第11話 ややこしい客にホットビアフロート・水曜日のネコ
「ビールならなんでもぉいぃ! 早くしろぃ!」
随分酔っている。唯と律から離れた席に案内したマスターは全く変わらない微笑。この手の客にも慣れているのだろう。
「畏まりました」
どんなビールが出てくるんだろうか? たまにいるお客さんが見た事もない銘柄のビールを飲んでいる事を唯は目撃したが、あっと驚かされる物が出てくるんじゃないかと期待していると……マスターがトンと取り出したのは缶ビール。しかもコンビニでも見る事ができるし、なんなら唯も飲んだ事がある。
「こちら、ヤッホーブルーイングさんの水曜日のネコでございます」
うん、普通のビールと違って苦味が少なくてフルーティーで美味しいけど……なんか拍子抜けだなと唯は思う。それに酔っ払いは……
「なんだぁ? このビール、まぁいいやじゃあ……おい! これ冷えてねーじゃねぇかぁ。ああ?」
「はい、こちらまだ完成品ではございません。お客様、随分お飲みになられたようですね? お酒、強いんですね?」
そう言って、マスターは水曜日のネコの横にシナモン、レーズン、砂糖、そしてハーゲンダッツを用意した。一体何を始めるのか? マスターの問いかけに酔っ払いの男性は笑って頷く。
「あたりまぇだろぉー、こちとら営業歴20年、飲んで仕事とってきたんらからよぉお、今日だって、ビール大瓶四本、焼酎お湯割り5杯、行きつけのスナックで入れてるダルマのロック2杯。でここで締めの一杯よぉ? えぇ? 1杯で終わるかわかんねぇけどなぁ……」
「さようでございますか、それではお作りいたしますね?」
ミルクパン鍋を取り出すとそこに水曜日のネコを入れた。そしてまさかのビールを火にかける。温めているビールにシナモン、レーズン。砂糖を順番に加え、耐熱グラスに温めたビールを入れると、最後にアイスクリームディッシャーでハーゲンダッツのバニラアイスをすくうとその上に浮かべる。一体何をマスターは作っているのか? 酔っ払いの男性も唖然としてしている中。
「こちら水曜日のネコのホットビアフロートでございます」
「オイオイオイオイ! オラァ、ビールを頼んだぁ、どこをどうしたらこんな物が出てくるんだ」
「ぜひ、一度ご賞味ください」
「っチ、こんなもん……」
嫌々と言った風に酔っ払いの男性はホットビールに口をつける。
「は? 美味い」
そう一言発すると、アイスを食べながら無言でホットビールを飲んでいた。そしてゆっくりそれらを飲み終えると、耐熱グラスをトンとおいた……どこかでパチンと音が聞こえる。
酔っ払いの男性、工藤文孝(くどうふみたか)は公園のベンチに座っていた。公園のベンチ?
「俺はさっきまで場末の小さいバーに……」
「おじさぁーん、飲み過ぎだにゃぁ!」
「うわっ! なんだお前!」
そこにはダブダブのビックシルエットをきた男の子? 耳に尻尾に、文孝はコミケ帰りのガキか? とか思ったが、座っている文孝の膝に頭を乗せてゴロゴロ喉を鳴らす。
「水曜日のネコにゃあ! おじさぁーん! ビール頼んでネコを出されるとか! ウケるにゃあ! ネコは発泡酒にゃ」
「ほぅ」
なるほど、これは夢か、面白い夢だ。そしてこのガキ、可愛いじゃねぇかと自然に文孝は水曜日のネコの頭を撫で、喉に触れ、そして教えてやるかと……
「日本の酒税法上はな? 広い海外目線でみりゃお前さんも歴としたビールよ」
まさか! とこの酔っ払い、よく知ってるニャア! という顔をする水曜日のネコ。ぴょこんと起き上がると水曜日のネコは、「次はちゃんと冷やしたネコを飲んでほしいにゃ」と言って、文孝の頬にチュッとキスをする。
目が覚める。文孝、酔はどこかに行ったらしい。そして色々聞きたいことはあったが、まず第一声。
「マスター、あんたなんでこれを?」
「失礼ながらお客様は随分お飲みのようですので、アルコールをできる限り飛ばさせていただきました。また、アルコールの分解には糖分を多く必要とされます。ですので甘いホットビールを選ばせていただきました。お酒を飲んだ後はアイスクリームが食べたくなりませんか?」
「なります!」と思わず唯が声にしてしまい、マスターはそれに微笑む。そして文孝が、冷静になったのか、完全に酔いが覚めたのか……
「ホットビールか、ワインやウィスキーなら聞いた事あったが、この飲み方は知らなかったな……」
「割と海外ではポピュラーな飲み方ですね。そして、この水曜日のネコはビールが苦手な人にも飲みやすいフルーティーなビールですので、こういったデザートカクテルによく合うんです」
「そうか、あんな泥酔してこんな店にくるのは不躾だったな?」
「そんな事はございませんよ。どのようなお客様でも私からすれば皆同じ大切なお客様です」
うわっ! マスター、カッケェええと唯は思っていると、酔っ払いの男性、文孝は頭を抱えて笑う。
「参ったなマスター、ここは凄いバーだ。お二人さん、デート中に済まなかったね? マスターあちらに同じ物を俺がご馳走するよ」
「畏まりました」
そして文孝は一万円札と自分の名刺を置いて出ていく。
「何か仕入れで困ったら頼ってくれよ。マスター、次は素面で来て、水曜日のネコの野郎に会いにくるからよ」
「……お待ちしております。お客様タクシーの方は?」
「歩いて帰りたい。気分がいいんだ」
そう言って店を後にする文孝を見て、唯は……あの人、会ったんだ! リカー男子に! どんな男の子だったのか? 聞きたいが、酔っ払いに話しかけるのは……いや仕事だ!
「すみません! あの、水曜日のネコくん。どんな男の子でしたか?」
驚いたように唯を見つめる文孝、雑誌記者である事を告げると、ここに酒類専門の卸業者に顔が聞く工藤文孝との繋がりもできて、彼が各種業者にリカー男子の記事を広げてくれる事になろうとはこの時はまだ知るよしもなかった。
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