Evol.048 そこに居るはずの存在
初めてのエリアである一六階層。
階段を降りてすぐ左手にどこまでも続く水面が広がっている。そちらから普段感じたことのない風や潮の香りが漂ってきた。
「これが海って奴か……」
その壮大な光景に、話で伝え聞く、海という湖を何十倍も大きくしたような存在であることを理解した。一方で右手側は沢エリア同様にかなり高い崖が聳え立っていて、そこを登るのは困難そうだ。
そして俺の目の前には砂浜が広がっていて、その海からの波が一定間隔で押し寄せている。その各地で沢エリアと同じように探索者達がモンスターと戦いを繰り広げていた。
「うぇ!? しょっぱい!!」
俺はおもむろにその水を飲んでみたが、そのあまりの塩辛さに顔を歪めてその水を吐き出した。
「本当に水がしょっぱいんだな。不思議だ。それはともかくここはさっさと通り抜けて砂漠エリアに急ごう」
一六階層から二〇階層は初めてなので気になるところだが、今は依頼をこなすのが最優先。
俺は浜辺で戦闘している他のパーティの横をすり抜けていく。ここではヒトデ型モンスターやヤドカリ型のモンスターがメインに出現するエリアらしい。
この辺りまでやってくるとDランクの探索者もチラホラと増えてくるので、装備が俺と同じような魔鉄装備になっている者たちもいる。ここら辺が初心者と中級者の入り口といったところか。
次の階層への入り口が見え、後もう少しで階段にたどり着こうとした時、見覚えのあるパーティを見かけた。
あれはたしかスフォルが参加していたパーティだ。
「ん?」
しかし、そのスフォルの姿が見えない。
周りのどこを探しても見当たらないし、後ろからついてくる様子もない。
なんだか嫌な予感がしてそのパーティに近づいていく。
「はぁ~、やっと疫病神がいなくなってくれたな」
「ホントホント、私たちがどれだけアイツの迷惑を被っていたか」
「そうだよね。あれならまずあの害悪は間違いなく助からないし」
ある程度距離が狭まると彼らの声が聞こえてきた。
「おい」
その内容は明らかに不穏で、俺は声を掛けざるを得なかった。
「んあ!? なんだてめぇ?」
「あっ。こいつあの疫病神を庇おうとしたおっさんだよ」
「ぷぷぷ。振られちゃったのに今更何か用なの?」
俺を見るなり三人は各々の反応を見せる。しかし、そんなものに構っている場合ではない。
「今なんて言った?」
「は?」
「今なんて言ったって聞いている」
「そんなもんお前に関係ねぇだろ?」
俺の質問に対して苛立たし気に返事を返す戦士の男。
まぁその答えは予想通りだ。
「まぁいい。スフォルはどうした?」
「知らねえよ。そのへんでおっちんでじゃねぇか?」
俺が再び問うと、今後はおちゃらけた様子でふざけて答える戦士の男。他の女二人もヘラヘラと笑っていた。
仲間がいなくなっているっていうのにこいつらは……!!
「もう一度聞く。スフォルはどうした?」
俺は今度は殺気を放ちながら聞いた。
『ひっ!?』
すると、三人は急にガタガタと体を震わせて怯えを含んだ瞳で俺を見つめている。
どうやら暗殺者が襲撃してきた時と同じように威圧スキルが発動したようだ。
「さっさと答えろ」
「な、なんでそんなことを――」
「俺は答えろと言ったんだ」
狼狽えながらも中々答えようとしない男に威圧を強める。
「ひっ……あ、あいつはこの先のエリアで転移罠にはまってどっかに行っちまったよ……」
「なんだと!?」
『ひゃっ!?』
俺は男の言葉を聞いて激昂する。吹き荒れる威圧の嵐に目の前の探索者達は腰を抜かして三人で体を寄せあい、ブルブルと震えていた。
あの子は俺じゃなくてこいつらを選んだっていうのに、その仕打ちがこれなのか!?
だったらあの時手を振り払われても彼女の手をつかむべきだった。
俺は今ほど自分が不甲斐ないと思ったことはない。
「どこだ!!」
「へっ?」
「彼女が転移した場所はどこだって聞いている!!」
「一七階層の途中だ……」
「そうか。それじゃあな!!」
俺は彼らに彼女が転移した場所を聞きだしたら、ビビる彼らを尻目に駆け出した。
しかし、ふと思い立って俺は足を止めて奴らの方を振り返る。
「あっ。お前ら、帰ってきたら覚悟しておけよ。それに、戻った時何かおかしなことになっていたら、俺はお前達を必ず生きていたことを後悔させてやるからな」
そしてありったけの威圧を乗せて彼らに言い放った。彼らは真っ青な顔になって壊れた人形のように首を何度も縦に振る。
俺はその反応に満足してその場を後にした。
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