南へ



火の国 セントラル南東門前 



早朝という時間もあってか、通行人は少ない。

セントラルへと入る人間もまばらだ。


その中、南東門を見つめる女性がいた。


ボサボサした真っ赤な長髪で少し黒が混ざる。膝丈までの赤いチャイナ服のような服装で、スカートの横部分は腰まで切れており、露出が高い。

上半身には軽めの鎧を纏っている背の高い女性で、左手には長い銀色の槍を持っていた。


「来たな」


門を抜けて来たのは二つの荷馬車だった。


一つは荷台に布がかけられた馬車。

もう一つは荷台が檻になった馬車だった。


「お待たせ致しました。セレン隊長」


御者の聖騎士は緊張しながらも、少し頭を下げてセレン・セレスティーに挨拶した。

セレンも少し、頷き、二台目の檻のついた馬車に近づく。


「お前がグレイ・ダリアムか?」


「いかにも……」


セレンと檻の中のグレイは睨み合う。

グレイは貧相な布の服を着ており、腕には鎖が巻かれ、荷台に座り込んでいる形だ。


「ダリアム……ダリアとは"裏切り"の花言葉か……お前にピッタリの名じゃないか。しかし、意思疎通ができる魔人が本当にいるとは驚きだな」


「私には、もうその力は無いよ。今の私は人間以下さ」


グレイは笑みを溢す。

だが、その目は相変わらずセレンを睨んでいた。


「他国から火の国の"モーン・ドレイク刑務所"に送られる人間は稀だ。しかも、その護送に、この私が直々に出向いたんだ。光栄に思え」


「ふん……私だって"モーン"の話しは聞いたことあるさ。来てもらったのは嬉しいが、私は三日も生きられまい」


「それは、お前の善行次第だ。せいぜい他の囚人に嫌われぬように……特に"88番"にはな」


それだけ言うとセレンは一台目の荷台に向かうと、かけられた布を少し捲り、中を見た。

そこには透明な水のようなものが入った瓶が大量に積まれていた。


そこに今回、護衛にあたる部隊がセレンの前に集まる。


「隊長!揃いました!」


「ん?揃っただと?なんだ、この人数は……」


セレンは、その部隊の人数を見て驚く。

聖騎士が3人、魔法使いが3人。

セレンを入れても7名しかいなかった。


「何かの冗談か?私達は二手に分かれるんだぞ!」


「で、ですが、ほとんどの聖騎士や魔法使いは土の国へ行っており、集められたのはこの人数だけです……」


「ノアから人手の補充があると聞いたが?」


「その人員ですが、来ておりません……」


セレンのこめかみに血管が浮き出る。

その眼光を見た、部隊の兵たちは息を呑んだ。


「あの女ぁ……今度、会ったらタダじゃおかねぇ……」


怒りの矛先は地面へ向かった。

セレンは持っている槍の柄の下をドンと地面に叩きつけると四方にヒビが入る。


聖騎士、魔法使い達の顔は真っ青だった。


時刻は早朝。

こんな時間に門から出てくる人間はほとんどいない。


セレンは深呼吸して落ち着き、ため息をつきながらも、門の方を見た。


すると、たった1人だけ魔法使いらしき者が南東門を抜けてきたのが見えた。

その姿は、黒いローブに身を包み、フードを被っており顔は見えない。

左手には布で包まれた"大きく長い何か"を持っているが、セレンは、その格好からして、それは恐らく"杖"であろうと思った。


黒いローブの魔法使いらしき者は、キョロキョロとあたりを見渡している。

そこにセレンが近寄った。


「お前、今年卒業の見習いか?」


「え?いや俺は……」


声は青年のようだった。

華奢な体で、背はセレンよりもかなり低い。


「この際、新人だろうが、なんでもいい。とにかく今は人手が欲しい。ついてこい」


「え、は、はぁ……」


セレンの勢いに逆らうことができない黒いローブの青年。

結局、断ることもできず、青年はセレンの部隊と共に南へと向かった。




________________




日差しが強くなる昼頃。

二台の荷馬車は、中央ラザンへと向かっていた。

ゆっくりとではあるが、平野を南の方へ、一列に進む部隊。


先頭を歩く馬に跨るのはセレン。

暑さからか、たびたび額の汗を拭う。


二台の荷馬車が並び、さらに後ろには聖騎士が馬乗り、後方を警戒し、左右には魔法使いが馬に乗る。


二台の荷馬車の御者は聖騎士。

隣には魔法使いが乗り、片方には青年が乗る。


周りを見渡しても特に異変などは無く、数時間もすると、部隊の緊張感も緩んでいた。


だが、そんな時だった。

最後尾、馬に乗る聖騎士が東の方を見ると、丘の上から黒い塊がこちらに猛スピードで向かっていることに気づく。

聖騎士が目を凝らすと、それは犬型の魔獣の群れ。

50頭は超えそうなほどの大群だった。


「隊長!!」


「わかってる!!」


セレンも東の方を目を細めて凝視していた。

その距離は数百メートルで、もうそこまで迫る勢いだ。


「魔法使いは準備しろ。あの数は騎士だけでは無理だ!」


聖騎士、魔法使いは跨る馬、荷馬車から降り、馬車を守るようにして東側へ立つ。

だが、この魔獣の量は尋常ではなかった。

前衛に立つ3人の聖騎士は息を呑み、手を振るわせる。

後方の魔法使い3人も同様だ。


"あの数が相手では死人が出る"

誰もがそう思った。


そこにセレンも馬から降り、最前衛に立つ。

部隊の兵達は、セレンの背中を見るだけで平常心を取り戻した。


「なかなかの数だな。何に釣られて来た?どこから沸いたんだ?」


ニヤリと笑うセレン。

そこにセレンより最前衛に出る者がいた。


「ん?お前、何をやってる?」


それは黒いローブを着た見習いと思しき青年の魔法使いだった。


「あの程度の数なら、俺1人で大丈夫です」


一同、言葉を失った。

相手は魔獣とはいえ、50頭を超えるほどの大群だ。

いくら一対多数戦に優れる魔法使いでも、この数を1人で処理するのは無謀だった。


「功績をあげたいのはわかるが、ルーキーがでしゃばるな。死ぬぞ小僧」


「大丈夫ですよ」


セレンの前に立つ黒いローブの青年は、持っていた"長い何か"を包んでいた布を取った。

布は風になびき、飛んでいく。


黒いローブの青年が持つ物があらわになった。

それは"竜の尻尾のような見た目の杖"

先端には拳ほどの水晶玉がついている。


「おいおい……冗談だろ……」


セレンが驚き、そう呟く。

後方に立つ聖騎士や魔法使いは眉を顰め、顔を見合わせいた。


魔獣の群れに、青年はゆっくりと歩きながら近づく。

そして、杖を前に構えると、水晶が少し光を放った。


「"空王の息吹"」


青年が立つ地面に緑色の大きな魔法陣が展開する。

魔獣の群れが走る、周辺の地面から爆風が上がり竜巻が起こった。

その竜巻は魔獣の群れを全て上空へと押し上げ、空は一部だけが黒く染まった。


「"海王の領域"」


青年は、左手に持つ杖を掲げた。

青い大きな魔法陣が展開すると、空中にいる魔獣の群れは、巨大な水の玉に閉じ込められ、その中で、もがき苦しむ。


「"砂王の鉄槌"」


さらに青年は両拳を自身の胸の辺りで叩き合わせる。

地面には茶色の魔法陣が展開。

すると空中で、砂嵐が巻き起こり、それが徐々に固まり、巨大な両拳が造られると、水の玉の中にいる魔獣達を挟み込むように勢いよく叩き合わせた。


水の玉は弾け、砂の拳も粉々になると息が無い魔獣達は空中からパラパラと落ち始める。


「"炎王の豪剣"」


青年は杖を縦に振った。

青年が立つ場所に赤い魔法陣が展開した瞬間、魔獣達が落ち始めている地面に円形状の火の柱が立ち始め、それは巨大な竜を形どり、一気に上空へと燃え盛った。

50もの魔獣は一瞬にして灰になり、その姿を消した。


それを見届けると青年は振り向き、部隊がいる方へと、ゆっくりと歩いてきた。


セレン含め、部隊の人間、全員が唖然としていた。

凄まじい魔力量もさることながら、四属性全ての魔法を使いこなす人間など見たことがなかったのだ。


「お前……一体、何者だ?なぜ、"それ"を持ってる?」


セレンの言葉を聞いた青年はフードを取った。

青に少し銀が混ざった髪、眼鏡をかけた青年だった。


「俺はアイン。アイン・スペルシア」


その瞳はルーキーなどではなかった。

明らかに死線を越えてきた、その穏やかではあるが鋭い瞳。


その目を見たセレンは、この"アイン"という人物に、一気に興味が湧いたのだった。

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