友達はいらない

 「ちょっと待ってよー」

 と、後から声がかかってきた。

 まだ何かあるのだろうか。

 「花恋ちゃん、今度スイーツでもおごらせてくれない?」

 謝罪の証としてスイーツ?

 なんかやりすぎではないか?

 もしかしてまだ悪戯は続いているのか?

 あれ?

 そういえば何で私の名前を知っているんだ?

 苗字ならまだしも下の名前を知っているのはおかしくないか。

 私の名前を知る機会なんて最初の自己紹介の時くらいだろう。

 「……なんで私の名前、知ってるの?」

 「えー?そりゃ知ってるよ。同じクラスでしょ?」

 そんなまさか。

 それじゃあまるで私が知らないほうがおかしいみたいじゃないか。

 「てことはもしかして私の名前、知らない?」

 まずい。

 このままでは後で藤咲がグループに戻った時に笑い話にされてしまう。

 「も、もちろん知ってるよ」

 「まあ、知ってはいるけどあえて言わないでおこうかな。ほら、昔から名前を口に出す  ことは禁忌って言われてるし。いや、本当に知らないわけじゃないよ?」

 「いつの時代の話をしてるのよ。ごまかしてない?」

 「本当だって」

 そんなにじろじろ見ないで欲しい。

 大丈夫、うまくごまかしたはずだ。

 「まあいっか。でも念のため言っておくと、私の名前は藤咲花恋。藤の花の藤、花が咲くの咲に、愛に歩くで藤咲愛歩(ふじさき あゆみ)」

 「もちろん知ってたよ」

 よし完璧にごまかせた。

 これで私の平穏は保たれるだろう。

 「それでいつなら空いてるかな?」

 やばい。

 スイーツの件が残っていた。

 「それってもしかして悪戯の続き?」

 「ううん。悪い事しちゃったから。謝罪の気持ち」

 嘘をついている様子ではないな。

 そもそも藤咲はあまり嘘をついたり人を騙したりするような子ではなさそうだ。

 しかし、私にはそれでも人と関わることのできない別の理由がある。

 私は深く関わった人を不幸にさせてしまう。

 だから私は誰とも関わってはいけないのだ。

 「ごめん。私友達は作らないことにしてるんだよね」

 「なんでよー。友達がいる方が楽しいよー」

 「宗教上の理由で」

 「つっこみずら」

 流石に無理があるか。

 てかなんでこんなに食い下がるんだ?

 おごらなくて良くなる分得じゃないの?

 「とりあえず愛歩ちゃん。携帯、もってる?」

 「まあ一応」

 「じゃあちょっと貸して?」

 そう言って藤咲は手をだしてきた。

 どういうつもりかはわからないが、とりあえず携帯をスカートのポケットから取り出し、藤咲に手渡す。

 「え、花恋ちゃん今時ガラケーなの?」

 「ま、まあ」

 「はへー、うちのお母さんももうスマホに変えちゃったのに」

 「なんか文句あるの?」

 「ないけどね」

 そういうと、藤咲はそのスマホをいじりだした。

 人にほいほい携帯を渡すなんて不用心極まると思う人もいるだろうが。

 私の携帯には実際問題大したものは入っていない。

 もともとはスマホだったのだが、高校に入ると同時に親に無理を言ってガラケーを買ってもらった。そのため、それまでのデータは残っていないし、高校に入ってからは友達もいないため入っているのは家族の連絡先くらいのものだ。

 「はい、おしまい」

 そういって、いきなり藤咲が顔を上げた。

 何がおしまいなのだろうか。

 私の人生だろうか。

 「私の連絡先登録しといたから」

 「は?」

 「花恋ちゃんMINE入れてなかったから、私の電話番号入れといたから」

 そういうと藤咲は私のポケットに携帯をつっこみ教室向かって歩いて行く。

 「友達、できちゃったね」

 すれ違いざまにそう言い残し藤咲は駆け足で歩いて行ってしまった。

 なんなんだ。

 結局最後までよくわからない奴だった。

 電話番号押し付けて友達って、なんだそりゃ。

 彼女の背中を見送り、とりあえず携帯を確認する。

 果たして、本当に。

 私のスマホの連絡先には、『藤咲愛歩』が登録されていた。

 そんな事をしているうちに次の授業を告げるチャイムがなり始める。

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