Evol.030 25年経って一人前

「あ~、なんだかよく寝た気がする」


 昨日は初めて酒を飲んで気付いたら寝ていた。二日酔いというものにもなっていなくて逆に凄くスッキリした気分だ。


 まだスフォルの件は割り切れていないけど、昨日よりはかなりマシになっていた。


「さて、今日は装備を新調しに行こう」


 昨日のことが脳裏によぎるが、頭を振って俺はなじみの鍛冶屋に向かった。


「おーい、爺さんいるかぁ!!」


 店に入るなり大声で叫ぶ。


 ここの店主は鍛冶をしていると来客があったも気づかないことが多いので、こうやって叫ぶのがいつもの光景になっている。


「うるせぇ!! いるに決まっておろうが!! 誰かと思えばこの声は小僧か。まだ生きてたか。色々変わっているようだが」


 店の奥から出てきたのはずんぐりむっくりの樽のような胴体と俺の太ももくらいは太い腕を持つ、長いひげを伸ばしたドワーフの爺さんだ。


 爺さんは俺の顔を見るなり、少し観察しただけで俺だと気づいたようだ。


「ああ、当然だろ。それにしてもよく俺だって分かったな?」

「声や立ち方、そういうものを見ていれば、誰かくらいすぐ分かるわ」

「何それ怖っ」


 俺の質問への答えを聞いて、たったそれだけでバレたとは思わず、爺さんの観察眼が怖くなって体を震わせた。


「それくらい職人として当然の技術じゃ」

「相変わらずすげぇな」


 この爺さんはこれでもかなりの技術を持つ鍛冶屋だ。そんな爺さんに気に入られたのもここまで俺が生き延びられた要員の一つだろう。


「まぁな。それで今日は何しに来た? まぁ大方予想はつくが」


 髭を弄びながら俺をじっと観察しながら用件を尋ねる爺さん。


「ああ。武具の新調をしたくてな」

「ふむ。予算は?」

「金貨一一〇枚って所かな」

「そうか……あの小僧がようやくそのくらい稼げるようになったか……」


 予算を聞いた爺さんが少し遠くを見ながら少し頬を緩ませる。


 爺さんとも長い付き合いだ。孫か何かだと思われている節があった。そんな俺がようやく力を手に入れたとあって嬉しいのだろう。


進化クラスチェンジしたおかげでやっとな」

「長かったが……まぁおめでとうと言っておくか」


 俺が肩を竦めつつ苦笑いを浮かべると、爺さんも同じような態度をとった。


「ありがとな」

「仕方ねぇな。ちっと予算は足りねぇが、他の誰でもねぇ。小僧がやっと一歩踏み出せたっていうんだ。魔鉄の装備をくれてやろう」

「え? いいのかよ!?」


 俺が感謝をしたら、思いがけない提案に俺は思わず聞き返してしまった。


 魔鉄装備というのは探索者がその装備を揃えたら一人前と言われる武具で、全て揃えたら結構な金額になる。


 鉄とは比べ物にならないくらいの強度で、強くなった探索者の力にも耐えうるだけの硬さを持つ。


 当然金貨一〇〇枚では足りない。確か二〇〇枚は必要だったのように思う。予算が少し足りないなんてもんじゃない。


 だから俺が慌てるのも当たり前だった。


「ああ。その代りと言ってはなんだが、またに素材をとってきてもらったりするかもしれんがな」

「そのくらいいくらでもやるぞ爺さん」


 ニッと気持ちのいい笑みを浮かべる爺さんに、俺も力こぶを作って答えた。


「はっはっはっ。あの不愛想だったがきんちょがこうまで変わるとは、よほど凄い進化だったと見える。そうじゃ。お主の武器を見せてみろ」

「ん? 分かった」


 おかしそうに笑いあげた爺さんの指示に従って俺は剣を渡した。


「な、なんじゃこれ、持ち手がぐにゃぐにゃじゃねぇか!!」

「いや、進化して力の加減が出来なくてな……」


 俺の剣を見るなり爺さんが目を見開く。俺は苦笑いを浮かべながら言い訳をした。


 鋼鉄の剣なんだが、ちょっと力を入れ過ぎただけで持ち手が歪むからな。


「はぁ……装備が出来るまでの予備を貸してやるから、それを少し振ってみせろ。後、武具が出来るまで無理してダンジョンの奥に行こうと思うなよ」

「分かってるって。いつも助かるよ」


 あきれ果てる爺さんの言う通りにして剣を振り、作ってもらう剣や防具の詳細を詰めた後、俺は鍛冶屋を後にした。

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