Evol.019 対等の関係を目指して

 遅い。


 それがこいつらの動きを見た際の感想だった。


 以前の八四〇倍の能力値を持っている俺にとってこいつらの動きは赤ん坊がハイハイしてくるの等しい程の遅さだ。


 先ほどのこいつらの調子に乗っているという言葉は間違いなく、俺は今回対人で自分がどの程度通用するのかを知るためにこいつらの喧嘩を買ったという側面がある。


 先ほどの周りの話を聞く限り、こいつはCランク探索者。つまり俺の二つ上のランクの探索者だ。俺は進化を果たしたが、まだ強敵と戦ったことはなく、今の自分の強さがまだ計り切れていなかった。


 だからこの対人戦で自分の実力を少しでも知りたかった。


「おらぁ!!」


 ようやくリーダーの男が俺に殴り掛かってきた。俺はその攻撃を自分に当たるギリギリまで目視してから躱し、足を払ってやった。


「ぐぺっ」


 俺からの反撃を全く予想していなかった上に、足元が御留守だったのせいでリーダーは床に顔面からキスしてしまった。


「てめぇよくも!!」


 その後から手下の一人目、手下Aが俺に襲い掛かってくる。こいつはリーダーみたいな筋骨隆々という外見じゃなくてひょろひょろとしているためか、リーダーよりも身軽で少し動きが動きが早いが、この程度はただの誤差だった。


「ぐへっ」


 手下Aの攻撃も軽く躱して首に手刀を叩き込んで失神させた。


「兄弟の仇!!ぐほっ」


 最後に手下Bが俺に襲い掛かってきたが、スピードもパワーもあまり特筆するべきところがなく、あっさりと止めを刺して意識を刈り取った。


「あいつEランクに上がったばっかりなのにCランクのオークの鉄拳をあっさりのしちまったぞ!?」

「ていうかアイツ誰だ? あんな奴最近いたか?」

「一体何者だ?」


 俺が苦戦することなく倒したことでやじ馬になっていた人間達がザワザワと騒ぎ立て始める。


 しっかし、若返って少し外見が変わっただけで気づかれないもんだな。


 俺にはそれがなんだか不思議だった。


「なんの騒ぎだ?」


 しかし、その騒々しさもたった一人の声で静まり返った。


「ん? ラストじゃないか。どうしたんだ?」


 その声の主は、急所と関節などに甲冑の一部を取り込んだ白銀とアクセントに金をあしらったドレスアーマーを身に着けているSSSランク探索者、リフィルさんだった。


 彼女は用件を済ませたらしく、戻って来たようだ。


「ああ。リフィルさん申し訳ありません。この騒ぎは俺のせいなんです」

「ああ、そういうことか。まぁ会員同士のいざこざにギルドは基本的に不介入だし、喧嘩は良くあることだ。どこかを破損させたわけでもないのなら問題ない。決着がついたのなら行こう」

「わ、分かりました」


 俺が騒ぎに関して謝罪すると、彼女は俺の傍らでアホ面を晒している三人組を見て状況を理解したらしい。特に咎めることもなく淡白な反応を見せて、俺をギルドの外へと促した。


 俺はその後を追う。


「そういえば、その話し方はなんとかならないか?」

「えっとそれは……」


 出入り口に向かう途中でリフィルさんからの要望に俺は言葉に詰まる。


 俺の憧れの人で、世界に数人しかいないSSSランク探索者。Eランク探査者の俺が気軽に話していい存在ではない。


 だからどうしたらいいか悩んでしまう。


「昔みたいにリフィル姉と呼んでくれてもいいんだぞ?」

「あの時はガキだったので……」


 そんな俺を見かねてリフィルさんはニヤニヤとからかうような笑みを浮かべて昔の話をする。俺は過去の話をされ、申し訳なさげに苦笑した。


「いや、正直その方がありがたいんだ。周りには丁寧な話し方の奴ばかりでな。肩が凝って仕方がない。せめて顔なじみのお前くらいは普通に話してくれないか?」

「分かったよ、リフィルさん」


 どうやらSSSランクというのは色々大変らしい。彼女は苦笑いを浮かべながら頼む。俺はその頼みを受け入れた。


 彼女が言っていることも理由の一つに違いないだろうが、俺が敬語を使わずに済むようにお膳立てしてくれたわけだ。


 全く頭が上がらないな。


「名前は呼び捨てか、リフィル姉な」


 追加の条件を付けるリフィルさん。


「じゃあ、リフィルで」


 しかし、姉呼びを付けてしまったら一生そこから抜け出せない気がしたし、意趣返しも含めて恐れ多くも呼び捨てで呼ばせてもらうことにした。


「ああ。それでいい」


 俺の返事に彼女は満足げににっこりと笑った。


 その笑顔は美化されているはずの記憶よりもなお満開の花のように美しく可愛らしいもので、俺の心は鷲掴みにされてしまった。


 これも彼女の計算の内だとしたら一生彼女に敵うことはないだろう。

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