Evol.085 喧嘩を買う

 次の日。


「なんかめっちゃ見られてないか?」

「そうですね、なぜでしょうか?」


 俺とスフォルは朝食を摂った後でギルドに向かっていた。しかし、今日はやたらと人目を集めているような気がする。


 すれ違う人たちが通り過ぎたと思ったら、二度見してくるということが何度も起こっている。


 しかし、俺達二人はその理由が分からずに首を傾げた。


「ぴぃっ!!」


 その時、頭の上で生まれたばかりの従魔モンスターが可愛らしい声で期限良さそうに鳴いた。今そのドラゴンは俺の後頭部に張り付くようにくっついている。


 抱えていくのも手が塞がってしまって嫌なので、肩のあたりに乗せてみたら気に入ったらしい。


 結構大きいので以前の俺だったら重くて難しかったが、今の俺の基礎ステータスが高いので体長が一メートルくらいの生き物が頭の上に乗っていてもびくともしない。


 俺は手を頭の上に伸ばしてドラゴンの頭撫でてやる。


「くるるる……」


 ドラゴンは気持ちよさそうに喉を鳴らした。


 そこでふと思い至る。


「まさかとは思うが……こいつが原因か?」

「どうなんでしょう……でも確かに見てる人たちの視線はこの子を見ているかもしれません」


 目線だけ頭の上を向けて原因を予想するが、周りの眼だけでは判断ができない。スフォルも眉を顰めつつ、辺りの人たちの視線を追って答える。


 やっぱりドラゴンの従魔は珍しいんだろうか?


 いや、すでに抱えないといけないほどの大きいため、兜みたいに見えるので、その見た目がおかしく見えるという可能性も考えられる。


 それもこれもステラさんに相談してみれば分かるだろう。


「おい」


 それ以上視線に関して考えることを止めて話題を変える。


「そういえば、俺たちの装備も整えないとな」

「そうですね。ボロボロになってしまいましたもんね」


 今俺たちはほとんど丸腰だ。


 ドラゴンゾンビのドロップアイテムの中に使えそうな武具や装飾品などもあったが、それだけですべての装備が整うわけではない。


 ドラゴンのことは勿論だが、武具もできるだけ早くどうにかしなければならなかっった。


「ホントにな。爺さんに何言われるか分からないぜ」

「爺さん?」


 俺が苦笑いを浮かべて肩を竦めたら、スフォルが不思議そうに俺に問う。


 そういえば、スフォルは知らなかったか。


「ああ。俺が昔から世話になっている鍛冶屋を営んでいるドワーフさ」

「へぇ~。凄いですね。ドワーフは気が難しくて気に入られないと武器を作ってもらえないのに」

「たまたま縁があってな」


 爺さんの説明をすると、スフォルは感心するように頷いて俺を持ち上げる。


 彼女の言う通り、ドワーフたちは腕はいいが、偏屈だったり、自分が認めた相手にしか武具を売らないなど、気難しい奴らが多い。


 俺はたまたま運よく爺さんに気に入られて世話になるようになったが、今になって思えば、あれは本当に幸運だったと思う。


 俺は運は低かったが、本当に良い人たちに巡り合えた。


「おいっ!!」


 爺さんも会うたびに装備をボロボロにする俺に何度も怒鳴ったっけな。


 またこっぴどく怒られると思うとなんだから顔が綻んでしまう。


「まぁ、ギルドの用事が終わったら、行ってみよう」

「分かりました」

「おいっ!! 聞いてるのか!!」

「あぁ?」


 なんだかさっきからうるさいなと思っていたら肩を掴まれた。俺は振り返ってそいつの顔を睨みつける。


 そこに居たのは俺たちと同じ探索者らしき男。


 しかし、俺が装備していた武具よりも上のランクの装備を身に着けている所を見ると、元は俺よりも各上のランクの探索者のようだ。


 俺もBランクになったので今は分からないが。


「ひっ!?」


 その男は俺の顔を見た途端、怯えるように顔を引きつらせた。


「ラストさん漏れてます」

「おっと、すまん。何か用か?」


 スフォルの指摘で俺の威圧がまた無意識に仕事をしていたことに気付いて抑えて尋ねる。


「そ、そのモンスターを俺に譲れ!!」

「あ゛ぁ゛ん!!」

「ひぃいいいいいい!!」


 しかし、相手が発した言葉が意味不明過ぎて思わず、威嚇してしまった。相手は俺の行動に怯えて体を震わせて大きな悲鳴を上げる。


「悪い悪い。お前が変なことを言うから思わず威圧してしまった。それでなんの用だって」

「だからそのモンスターを俺に譲れと言っている!!」

「譲るわけねぇだろ。お前頭おかしいのか?」


 聞き返したのに同じ言葉を繰り返すので、俺は眉を顰めて問い掛ける。


「金か? 金ならいくらでも用意してやるぞ。俺はこれでもBランク探索者だからな。お前には一生手に入らないほどの金額をな」

「うるせぇよ。お前が何を見て俺のランクを測ったのか知らないが、俺もBランク探索者だ。それに金は腐るほど持ってるわ。それ以前にこいつを金で渡すわけねぇだろ」


 こいつは俺が碌な装備もつけていないことから俺が格下だと判断したらしいが、恐らく今の俺はこいつよりも金を持っている可能性が高い。


 それに、従魔を見た途端、金を払うから寄越せとは、失礼にもほどがあるだろ。仮にこのドラゴンを誰かに譲り渡すとしてもこんな奴には絶対渡したくない。


「なんだと!? でもいいのか、そんなことを言って。俺は大手クランの『女神の導き』のメンバーだぞ!!」

「鼻紙の糸引きだぁ!? なんだそのきったない名前は。聞いたこともないわ!! さっさと失せろ」


 金で解決できない。武力の威嚇も期待できない。その次は自分の所属しているクランの威光に縋るかよ。


 クランとは、同じ志を持つパーティがいくつも集まっているコミュニティのことだ。まさか自分ではどうにもできないからと虎の威を借りようとはな。


 俺はイラッとして軽く威圧を乗せて追い払うような仕草をした。


「こ、後悔するなよ!!」

「しねぇよ、さっさと行け!!」


 気おされながら悔し気に捨て台詞を吐いた男は俺たちの前から去っていった。


 全くいい気分が台無しだ。


「おいおい、あいつ『女神の導き』に喧嘩を売ったぞ」

「マジか。明日には死体になってんじゃないか?」

「はぁ~、あいつ終わったな」


 俺たちのやり取りを見ていたらしい野次馬たちが口々に囁き合っている。


 え……マジでそんな有名なクランなのか?


「『女神の導き』ってそんなにヤバいのか?」


 俺は恐る恐るスフォルに聞いてみる。


「えっと……この街の牛耳る十三のクランの内の一つだったかと……」

「マジか……」


 このダンジョン都市は十三の区画に分かれていて、それぞれの区画を十三のクランが牛耳っていた。それらはクラウンズと呼ばれ、それぞれ一から十三の数字が割りあてられている。


 どうやらその一角に喧嘩を売ってしまったらしい。


 俺は思わず天を仰いで呆然としてしまうのであった。

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