日常崩壊(2)


その後のカレンの行動は常軌を逸していた。


校内をスタスタと歩くカレンの目は血走り、異様なニヤケ顔は周囲を恐怖させる。


二週間ほど、毎日中庭を覗き、"アメリア"と"アル"という男を観察した。


すると、ある曜日、一日だけアメリアよりもアルの方が早く中庭に来る日があった。

カレンはそれを知るなり、すぐに動いた。



中庭のベンチに座って本を読む1人の男子生徒。

カレンはその男子の前に立った。


「ね、ねぇ、あなた、ちょっといいかしら?」


男子生徒は顔を上げ、キョトンとした表情を浮かべている。

黒色の長髪を後ろで束ね、少し痩せ型の男子生徒。

その顔見るに、案外顔立ちは整っており、悪くはない……とカレンは思った。


「あ、あの、何か……?」


「わ、わ、私の事、知らない?カレン・ファーガストよ」


「すいません……どこかで、お会いしましたか?」


カレンのこめかみに血管が浮き出る。

確かに会ったことはないが、"カレン・ファーガスト"の名を聞いて、知らないと答えたことに苛立ちを覚えた。

数週間前とはいえ、聖騎士、魔法学校の両校では人気ナンバーワンの生徒だと自負していたからだ。


「わ、わ、私を知らないですって……ま、まぁいいわ。あ、あ、あなたバディはいらっしゃるの?」


「え?い、いえ……いないですけど……」


カレンはニヤリと笑った。

前情報でアメリアもバディは断り続けて、いないことは把握済みだった。

そして、親しくしている男子生徒は、この"アル''という人物のみ。

そうくれば、もう決定的だ。


"アメリアは、このアルからのバディ申し込みを待っている"


そう考えるのが自然だった。


「そ、そ、それなら、話が早いわ!こ、この私とバディを組みましょう!」


「え?」


「まさか、断らないわよねぇ?だって私はカレン・ファーガスト!わ、わ、私は聖騎士学校で最も人気があるのよ!し、し、しかも直々に私から誘ってあげてる……断る方がアホよ!!」


アルという男子生徒は完全に呆気に取られていた。

カレンの姿を見ると、髪はボサボサで目の下のクマは凄まじく、さらに、言葉が"どもり"、明らかに精神的異常を感じた。


「あ、あのぉ……」


「な、な、なにかしら?」


「申し訳ないですが、僕は心に決めた方がいるのでお断り致します」


「え?い、い、今……なんて?」


「ですから、お断りしますと」


カレンは真顔で放心状態のまま後退りした。

自分は今まで色んな貴族から誘いを受けてきた。

それは目の前に座る下級貴族よりも、間違いなく身分が高い。

それを全て断ってきたカレンが、バディを組もうと誘った、その下級貴族に断られる……こんな屈辱は無かった。


「な、な、な、なにかの間違いよね……」


カレンが顔を引き攣らせる中、聖騎士学校の方から、1人の女子生徒が近づく。

ウェーブの長い黒髪を後ろの高い位置で束ねた背の高い女子生徒。

それはアメリア・ハートルだった。


「なに?この方は?」


「いやぁ、僕にもよくわからなくて……」


頭を掻き、苦笑いするアル。

アメリアはカレンを一瞥いちべつした。

瞬間、カレンはギリギリと歯を鳴らして、握り拳を作る。

その妙な行動に眉を顰めるアメリア。

そしてカレンはギロリとアメリアを睨むと、歯軋りしていた口を開く。


「決闘よぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「はぁ?」


「え?え?」


唖然とするアメリアとアルは顔を見合わせていた。


決闘申し込みを断る理由も無く、アメリアは承諾し、カレンと共に闘技場へと移動するのだった。



__________



闘技場


カレンとアメリアは向かい合って立つ。

その距離は数メートルといったところ。

あいだにはコイントスを準備する女子生徒がいた。


「なぜ、私と決闘を?」


この疑問はもっともなものだ。

アメリアにとって、"カレン・ファーガスト"という人間は赤の他人。

認識すらしていなかった。


「あ、あ、あ、あたなが気に食わないからに決まってるでしょうが!」


「私、あなたには何もしてないと思うけど。何か気に障ることでもあったかしら?」


「あ、あ、ある意味、間接的にね!!」


「はぁ……」


なんだかよくわからな事に巻き込まれた……と思いつつも、ここまで勝ち続ければ、こんなこともあるだろうとアメリアはため息混じりに苦笑いした。


「そ、そ、それにしても、あんな軟弱男と一緒にいたら、せっかくの評判が下がっちゃうわよ」


「それは……アルの事を言ってるの?」


鋭い眼光を向けるアメリアにカレンは息を呑み、後退りした。


「そ、そ、そ、そうよ!!」


「あなたは、なぜアルにバディを申し込んだの?」


「あ、あ、あんたに対する嫌がらせ意外にあるわけないでしょ!!」


「そう……なるほど。でも彼はね、軟弱なんかじゃないわ」


「はぁ?どっからどう見ても弱そうじゃないのよ!!」


「あなたには、そう見えたの?彼と会話して、弱いと、本気でそう思ったの?」


カレンは首を傾げて困惑する。

アメリアが何を言いたいのかさっぱりわからなかった。


「もし、そうだとするなら、あなたは"強さの本質"を知らない」


「ど、ど、ど、どういう意味よ……!?」


「説明しても無駄だと思うわ。今のあなたには、この"本質"を理解することはできない」


「な、なんなのよ……全部わかってるような顔しやがってぇ……」


こめかみの血管が切れそうなほど顔を真っ赤にさせるカレンは、左腰の2本のショートソードを両手で引き抜く。

それを見たアメリアも、左手に持つショートソードを鞘から抜き、前に構えた。


戦闘準備が整ったと判断した、間に立つ女子生徒はコインを指に乗せ、力強く弾いた。


宙を舞うコインが、"ストン"と地面に落ちた瞬間、カレンは目を見開き猛ダッシュでアメリアへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る