第9話 もやもやの日々

 翌日もそのまた次の日も、家事を全速力で終わらせて、授乳室の場所をチェックしつつ、地下鉄巡り、通勤ラッシュの前に切り上げて、夕飯の買い出しをして、帰宅。

お風呂に夕飯、寝かせつけの日々。


 モグリンからは1駅につき300円程交通費が支給されるようになったけど1日券(600円)を購入して節約しているため、浮いたお金で優雅なランチを堪能できるようになった……理論上は……。


 ベビーカーで子供が昼寝&ベビーカーのまま入店OKな店が空いている。

 この2つのフラグを立てない限り、落ち着いて外食するなど不可能なのです。


 なので、公園とか、離乳食を食べさせられる施設のあるベビールームやショッピングモールのフードコートなんかで、子供にお昼を食べさせつつ、ハンバーガーとか菓子パンをかじって、お昼を済ませる日々。


 そうして、全駅の9割ほど達成できた金曜日の夜。


「明日から3連休でしょ。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……」


 夕飯を食べながら、私は旦那にそう切り出した。


 せっかくの3連休。

 できればのんびり過ごしたい。

 人の多い都心になど行きたくもない。

 ……のだが、そうも言っていられない。

 モグリンのこととか、ゲートクラッシュとか、秘密にしないといけないことは多々あるけれど、その辺はごまかしつつ、旦那には是非、ベビーカー持ちをしていただきたいのです。

 ベビーカー持って階段上れとは言わない。

 ただ、階段の下でベビーカーとか荷物とか見ていてくれたらそれでいい!

 と思ったんだけど――


「ごめん。3連休はちょっと……」


 困惑し、後ろめたそうな顔で目を逸らす。


(浮気か……? やっぱり浮気なのか?)


 なんとなく、そう勘ぐってしまう。


 夫婦仲は悪くないと思うし、家事にも子育てにも協力的なので、疑いたくはないのだが、それでも見知らぬ美女と親しげに話している様を見てしまっては、疑心暗鬼になってしまう。


 今までも休日に仕事があったり、友達と出かけたりしていなかったことはある。

 でも、そういう時はわりと早い段階で理由も込みで話してくれていた。

 なのに、この誤魔化しよう。

 てか、目泳いでるし。

 絶対何かある!


(問い詰めたい……けど……)


 とはいえ、証拠があるわけじゃないし。

 もし本当に浮気なのだとしたら、ここで私が疑っていることがわかったら、ガードが固くなって、ボロを出さなくなるかもしれないし……。


(今はまだ泳がせておこう)


「そっか、じゃあいいよ」


あっさり言って、食器を片づけ始めた。


(今は世界の危機。一家庭の危機などにかまっている暇などな……いわけあるかー!)


 思わず、洗っていた箸をぽっきり折ってしまう。


(ゲートクラッシュは一時中断! 明日はこっそり尾行してやる!)


 と、その時は息まいてみたものの。


 尾行中、ベビーカー使ったら一発でバレるじゃん。

 抱っこ紐使って抱っこし続けたとしても、子供泣くじゃん。

 比較的大人しく、あまり泣かない娘だが、それでもお腹が空けば泣く、オムツが濡れれば泣く。


(うん。乳児連れで尾行とか無理)


 冷静になったら不可能だと判明したので、尾行はあきらめたものの、翌日は朝からうわの空だった。


「はぁ……」


 ふたつ、みっつ、ゲートをクラッシュしたものの、次にどこへ行けばいいのか、パッと思いつかない。

 未クリアの駅がどこかはわかっているが、どうすれば効率よく回れるのか、といったことに頭が働かない。


「ったく、しっかりしろよなー」


「うん」


 言い返す気力もない。


「娘ちゃんは寝ちゃったか」


 静かだなと思ったら、娘がベビーカーですやすやと眠っていた。


 眠っているのなら、今のうちにできるだけ遠く、路線の端の駅まで行っておいて、起きたら、そこから1駅ずつ戻ればいい。


(あと、行ってない駅は……)


 そうして、持っていた紙の路線図をぼーっと眺めていると。


「小一時間は起きねぇよな」


 モグリンが娘を見ながらぽつりと呟いた。


「ちょいと気になることがあるんで、調べてくらぁ」


 などと言ってどこかへ消えてしまった。


 まぁ、いてもいなくても大差ないので、娘を連れて電車に乗り、終着駅へ向かった。


(浮気の証拠かぁ……。

 どうやって集めよう。GPSをカバンに仕込むとか、いや、高いか。

 そういえば、位置情報を共有できるアプリがあったような……)


 なんて考えながら、ゲートを探していたら――。


「あっ」

「あ……」


 ゲートのあるスタンプラリーのポスターの前で、美女と話し込んでいた旦那と目が合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る