ロスト・フォースの後継者



土の国 グランド・マリア



闘技場は巨大な氷の塊がいくつも地面にめり込んでいた。

そのせいか闘技場内は冷気が漂う。


北門を背負い立つのは髪が銀色に発光し、瞳が虹色に光るアイン・スペルシア。

南門を背負うのは銀髪の大男、ジレンマだった。


アインが前に構える杖は赤黒いオーラを放ち、それを見たジレンマはニヤリと笑った。


「ロスト・フォースの後継者……まさかスペルシア家とは。妹は元気か?」


「何を……言ってる?」


「"黒い薬"で元気になったろ?」


ジレンマの言葉に、アインはこめかみに血管が浮き出る。


「貴様……なぜ黒い薬のことを……ま、まさか」


「あの薬は、ここで作ってるからな」


「なんだと!?お前が、あの薬をばら撒いていたのか!!」


「まぁ、そんなところだ」


その言葉を聞いたアインは驚愕した。

あの薬が原因で水の国は混乱した。

もしアルフィスがいなければ、ただでは済まなかった。


「まさか、お前がリヴォルグ総帥が言っていた男……ジレンマか!!」


「だったらどうする?」


アインはリヴォルグから、黒い薬をばら撒く組織があることは聞いていた。

その組織は土の国に本拠地があるが、どこにそれがあるのかまではわからず。

さらに目的すら不明だった。


「あの薬は一体なんなんだ!!お前の目的はなんだ!!」


「あの薬は"竜血"と"ファースト・ケルベロス"の血を混ぜたものさ」


アインは眉を顰め、首を傾げた。

"ファースト・ケルベロス"という名には心当たりがなかった。


「人を魔人の上位に押し上げる薬だ。"竜の領域"までな」


「なんだ……それは?」


「お前は、なんで魔力覚醒をすると髪の色が銀髪になると思う?なぜ通常、銀髪の人間は存在しないのか知ってるか?」


この内容はアインが気になっていたことでもあった。

数日前、マリアと出会った時にも質問したことだ。

だがマリアはこれについて何も言わなかった。


「銀髪になるということは、"竜"に近づいてる証拠なのさ」


「……な、なに?意味がわからない……」


「魔竜は一匹だけだと思ってるだろ?教科書通りでいけばそうだが、実際には無数にいた。その中に"竜王"と呼ばれる存在がいて、その体を分解して作った武器を六天宝具と言うんだ」


「……無数に……だと?」


「普通なら、どんなに銀色の髪をしていても竜にはなれない。だが、もし"竜の王"が復活したのなら……今いる銀色の髪の人間は、皆んな"竜"になれる。ちなみに"黒い魔人"というのは、その失敗作なのさ」


「ま、まさか……お前らの目的って……」


「想像に任せるが、恐らく、お前が考えてることで当たってるよ」


アインが想像しているのことは、今まで考えたことすらなかったことだ。

そんな恐ろしいことを企む人間がいたのか。


「おしゃべりはここまでにしよう。まさか2人目のシックス・ホルダーとは。楽しませてくれ」


「俺は、お前を許さない……ここで倒す!」


「やってみろ!」


ジレンマは不気味な笑みを浮かべると、北門の方向へ、一直線に猛ダッシュした。

アインはそれを見た瞬間、魔法を発動させた。


周囲の巨大な氷は内側に次第に熱を帯びる。

そして氷は一気に爆発した。

ジレンマはクロスガードで顔を覆い、それを防ぐが、氷の細かい破片は容赦なく突き刺さる。


闘技場は、その爆発により"濃い霧"に包まれた。


「ロスト・フォースのブラッド・オーラを発動させて、他属性の覚醒魔法を連発するのはオススメしないがな」


ジレンマは傷を物ともせず、さらに前へ出た。

霧の中、薄らと浮かぶアインの姿は捉えていた。


目の前に到達しジレンマは右ストレートをアインへと放つ。


「剛壁!」


ドン!という音はジレンマの正面に現れた岩壁を殴った音だ。

岩壁は割れることはなかった。


「なんと堅固な……」


「氷結剣・閃!」


岩壁から氷の剣が突き出してくる。

ジレンマはそれを首を傾けて回避し、さらなる追撃を警戒してバックステップする。

だが、岩壁は瞬時に崩れて、アインが姿を現すと、持っている杖を横に振った。


「風魔雷球・猛!」


巨大な風の球体。

その高速の球はジレンマへ目掛けてカーブを描きつつ直撃した。

直撃と同時に赤黒い雷撃がジレンマを中心として周囲に走り、地面を抉る。


それが当たった瞬間、さらに爆風が展開し、勢いよく後方、南門へ一気に数十メートル吹き飛ばされる。


だが、それでも魔法連撃は終わらない。

アインは持っている杖を両手持ちにして天へ掲げた。


すると周囲の濃霧はどんどん杖へ吸収され、形作られる。

それは長さ数百メートルはあろうかという水の剣だった。

さらに、その剣はアインが持つ部分から凍り始め、それは巨大な"氷の剣"に変化する。


「"蒼氷の聖剣"!!」


その氷の剣は一気に振り下ろされた。

ジレンマはちょうど吹き飛ばされた先で着地した時だった。


完全にアインの攻撃はジレンマを捉えており、それは直撃する。

ズドン!という轟音が闘技場内に響き渡り、同時に氷の剣は割れて細かく結晶化した。


数十メートル先でジレンマは大の字で仰向けに倒れている。


それを見届けると、アインはあまりの"頭痛"に頭を押さえてよろけた。

だが、後ろで倒れているマーシャが気になり、すぐに駆け寄る。

意識は無いが命には別状はなさそうだった。

アインは念のため、マーシャに"ファイアヒール"を付与する。


「よかった……間に合った……」


アインはマーシャの頬をそっと撫でた。

別れてから、そう日は経っていなかったが、愛する人に会いたいという気持ちは、その時間すら永遠であるかのように感じさせていた。


アインは安堵した後、"ブラッド・オーラ"を解除しようと杖に念を送ろうとした。


だが、その瞬間、アインの背後には凄まじい殺気があった。

ハッとし振り向くとそこにはジレンマが右ストレートを溜めていた。

上半身には黒衣を纏い、右の背には片翼が広がる。

銀髪の髪からは赤黒いオーラが放たれていた。


ジレンマの右ストレートはアインに当たるが、瞬時に水となり、崩れて地面に落ちる。


アインはジレンマの後方、南門を背負う形で転移していた。


「俺の魔法が効いてない……!?」


「いや、かなり効いたよ。だが、まだ"迅雷"ほどではないな」


ジレンマとアインは数十メートルの間隔で向かい合う。

ジレンマの後方にはマーシャが倒れているが、そんなものはどうでもよかった。


アインという強敵を目の前にした時、すでに倒した相手に対しての興味は皆無だったのだ。


「さて、最終局面だ。アイン・スペルシア……最後まで楽しませてくれ」


「クソ……もう限界が……」


目の前の男は明らかに人間では無い。

魔法をあれだけ受けて無傷に近い状態。

さらにアインの呼吸は荒くなる。

魔力覚醒状態を何時間も維持し続けていた、その限界は、すでに超えていたのだ。


「まさか、もう終わりとは言わんよなぁ!!」


ジレンマは漆黒の片翼を広げて羽ばたく。

一瞬にしてアインの目の前まで到達し、ドス黒い右腕を振り上げ右ストレートを放とうとしていた。


瞬間、南門から飛び出す影。

アインを飛び越えて、一人の聖騎士がショートソードを縦一線に振るう。


ショートソードはジレンマの右拳と打ち合った。


「セカンド!!貴様を殺す!!」


そう叫んだのは茶髪のショートカット、白いキャミソールとホットパンツを着た聖騎士、クロエ・クロエラだった。

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