Evol.078 別れと誓い
宴が終わり、目を覚ましてみれば宿の酒場は死屍累々。俺は能力値のおかげで程よく以上に酔うことはないが、極度の疲労からか壁に背を預けて眠ってしまっていたようだ。
「すー、すー」
俺の隣ではスフォルが俺に体を預けて眠っている。その顔は酷く安心した表情をしていた。
この顔を守れただけでも今回頑張った甲斐があったな。
俺は彼女の顔を見ながら思わず微笑んだ。
「お、起きたようだな」
スフォルの様子を窺っていたら不意に知っている声が耳朶を打つ。
「ああ、悪い。寝てたみたいだ」
その声の持ち主であるリフィルは俺のすぐ前の前のテーブルに腰かけてグラスを傾けてちびちびと酒を飲んでいた。
「気にするな。それも仕方ないだろう。話を聞く限り何日も碌に寝ていなかったんだろう? 心から安心できる場所に帰ってきたら緊張の糸も切れるものだ。むしろよくここまで油断しなかったな」
「そりゃあこちとら二五年は探索者やってるからな。いつが危ないかはよく知っている」
「ふっ。それもそうだったな。どうしても昔の小さかった頃のラストを思い出してしまってな」
彼女はコップを少し傾けて中空を見つめて語る。
どうやら小さかった時の俺を思い出しているらしい。
俺はもう三〇後半のおっさんだ。
流石にこの年で子ども扱いされるのは辛すぎる。
「もう立派なおっさんだっての」
「それはどうだかな」
俺が不機嫌そうに言うと、彼女は呆れるように肩を竦めた。
「それはどういう意味だ?」
「何でもない。すぐにわかる事だ」
彼女の言葉が分からずに首を捻るが、彼女は首を振ってそれ以上答えてはくれなかった。
「そうか? まぁいいけどな。改めてありがとう。今回は本当に助かった」
彼女が言わないと言うことはそれなりに理由があるのだろう。
俺はそれ以上考えるのを止め、改めて彼女に助けに来てくれた礼を言った。
「私がいなくてもどうにかしそうだったがな」
「いや、あの時来てくれなかったらあの前に終わっていたさ」
「お前がそう言うならそうかもしれないな」
現状の強さを見ての判断かもしれないが、まず間違いなくあのままなら俺もスフォルも死んでいた。
また助けられてしまった。本当に俺はまだまだだ。
「ラストさん……むにゃむにゃ……」
俺が自戒していると、隣のスフォルが寝言を言う。
少し声のトーンを上げ過ぎたかもしれない。
「くくくっ。これ以上騒ぐと起こしてしまいそうだな」
「ああ、そうだな」
「お前はもう少し休んでいろ。まだまだ疲れは溜まっているはずだからな」
「そうするよ」
スフォルは普段から疲れていたからできればこのまま寝かせておいてやりたい。
俺はリフィルの言葉に甘えて瞳を閉じる。
すぐに俺の意識は闇に溶けていった。
「それじゃあ、私は行くな」
「ああ。またな」
「うむ。最前線で待っているぞ」
日が昇って目を覚ませば、俺とスフォルとリフィルは宿の前で対峙していた。
リフィルはもう出て行ってしまうという。
補給に戻ってきていたが、またダンジョンの最前線に潜るらしい。
俺が挨拶を交わせば、彼女はその拳を握って前に突き出してくる。
「ああ。絶対行くから待っていてくれ」
「うむ。楽しみにしている」
それに応えるように俺の方も拳を突き合わせれば、彼女は満足そうに笑った。
「あ、あのありがとうございました。このお礼は必ず」
「ああ、そんなに気にしないでくれ」
話の区切りが良いところでスフォルもリフィルに声を掛けた。
SSSランクの探索者に恐縮しながら頭を下げるスフォルの態度に、困った顔をするリフィル。
「そういうわけにも……」
「そうだな……ちょっとこっちに来てくれ」
「は、はい」
「ごにょごにょ」
何の礼もしないというのはスフォルの性格上難しい。
それを感じ取ったのか、リフィルを何やら少し離れた場所に連れていって頭を突き合わせて内緒話をする。
俺だけ除け者なんて寂しいな。
自分も内緒話したい。
「~~!?」
内緒話を聞いた後、スフォルはリフィルから少し体を離し、驚愕の表情でリフィルを見る。
「出来るな?」
「は、はい!! お任せください!!」
なんのことかは分からないが、スフォルはリフィルに何かを任せ、スフォルがそれに応じたらしい。
「それでいい。私も譲る気はないからな」
「わ、私もです」
ニヤリと笑って何やら宣戦布告をするリフィルに緊張しながらも、スフォルは体の前で両方の拳をグッと握って対抗する。
「それでいい。そうでなくて張り合いがない」
満足な結果が得られたらしいリフィルはスフォルを俺の横に戻した。
「それではまたな」
「ああ、じゃあな」
「またお会いしましょう」
満足な結果が得られたらしいリフィルは、俺達に別れを告げて颯爽と去っていった。
「リフィルと何を約束したんだ?」
「秘密です」
内緒話の内容が気になった俺がスフォルに、リフィルの背中が見えなくなってから問いかけると、彼女は片目をパチリと瞑ってそう答えた。
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