんどんと並べていく。その表情は恋でもしているようだ。よほどお酒が好きなんだろう。ハイボール、舐めてたなーと、再び唯はマスターに、


「その中からおススメお願いします! これだけウィスキーでも種類があるんですね。なんか種類ごとに綺麗にならんでますし、学生寮みたい……」


 あっ、キタ。閃いたと唯はメモに走り書きをした。

“ここはスピリッツ学園、ジン寮、ウォッカ寮、テキーラ寮、ラム寮。寮長達が学園の案内をしてくれる……以下構想詰める”


 リカーラックを寮に見立て、その寮にいる学生、各種お酒を紹介していく物にしよう。我ながら最高の考えだ! そう唯が思ったところで、そういえばマスターってお酒とか飲みに行くのかな??


「マスターって他のお店にお酒飲みに行く事あるんですか?」


 お酒のプロにこんな事聞いてもいいのかと、ふと不安になったが、ふむといつもの微笑。


「ございますよ。お休みの日は勉強をしに国内、国外。リカーショップにパブ、バー、居酒屋、小料理店、ビヤホールと楽しんでいます。そうですねぇ、では私がこの前行ったショットバーのフェイバリットはいかがでしょう?」


 トンと用意してもらったハイボール。


「唯さん、律さん、こちら。ブレンデッドスコッチ。デュワーズホワイトのウィスキー・ソーダ(ハイボール)でございます。どうぞお楽しみください! スコッチウィスキーでラムネのような風味がございますよ」


 律くんは黙って口にして余韻に浸る。唯はま、ハイボールだしとゴクゴク喉を鳴らして飲む……飲むと……


「おいしっ、何これ……こんなハイボール飲んだ事ない。このウィスキーが美味しいんですか?」

「ウィスキーそのもの美味しいですが、これはマスターの腕ですね秋田社員。ハイボールも歴としたカクテルですから……ほんと美味しいです」

「恐れ入ります。私も大変感銘を受け、再現してみました。血の味とでもいうのでしょうか? ソルティハイボールのような独特のツイスト、こちらを使ってみました」


 ピンク色の岩塩、アンデスの塩と書かれている。ハイボールもカクテル、手を加えればさらに美味しくなる。唯は、


「マスター作り方教えてください!」

「かしこまりました」


 ロンググラスを用意すると氷をグラスに積み上げる。チェーン居酒屋のようにガチガチに氷を詰めていない。ウィスキーの量はシングル30mlを氷にかけるように入れていく。炭酸が泡立ちにくくなると教えてくれる。バースプーンにそらせてソーダを注ぐ。そしてステアは軽く一回。そしてマスターのツイスト、ミントを添える。


「こちらで完成です」


 おぉ! と唯はパチパチ手を叩く。そんな店内に響く声。


「おぉおい! こんなところにバーがあるじゃねぇか、マスター、とりあえずビール!」


 酔っ払いだ。ややこしそう。律が立ちあがろうとするので、マスターは微笑でそれを静止する。そして「いらっしゃいませ、“バー・バッカス“へ、こちらにおかけください。ビールでございますね? 銘柄はいかが致しましょうか?」


 マスターが酔っ払いの接客を始めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る