第9話 桜餅の風味のウォッカとブラッディーメアリー、パーシャルショット

 さて、結構飲んだが二回戦目。まだ時間は21時45分。

 “バー・バッカス”の閉店時間の深夜2時まで4時間15分。リナ先生を見るとウィンクに親指を上げる。リナ先生はいけるらしい。


「マスター、あの……ウォッカのおススメってありますか?」

「ウォッカでございますか?」

「四大スピリッツを飲んでみたいなと思いまして」


 ふむとマスターは軽く頷くと二本のウォッカの瓶をポンと用意してくれた。


「ウォッカは大きくわけてこの2種類になります。恐らくスーパーやコンビニ等でも唯さんも見た事があるのではないでしょうか? こちらスミノフ等のピュアウォッカ。透明で純粋なアルコールの味しかしないロシアの人が飲んでいる。というイメージですね? そしてもう一つがこちらズブロッカ等からはじまる。フレーバーウォッカです。ジン等に近いフレーバーや人工甘味料を使ってあり、非常に飲みやすいウォッカです。前者のピュアウォッカはその味が喧嘩しない事からあらゆるカクテルに使われますね? 方やフレーバーウォッカは味がついているのでカクテル向きではなく、それそのものをソーダ割やオンザロックなどで楽しまれる事が多いです」


 へぇ、と唯はウォッカと言えば子供の頃に名探偵コナンではじめて名前を知ってなんとなく度数がすこぶる高いお酒というイメージが強かったが、味付きの物もあるんだなと驚く。


「では、今までの飲み方を踏まえてまずはズブロッカのバーシャルショットをお試しいただこうと思います」


 またまた不思議な名称が出てきたぞとリナ先生と唯は目を合わせると、そこは好奇心モンスターのリナ先生が手を上げて


「マスター! バーシャルショットってなんすか? 必殺技みたいっすけど」


 クスっとマスターが笑う。この中性的なマスターの仕草はいちいち母性本能をくすぐってくる。マスターは同じズブロッカのボトルをとりだす、何やら冷気を帯びているのだが……


「冷凍庫に入れて冷やしたお酒を飲む事です。恐らく新感覚かと思われます」

 ショットグラスも冷凍室に入っていたのだろう。冷凍庫から出したズブロッカはとろみがついているようで、シロップみたいだった。

 それを唯とリナ先生の手元に置くと「ではご賞味ください」。アルコールの度数が高いので冷凍庫では凍らないんだと何となく分かった自分が妙に博識に思えた唯はそれを一口飲むと……そう、とても懐かしい。ポーランドのお酒とは思えない身近な味がするのだ。


「なんかこれ、桜餅みたいな」

「あっ! そうそう! 唯さん、ほんとそれっすよ!」


 ウォッカから桜餅というゲシュタルト崩壊しそうな連想に二人は驚きながらショットグラスを空にする。すかさずマスターがだしてくれるチェイサーを口にしながら今なお青りんごのようなフルーティーな後味を楽しんでいると、マスターは青いボトルのウォッカに、トマトジュースにまさかのタバスコが用意される。


「続いて、ピュアウォッカを使ったカクテル。ブラッディーメアリーをお楽しみいただこうと思います。度数はこちらの方が低いのですが、甘い物を口にすると塩っ辛い物が美味しく感じませんか?」


 ちょっとしたマスターの遊び心、“バー・バッカス”で初めて知るお酒の飲み方は多い。テキポンもそうだったが、まさか……


「香辛料をお酒に足すなんて考えた事なかったですよ」

「カクテルに何かをちょい足しする事をツイストと言います。バーテンダーは皆、独自のツイストをもっていると思いますよ?」


 マスターも? と聞く前にマスターはウォッカにトマトジュース、そしてタバスコを数滴垂らすと再び二人の元にトンと出してくれる。

 最後にレモンを一握りしてレモン汁を垂らす。これがマスターのツイストなのだろうかと唯はメモを、リナ先生は随分男性よりのイケメンに変わったマスターのラフ画を描く。


「「いただきます」」


 血まみれメアリ―と呼ぶわりんはすっきり、まあるいトマトジュースといった風。飲みやすい。トマトチューハイみたいな感じだなと唯は思って、というかこれトマトチューハイだ! と一人でノリツッコミを頭の中で繰り返す。


 さすがに二連続でここに来るとは思わなかった。マスターの指の音も聞こえなかったし……どんな男の子だろうと唯は待っていると、白銀の髪をしたロシア帽を被ったあったかそうな恰好の男の子。手には鮭の卵らしいイクラと、チョウザメの卵だろうキャビアが入った容器を持ってくる。


「ハラショー、どう俺は美味しかった?」

「ふくーすなー! とっても! ところで貴方は?」

「スカイウォッカ」


 とても美味しかったよ! と言ってみると、スカイウォッカは手に持った皿を置いて「赤と黒のイクラ食べながらクイっとやってみて、はいあーん!」スプーンでこんもりイクラとキャビアをすくってくれる。嗚呼、ロシアではキャビアも全部イクラって言うんだったっけ? とか思いながら一口、そしてウォッカのストレートを流す。


イクラの塩味と素材そのものの味が引き立つ。ピュアウォッカの余さなんて全然知らなかったが、アルコールの味のみなので引き立てられるんだ! 凄い! と思っているとあまり表情が分からないスカイウォッカは「もっと食べて、おいしい?」とどんどん食べさせてくれる。「うん、おいしいよ」「スパシーバ―! まだまだあるよ!」


 ちょっとさすがにこれ以上はヤバい、と思った時、安堵と共にバーで目覚める。それにリナ先生を見て「リナ先生はズブロッカくんですか?」「いやぁ、自分はこのままっす。唯さんがブラッディメアリーを飲み干したあたりで、落ちちゃってタクシー呼んでもらってたんすよ!」

「えっ?」


 確かに、指の音は聞こえなかったけど、普通に寝落ちしちゃったって事?


「飲みやすい物が多かったですが、それぞれけ度数が高かったですから、お水をたっぷり飲んでお休みくださいね!」


 支払いを済ますと、到着したタクシーに乗る前に唯はリナ先生に伝えた。

「とりあえず4大スピリッツ全部読めましたので、はじめての読み切り記事書きます! 先生も宜しくお願いします!」


 リナ先生は親指を上げて「もちろんっすよ。素敵な記事を期待してるっす!」


 そう、いよいよ唯の初仕事が仕上がろうとしていた。

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