Evol.003 力の一端
こんな時に!?
俺は思わず心の中で叫んだ。
「ホッブホッブゥ」
なぜなら低階層に出てくるモンスターの中でも強い部類に入るホブゴブリンが俺を見つけて意気揚々と近づいてくるのが見えたからだ。
九歳程度の子供程度のサイズだったゴブリンに比べて、ホブゴブリンは一六歳くらいの男子程度には大きく、筋肉もマッチョのように発達していた。
こいつは基本的に五階層以上に出現するが、稀にそれ以前の階層に出現することもある。
その攻撃力は探索者になりたての初心者たちの命を奪うには十分すぎるほど。幸い動きが遅いのが弱点で、初心者たちはこいつに遭遇にしても逃げることができるため、一階層に出ても逃げれば何も問題なかった。
しかし、俺は意識が朦朧として体に力も入らない状態だ。逃げることができない。一歩、また一歩とホブゴブリンが俺に向かって近づいてくる。
くそっ、動けよ!!
体を動かそうとするが、ピクリとも動かない。声も出ない。
動け!! 動け!! 動いてくれよ……頼むから……。
何度念じても腕も足も頭も何一つ持ち上がらなかった。そして遂にホブゴブリンが、俺の体に奴の影が落ちるくらいのところまで近づいてくる。
そいつの口端は邪悪に歪んでいた。
せっかく
これからだってのに!!
バカにしてきたやつらを見返せると思ったのに!!
俺はこんな所で念願の進化が原因で死ぬことになるのか……皮肉も良いところだ……。
ホブゴブリンは右手に持っていた、岩を削りだしたかようも巨大なこん棒を振り上げた。
くそ……二十五年頑張った結果、期待させておいて、最後の仕打ちがこれかよ……。
体が動くならまだ悪あがきもしよう。
でも一切動かない。これじゃあどうしようもない。
「ちくしょう……」
俺は最後に少しだけ動いた口で悪態をつき、悔しさで涙を流しながら目を瞑った。
―バキィイイイイイイイイッ
強烈な破裂音が俺の耳を襲う。
これで終わりか……。
攻撃が当たったことが分かった俺は自分の命が終わるのを待った。
ん?
しかし待てど暮らせど痛みも血が流れていくような喪失感も何もかもやってこない。
どうなってるんだ?
俺は恐る恐る目を開けると、砕け散ったこん棒を持ち、俺とこん棒の間で視線を行ったり来たりさせているホブゴブリンの姿が目に入った。
あれ? 俺生きてる?
眼球は動くので目を開いて俺の体の状態を見やると、見える範囲はどこにも傷も何もついていなかった。
え? どういうこと?
俺は意味が分からなくて混乱した。
俺は確かにあいつのこん棒をまともに受けたはず。
それならなぜ俺は死んでいないのか。
まさか……。
ふと改めて力を籠めると、体に力が入るようになっていた。
進化完了ってことか?
それならとにかく今は現状を打開するしかない。
俺は力を入れて跳ね起きる。
体が軽い!!
「ホブゥ!?」
攻撃が当たったはずの俺が無傷で立ち上がったことが信じられないのか、ホブゴブリンは狼狽えるように声を上げて後ずさる。
俺は足元に落ちていた剣を拾い上げ、狼狽えるホブゴブリンに駆け寄り、剣で斬った。
そう、斬れてしまったのだ。
今までの俺ならホブゴブリンの強靭な肉体の前に剣など弾かれていたと思う。
でも、まるで水でも切ったかのように抵抗がなかった。そしてホブゴブリンが燐光を放って消え、間違いなく俺が倒したことが現実だということが分かる。
「ははは……これが進化か……うっ……ぐすっ」
剣を収めた後、そこでようやく俺は下を向き、両掌を視線先に持ってきて見つめながら自分の体から今までとは比べ物にならない力が溢れているのを実感した。
地面にポツリ、ポツリと小さなシミがいくつも出来上がる。
やがて視界が歪んで何も見えなくなった。
嬉しくて……嬉しすぎて……涙が止まらない。
「やったぞぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
我慢できなくて俺は喜びを爆発させて拳を突き上げて叫んだ。
今日この日、俺は進化を果たした。
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