Evol.081 報告(別視点あり)

「ラストさん、起きてください、ラストさん」

「んあ?」


 俺が寝ていたら誰かに起こされた。


 目を開けてみると、ショートヘアーの黒髪を持つ片方の目が隠れている可愛らしい女の子がいる。


 どうやらスフォルが俺を揺らしているらしい。


 思えば彼女はずっとガリガリだったが、進化して肉付きがよくなり、かなり健康面が改善した。その結果として、元々美少女だった彼女だが、健康的な肉体を取り戻したことでより一層それが顕著になった。


 そんな美少女に起こされて一日が始まるなんて幸せだな。


「ふわぁ~、どうした?」

「どうしたじゃないですよ。一日以上経ってますよ。もうお昼過ぎてます」


 気分の良く目覚め、体を起こして伸びをしたり、体を解したりしながら呑気に尋ねる俺に、全くしょうがないですね、という表情でリフィルが言う。


「え、マジかよ」

「はい、疲れてるからまだ寝かせて置こうって話になったんですけど、ギルドから話を聞きたいって連絡が来てて」


 俺は奴らを追い返した後、また寝たわけだけど、疲労と安堵から昼過ぎまで寝てしまったらしい。


「そういうことか。それじゃあすぐに準備するから下で待っててくれ」

「分かりました」


 しかし、今はすっかり体もすこぶる調子がいい。俺はすぐに支度してスフォルと共にギルドへと向かった。





「お越しいただいてありがとうございます」

「いや、悪いな。ちょっと寝すぎたみたいで」


 応接室に案内され、ソファに腰を下ろした後、俺は申し訳なさげ頭を下げる。なぜかスフォルも一緒に腰を折った。


「いえいえ、リフィルさんから少し話を聞きましたが、かなり大変だったようですからね。気にしないでください」

「ああ。悪いな」

「それで、そちらの方がスフォルさんでしたか。あなたのパーティからは死亡報告が出ていましたけど、一体どういうことなんでしょうか?」


 寝坊の件が終わり、ステラさんが本題を話し始める。


「それは……」

「それは俺から話そう」

「分かりました」


 悲し気な顔をして言いよどむスフォルの代わりに俺が彼女が置かれていた状況と、彼女のパーティメンバーの所業、そしてダンジョンで彼らが彼女にしてきた仕打ちの数々を伝えた。


「まさか、それほどひどいパーティだったとは……。少なくともギルド内では普通に見えましたので」


 話を聞いたらステラさんは困惑しながら感想を述べる。


「ギルドにさえ目につかなければいいと思っていたんだろうな」

「ということは彼らの報告は当てにならないと見たほうがよさそうですね」

「だろうな」

「分かりました。そちらの件はきちんと調査して厳しく処罰させていただきます」

「頼んだ」


 スフォルの元パーティの件はこれで問題ないだろう。果たして彼らがまだこの街にいるかどうかは甚だ疑問だが。


 仮にも彼らはスフォルの幼馴染。これ以上突っかかってこないことを祈る。


「それでは、今度はラストさんがダンジョンに潜っている間の話をお聞かせ願えますか?」

「分かった」


 次に俺がダンジョンに潜って帰ってこなかった間の話をする。


 ただ、その話が後に進むにつれ、ステラさんの顔色が青くなり、頬が引きつって、最後はなんだか土気色になり、どこか遠くを見て動かなくなってしまった。


「だ、大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫です……少し情報量の多さに処理が追いつきませんでした」


 恐る恐る声を掛けると、未だに呆然とした様子で彼女は返事をする。


 まぁ実際聞けば信じられないことばかりだからな。彼女みたいな反応になるのも無理はない。


 一気に五十階層辺りに飛び、一発で転移罠でスフォルのいる場所に転移し、ギリギリのところで彼女を助け、変異型の階層ボスを一人で倒し、何百人で戦うレイドボスと遭遇して死にかけるが、リフィルが助けに来て九死に一生を得て、前人未到の二度目の進化を果たしてレイドボスを撃破。


 端的に言うだけでもかなりの大冒険だった。


「やはり何よりも信じられないのは二度目の進化ですね……こんな情報どうしろと……」

「そこはステラさんに任せるよ。上に報告するもしないも」


 彼女としても聞いたことのない事例に困惑しかない。俺としてはこの件に関してはステラさんに一任するつもりだ。彼女が言うべきだと思うなら報告したらいいし、言わない方がいいと思うなら報告しなければいい。


 彼女の判断を信じる。


「はぁ……信頼が重いですね……まぁこの件は暫く私の胸の内にしまっておきます」

「ありがとう」

「いえいえ、主に私の精神衛生のためです」

「はははっ。どっちでもいいさ」


 ため息を吐いたステラさんはひとまず言わないことにしたようだ。

 主に俺たちのことを考えてくれたからだろう。


 俺は彼女に礼を述べる。彼女は恥ずかしそうにプイッと顔を背けた。


 どうやら照れているらしい。


 その顔が可愛らしくて思わず笑ってしまう。


「最後にそのドラゴンゾンビの魔石を見せてもらえますか?」

「ああ。これだ」

「……間違いなくレイドボスの魔石ですね。承知しました。本日をもって特例でラストさんはBランクに昇格です。おめでとうございます」


 彼女に請われ魔石をマジックバッグから取り出して見せたら、暫く唖然とした後で唐突に俺のランクアップが言い渡された。


「え!? なんで!?」

「レイドボスをほぼ単独で倒せるような人がDランクなわけがないでしょう。当然の措置です」

「はぁ……まぁいいか」


 俺は突然のことに驚くが、確かに彼女の言う通りだった。


 それにこれでまたリフィルに追いついたと思えば渡りに船だ。だからありがたく受け取ることにした。


「それはそうと……ラストさん」

「な、なんだ?」


 話が終わったところでふと、ステラさんが神妙な顔で声を掛けてきて、俺はその威圧感に気圧されながら返事をする。


「言い忘れていましたが、また若返りましたね?」

「え? マジで?」


 思いがけないことを言われてきょとんとなる。以前同様に自分の姿をしっかり見ようとする機会がなかったから全く気付かなかった。


「はい。それはもう。もう十代に見えるくらいには」

「まさかそこまでか?」


 そのため、少し不機嫌そうに言うステラさんに、信じられないという表情で聞き返す。


 すでに二十代半ばくらいに見えるようになっていたのにまさか十代に見えるだなんてそんなことあるわけが……。


 そんな風に思いながら俺はスフォルの方に顔を向けると、彼女もブンブンと首を縦に振っている。


 ……どうやら本当のことらしい。


 あっ。そういえばリフィルが何か言おうとして止めていたけど、もしかしてこれのことか?


 俺は先日のリフィルとの会話を思い出した。


「はい。理由は当然あれですよね?」

「そういうことか……まぁそうだろうな」

「……私にも二度目の進化方法を教えてもらってもいいですか?」


 ステラさんは俺の返事を聞いてソファからグイッと身を乗り出して俺に詰め寄ってきた。


 滅茶苦茶顔が近くて本来であればドキドキしてしまうシチュエーションだけど、鼻息荒く、血走った眼をした彼女の顔は別に意味でドキドキしてしまう。


「いや、知らん!!」

「あ、逃げた!!」


 だから、俺は飛びずさって部屋を後にした。


 俺は今日この日、晴れてBランク、つまり高ランク探索者に足を踏み入れることになった。


 まだまだリフィルの背中は遠いけど、必ず追いついてみせる。


 俺は後ろからの恐怖から目を逸らし、少し遠くを見ながら彼女の大きな背を思い浮かべつつ走り続けるのであった。



◆  ◆  ◆



 一方その頃、真っ暗闇の中で神々しい輝きを放つ女性が天井から鎖に繋がれ、ぐったりとして目を閉じている。


 しかし、何かを感じ取ったかのように突然目を開いた。


「ようやく……でもまだこれから……これからよ……頑張って頂戴。わが愛しき子たち」


 彼女は熱に浮かされるようにうわごとを呟く。


 その直後、再び目を閉じて意識を失ってしまうのであった。

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