絆
火の国
アルフィスとヴァネッサ、舎弟達は荷馬車で、一旦ラザンを目指していた。
ラザンは南の野営地に行くための通り道にあり、さらに物資も補給できる。
そして、この機会を利用してアルフィスはレイアにも会いたいと思っていた。
以前、レイアと会った時、卒業したら少し実家へと戻ると話していたことを思い出していた。
平野を進む荷馬車の御者は舎弟2人に任せて、アルフィスとヴァネッサは向かい合うように荷台に乗る。
「ところで聞いてなかっかたが、なぜ魔法を勉強してるんだ?聖騎士は魔法使えないだろ」
「え?ええ……」
ヴァネッサは苦笑いしながら、頭を掻く。
すぐに悲しい表情になり俯いた。
「私は、この髪の色で特別扱いされてきた。"特別な子"だって言われてきたんです。私も子供の頃は、それを信じてました」
「……」
「でも大っきくなるにつれて、私は平凡なんだって気づいたんです。思いの外、普通なんだって。でも周りはそうは思わなかった。優れた聖騎士になってほしいと懇願されました」
ヴァネッサは過去を思い出して笑みを溢した。
それは決して楽しい出来事ではないが、妙に自分が受けてきた"教育"を思い返すと滑稽に思えた。
「それが嫌で、よく本を読んでたんですが、たまたま読んだ魔法の本がすごく面白くて。いつか私も魔法使いになりたい!って思うようになりました」
「なるほどな……だが、それは難しいんじゃないか?女に魔力は無いだろ。それにエンブレムもあるし」
「いえ、私の理論が正しければ、可能なんです」
「は?どういうことだ?」
驚くアルフィスだったが、考えてもみれば、この世界は魔女という存在もいる。
女性は聖騎士になるという"常識"の枠外にいる人間がいるのだから、もしかしたら途中から魔法を使うことも可能なのかもしれないと思った。
「エンブレムを刻んだ女性が魔法を使うには二つ必要な物があるです。一つは"竜の涙"というアーティファクトです」
「竜の涙?聞いたことねぇな」
「20年くらい前にいた、火の国の殺人鬼が持っていたらしい、とされるアーティファクトで"エンブレムを消す"ことができます」
「エンブレムを消す?」
「はい。"竜の涙"を持ってる人と周囲のエンブレムを無効化するみたいです。でも、そのアーティファクトは行方不明で、土の国にあるって噂では聞いたんですが……」
「ふーん。あともう一つは?」
「もう一つは"黒の魔導書"という本です」
「なに!?」
「どうかしたんですか?」
「いや、俺は、その本が実家にあるから、ベルート目指してるんだよ」
「えー!!本当ですか!読んでみたいです!」
ヴァネッサは嬉しさのあまりか涙目だった。
確かに黒の魔導書も残っているのも珍しいとされる無属性魔法の本。
ヴァネッサの反応も頷ける。
「なるほどな。女性には魔力が無い。だから無属性魔法か……いや、だが、無属性魔法ではド派手な魔法は使えないんじゃないか?」
「え?私は一言もド派手な魔法を使いたいなんて言ってませんけど……」
「じゃあ、どんな魔法を使いたいんだよ」
「あの……笑わないですか?」
「あ、ああ」
「私が使いたい魔法は"転生術"です」
アルフィスは言葉を失った。
このヴァネッサは一体、何を考えて転生術なんてものが使いたいのか理解できなかった。
「私は行きたいんです」
「行きたい?どこにだ?」
「イセカイです」
ヴァネッサが考える"転生術"はアルフィスが考えているものと違っていた。
彼女は"呼び出す"方の転生術を使いたいわけではない。
自分が異世界へ行くために転生術を使用したいのだ。
「なぜ異世界に行きたいんだ?」
「異世界なら私の願いが叶うかもしれないからです」
「願い?」
「はい。女性でも普通に魔法が使える世界に行きたいんです!」
その言葉にアルフィスは眉を顰めた。
確かに、この世界が存在するなら、他の異世界も存在するかもしれない。
たが、彼女の考えることは安易としか思えなかった。
「俺は、やめといた方がいいと思うがな」
「なぜですか!?」
ヴァネッサの表情が曇る。
こんな話をしたのもアルフィスが良き理解者だと思ったからだったが、予想外の返答に驚いていた。
「もし、普通に魔法が使える世界だったとしても、行った先で家族になったやつに殴られたらどうする?」
「え?」
「味方がいればいいが、いなかったらどうする?現状が嫌で行きたいと思ってるかもしれないが、今より良くなる保証なんてどこにもない。今より辛い思いをするかもしれない。それを受け入れる覚悟が、お前にはあるか?」
「私は……ただ……」
「求めるのは自由、行きたいと思うのも自由。だが、今のお前には到底、それを越えられるだけの"強さ"と"覚悟"があるとは思えないな」
ヴァネッサは俯いて一言も話さなくなってしまった。
それを見たアルフィスはため息をつくと、沈む夕日をただずっと見ていた。
________________
火の国 ラザン
セントラルから出発して数日。
ようやくアルフィス達は中央のラザンに到着したが、それまでヴァネッサとの会話は無かった。
ヴァネッサは買い出しをすると言って、無理をしたような作り笑顔でラザンの入り口で別れた。
「俺もセレスティー家に顔出してくるぜ」
そう言って舎弟の顔を見たが、2人は返事せず、細目でアルフィスを見ていた。
それは蔑んだような、妙に嫌な目だった。
「なんだよ、その目は」
「アニキ、見損ないましたよ」
「そうですよ。ヴァネッサちゃんが、かわいそうですよ」
「はぁ?俺は真実を言ったまでだ。それで機嫌悪くする、あっちが悪いんだよ」
「……」
そう言って舎弟2人に手を振ってアルフィスは別れた。
舎弟達は、ため息をつきながらも買い出しへ赴くのだった。
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セレスティー家は住宅街にあったが、その大きさは水の国のローズガーデン家を超えるほどだった。
「流石に姉貴が10人もいりゃ、このぐらいデカくないといけないか」
独り言を呟きながらも、大きな門をくぐるアルフィス。
数百メートルも歩くと、庭の中央に、これまた大きい噴水があり、その近くで執事らしき初老の男性とレイアが話をしていた。
「レイ!」
「アル君!」
2人は笑顔で手を振り合う。
執事らしき男性はレイアに頭を下げると屋敷の方へ戻っていった。
「アル君、久しぶりだね!」
「ああ!レイも無事、卒業できたみたいだな」
「僕はアル君と違って成績はいいからね」
「ほう。言ってくれるな」
冗談を言いながら笑い合う。
やはりレイアは涙もろいのか、目に涙を溜めていた。
「立ち話もなんだし、街のカフェに行こうか」
「ん?お前の屋敷じゃダメなのか?」
「姉様達が帰ってきてる。アル君は落ち着かないと思うな」
「セレンもいるのか?ちょうど野営地の配属になった聖騎士を連れてきたんだが」
「セレン姉様は任務だよ」
「そうか……とりあえず街に出るか」
「うん!」
レイアは笑顔で頷くと、2人は街のカフェへ移動した。
そこはウッド調で落ち着いた雰囲気のカフェで、中は明るく、広々としていたが、客はあまりいなかった。
2人は4人掛けのテーブル席に向かい合って着くと飲み物を注文した。
「そういえば、聖騎士を連れて来たってどういうこと?」
「ああ、寝坊したとかで合流できなかったんだとさ」
「へー。よりにもよって南の野営地に配属になるなんて」
「あそこはやること無いからな。にしても女のくせに魔法使いになりたいなんて、面白いやつだよ」
「何それ?どういうこと?」
アルフィスはヴァネッサのことをレイアに詳しく話をした。
最初は笑って話を聞いていたレイアだったが、アルフィスがヴァネッサに対して真実を語ったことを話したあたりで次第に眉を顰め、ため息混じりになった。
「それは舎弟君達が正しいね」
「なんでだよ」
「みんなアル君みたいには強くはない。だから現実を受け入れられなくて逃げたくもなるよ。僕もそうだったからね」
「……」
「僕、今は夢があるから逃げるなんてしないけど。ヴァネッサさんの夢を否定するような真実を、そのまま直接伝えるだけが優しさってわけじゃない。ヴァネッサさんに少し寄り添ってあげたらいいと思うけどね」
「レイが、そう言うなら……そうしてみるか……」
レイアの言うことは説得力があった。
いつもは自分の意見を突き通すアルフィスですら、言いくるめられるほどだ。
この世界でアルフィスを
「何か綺麗な物をプレゼントしたらいいよ。仲直りの印にさ」
「いや、別に喧嘩したわけじゃ……」
「いいから、何か買ってあげるといい。女性なら、とても喜ぶと思うよ。あと、そこに、ちゃんと言葉も添えてね」
「どんな言葉だ?」
「それは自分で考えないと」
笑顔でそう語るレイアに逆らうこともできず、アルフィスは街でなにか買ってヴァネッサに渡そうと考えた。
「それにしても……その魔法を使う方法についてだけど、まさか"竜の涙"の話が出るとは思わなかったな」
「レイ、知ってるのか?」
「知ってるもなにも、"竜の涙"はセレスティー家で管理していたアーティファクトだからね」
「なんだと?もしかして誰かに奪われたのか?ヴァネッサの話しだと殺人鬼とか言ってたが」
「殺人鬼か……まぁ、そんなところだね。セレスティー家の唯一の汚点。"モーン・ドレイク"に封印された血塗られた過去さ」
「どういう意味だ?」
「ああ、ごめん、今のは忘れて!とにかく、ヴァネッサさんに何か買っていきなよ!」
「へいへい」
アルフィスのやる気のない返事に苦笑いを浮かべるレイア。
2人は久しぶりの再会を堪能した。
別れ際にレイアは、また涙目になっていたが、アルフィスは"また会える"と言い聞かせ別れた。
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各々がラザンでの用事を済ませて、夕方には南門で合流した。
「すまんな、遅れて」
「わいらも今来たところですよ」
決して時間に遅れたわけではないが、アルフィスが一番最後に合流した。
そこには舎弟2人と暗い顔で俯くヴァネッサがいた。
アルフィスはヴァネッサの前に立つと、小さな箱を差し出した。
「さっきは、すまなかったな。これを」
「え?」
ヴァネッサは驚いた表情で、その箱を貰う。
「開けてみても?」
「ああ。お前にやるんだ」
ヴァネッサがその箱を開けると、小さな赤い宝石が付いたネックレスが入っていた。
「これを……私に……?」
「ああ。着けてやるよ」
「え?」
アルフィスは箱の中のネックレス取り出すとヴァネッサの後ろへ行く。
そしてネックレスを首元へ回すと、ヴァネッサはハッとして両手で後ろ髪を上げた。
着けられたネックレスを手に取り、赤い宝石を見つめるヴァネッサは顔を赤らめて、涙目になっていた。
「ありがとう……ございます」
「いや、俺が悪かったんだ。もし、実家で本が見つかったら野営地まで持ってく。読んでみるといい」
「は、はい」
ヴァネッサは笑顔ながらも涙を流す。
それを頭を掻きながら見つめるアルフィス。
舎弟達は、ヴァネッサよりも涙を流している。
この時、アルフィスとヴァネッサの心の距離は一気に縮まった。
お互いが、そんな気持ちになっていた。
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