残酷な特別
"特別"は時に残酷だ。
権力や実力がある人間の特別は崇められ、親しまれる。
だが、それが無い者の特別は馬鹿にされ、
ヴァネッサは間違いなく後者。
彼女は、この世界でも珍しい"紫色"の髪をしていたのだ。
アゲハ・クローバルでも知らない風の国の下級貴族、リローデッド家の長女として生まれたヴァネッサは、その髪の色から、"特別"な存在と家族から期待された。
だが、その髪の色には何の意味もない。
ただの偶然だったが、周りはそうは見ない。
人間は変化を好み、見たことのないものを見たら、それは特別だと思いたくなる。
ヴァネッサは、いつの間にか自分自身の生き方を周囲に決められた。
そして、そこから逃避し、いつしか自分の世界に入り込むようになった。
"それが魔法だった"
ヴァネッサは自分が魔法を使う姿を想像して、ずっと本を読んできた。
そして、女性が魔法を使うための方法を見つけてしまったのだ。
必要な物は二つあった。
その二つを手に入れるため、ヴァネッサは行きたくもない聖騎士学校へ入学したのだった。
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セントラル 聖騎士団宿舎前
見習いの聖騎士達が、聖騎士団宿舎前に並ぶ。
ここにいるのは、卒業までに聖騎士学校でバディが見つからなかった者達だった。
そこには10人ほどおり、横一列に並ぶ。
宿舎の入り口を背にして、大きな木箱の上に立つ金髪の少女がいた。
見た目は10歳に満たないが、眼光は鋭い。
聖騎士学校の制服を着ている。
それは聖騎士団団長のノア・ノアールだった。
その隣にはメガネを掛けたショートカットの青髪の女性が立つ。
キリッとした顔立ちで、聖騎士学校の制服の上から軽装の鎧を羽織る。
こちらは聖騎士団副団長のサファイア・ビュールカだった。
「諸君!聖騎士学校、卒業おめでとう!……と言いたいところだが、お前達は、この三年間でバディすら見つけられないハンパ者だ!」
ノア・ノアールは叫ぶ。
見習いの聖騎士達はブルブルと震えていた。
「お前ら、三年間、何をやってた!?どうやったら1人で卒業できるんだ!!そこの"紫髪"言ってみろ!」
「え……私ですか?」
「"紫の髪"は、お前しかいないだろうが!!」
当てられたのはヴァネッサ。
彼女も、この三年間、必死にバディを探したが見つからなかった者の1人だったのだ。
「本を読んでました……」
「なんだと?何の本だ?」
「……魔法の本です」
「はぁ!?」
一気に場の空気が
並んでいた他の見習い達がクスクスと笑い出す。
それを聞いたサファイアがコホンと咳き込むと、見習い達はハッとして黙り込んだ。
「お前は聖騎士だろうが!!なんで魔法の本なんか読んどるんだ!!魔法使いにでもなりたいってのか?」
「……は、はい」
ヴァネッサが素直にそう答えると、そこにいた一同、皆が呆れた。
聖騎士が魔法使いになりたいなんて前代未聞だった。
「そうか……それならしょうがないな……」
「え……?」
その発言に、一同が驚くが、間髪入れずノアは口を開く。
「お前は、火の国の南野営地送りだ。"ヤツ"に根性を叩き直してもらう!」
「火の国の……南野営地……?」
見習い聖騎士達は絶句した。
火の国の南野営地といえば、左遷先としては最悪というのは聖騎士達の間では有名。
さらに、そこを取り仕切る隊長は、鬼のように厳しく、数年前には任務で何十人もの死人を出したとの噂だった。
「最近、人が足りないと連絡があったところだ。喜べ!紫髪!お前は今日で見習い卒業だ!」
「え、えー……」
「ちょうど明日の朝、水の国から火の国の中央まで輸送するものがある。その護衛のために、"ヤツ"も来るから、一緒に行くといい」
「あ、あ、あ、明日ですか!?」
突然のことに、ヴァネッサは顔を引き攣らせていた。
今は昼だ、明日の朝となると数時間しかない。
「明日の早朝、セントラル南東門だ!遅れるなよ!もう、お前は帰っていい!」
ヴァネッサは聖騎士学校の寮から、宿舎へと引っ越すことなく、そのまま火の国へ行くことになるのだった。
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聖騎士学校 寮
深夜、ヴァネッサは1人、本がびっしり置かれた部屋のベットに寝転びながら本を読んでいた。
明日のことが気がかりで寝れず、本を読んでいたら、こんな時間までなっていた。
「はぁ……お前は特別……何が特別なの?」
ため息混じりでの独り言だった。
特別とは、子供の頃から周囲に言われていたことだ。
「この髪のこと?こんなの特別でもなんでもない……ただ色が珍しいだけ……これで得したことなんて一度もないし」
そのせいでヴァネッサは学校生活の三年間はみっちりいじめられたのだ。
特別なのは"髪の色"だけで、権力や実力も無い、ただの下級貴族。
「今日だって、こんな髪じゃなければ団長に目をつけられなかったし、火の国なんて行くこともなかった……私は土の国へ行きたかったのに……」
バディを組めなければ、自由に動くことはできず、聖騎士団の宿舎泊まりとなる。
1人でも実力があれば、他の国へ派遣されるが、ヴァネッサには、その実力もなかった。
「明日か……私の夢は叶わないのかな……」
叶えたい夢がある。
いつか"あの場所"へ行きたい……。
それを思いながら、いつの間にかヴァネッサは深い眠りに落ちていた。
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目を覚ましたヴァネッサはあくびをする。
まだ開き切らない眼を擦り、窓から外を見た。
そして、どんどん青ざめる。
「こ、この日の位置って……まさか……」
そう言って飛び起きたヴァネッサはすぐに着替えた。
昨晩のうちに荷物はまとめてあったため、大きめのバッグを持ち、一気に部屋から飛び出した。
寮は物静かだ。
なにせ今は昼なのだから。
「そ、そんな……初日に遅れたら……」
ヴァネッサが南東門に辿り着いたのは夕方少し前だった。
そこには商人や数人の聖騎士、魔法使いしかおらず、南の野営地の部隊はいなかった。
「ど、ど、ど、どうしよう……」
息を切らし、涙目のヴァネッサは周りをキョロキョロと見渡す。
すると、すぐ近くに荷馬車で誰かを待っているそぶりを見せる2人の男性がいた。
1人は細身でノッポ。もう1人は小柄のデブだった。
ヴァネッサは息を呑みつつ、その2人に近づいた。
「す、す、すいません……この馬車はどちらまで行かれるんでしょうか?」
「なんだ、あんた?」
「わいらはベルートまで行くんさ」
ヴァネッサは首を傾げる。
ベルートという場所がどこなのかわからなかったからだ。
「もし、よろしければ……」
そう言いかけた時だった。
ヴァネッサの背後から声がした。
「おう!ノッポ!デブ!ひっさしぶりー!」
「アニキー!!」
「アニキ!!お待ちしてました!!」
振り向いたヴァネッサは、その声の主を見た。
それは銀色に少し黒が混ざった短髪、白いワイシャツに黒いレザーパンツの青年だった。
肩に黒のジャケットとバッグをかけて、両腕には銀のガンドレットを装着している。
「ん?なんだ、この子は」
「いや、今、話しかけられまして……」
青年はヴァネッサを見た。
すると首を傾げて、眉も顰める。
「お前……どっかで……」
「あ、あなたは……」
ヴァネッサはその青年に見覚えがあった。
それは聖騎士学校時代に助けてくれた男子生徒。
髪の色は変わっても、顔立ちはそのまま。
それは間違いなく、あの時の青年だった。
「あら、あららら、これは邪魔しないほうがよさそう?」
「そうだな、アニキにも青春は必要だすよ」
ノッポとデブはそう言いながら、少しその場を離れた。
「お前、魔法少女志望の聖騎士か。覚えてるぜ」
「あなたは……あの時に助けてくれた……」
ヴァネッサは恥ずかしさから、顔を赤らめ俯く。
まさか、以前に助けてくれた人と、また会えるなんて思ってもみなかった。
「俺はアルフィス。アルフィス・ハートル。あんたは?」
「私はヴァネッサです。ヴァネッサ・リローデッド」
「名前は強そうだが、見た目は弱そうだな」
「は、はい……よく言われます……」
アルフィスと名乗った青年は目を細める。
そして少し驚いた表情をした。
「な、なんだ、この糸みたいな細い闘気は……見たことねぇ」
「え?」
「あ、いや、こっちの話しだ……それで、なんで、あいつらに話しかけてたんだ?」
「実は南野営地というところに左遷になって……でも合流時間に間に合わず……」
そう言って、顔を赤らめてブルブルと震え始めた。
南野営地の隊長のことを思い出すと、突然に恐ろしくなったのだ。
「南野営地?ああ、セレンのところか」
「た、隊長を、呼び捨て……」
「俺の目的地は野営地に近い。送ってくぜ」
「ほ、本当ですか!!」
「ああ、久しぶりにセレンとも会いたいしな」
ヴァネッサは安心と同時に、アルフィスの言葉が、なぜか引っかかった。
このモヤモヤした感情が何なのかわからないまま、ヴァネッサはアルフィス達と共に南の野営地を目指すこととなった。
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