ツルギ
土の国 グランド・マリア
町の中央に位置する闘技場。
その地下は、いつもと雰囲気が違って騒がしい。
牢獄にいたリオンは目を覚ますと異様な光景を見た。
それは、ここに捕えられていた魔法使い達が慌ただしく逃げている。
一体何が起こっているのか理解できなかった。
「な、なんだ?何が起こってる!?」
リオンは困惑しながらも、あることに気づいた。
"漂っていた瘴気が消えている"
魔法を解除する黒い瘴気が消え、そのことで魔法使い達が各々魔法を使って牢を出ていた。
戦いを観に来る観客は、この町の夜にあたる時間に来るが、お構いなしに闘技場では常に戦わされる。
恐らく今は早朝。
いつもなら、黒いフードを着た魔法使い達が現れ、みなを起こし、さらにマスクをした体格のいい女騎士が闘技場へと連れて行く時間だろう。
それらが来るどころか、捕えられている魔法使いが次々と逃げている。
リオンは居ても立っても居られず、アルフィスを揺り起こす。
「し、師匠!起きて下さい!逃げれるみたいです!」
その最中、闘技場では轟音が響くと、天井から砂埃がパラパラと落ちた。
リオンは、その"何か"が闘技場に落ちたような轟音に驚くが、それでもアルフィスをなんとしても起こそうと、声をかけ続けるのだった。
____________
闘技場内には東西南北にそれぞれ門がある。
"東門"、"西門"は地下に通じている。
捕えられている魔法使い達を、それぞれ、ここから闘技場へ上がらせて戦わせている。
"南門"は街へ出る出口。
そして"北門"は固く閉ざされ、何があるのか誰も知らなかったが、そこは宝物庫なのではないかと噂されていた。
逃げ出した魔法使い達は"南門"の存在を知っていた。
ぞろぞろと地下から階段を上がり東西門から出てきた魔法使い達は、一目散に南門へと向かっていた。
ようやく、ここを出れる。
その期待は、南門へと近づくたびに大きくなっていった。
先頭を走る魔法使いは、もうあと数メートルというところで違和感を感じた。
ゆっくりと速度を落として背後を見る。
するとそこには四方八方に逃げ惑う、他の魔法使い達。
中央には3メートルはあろうかという背丈の犬顔の魔獣がいた。
真っ黒な体に長い手足、鋭利な爪は次々と魔法使い達を切り裂いた。
そして、その魔獣は、こちらに気づき、二足歩行の猛スピードで近づいてくる。
魔法使いは後退り、腰を抜かす。
もはや言葉を失い、ただその魔物に切り裂かれることを待つだけだった。
魔物が腕を振り上げた瞬間、魔法使いは思わず目を閉じる。
しかし、いつまで経っても痛みが無かった。
魔法使いが、ゆっくり目を開けると目の前には、魔獣の爪をショートソードで受け止めている女性がいた。
ワンカールの金色の髪。
褐色肌で白いワイシャツにスカート、そして大剣を背負った聖騎士だった。
「門の外に他の聖騎士がいます!早く逃げて!」
「あ、あんたは……」
「私はマーシャ・ダイアス。この国のシックス・ホルダーです!助けに来ました!」
「この国にシックス・ホルダーだって……?」
「とにかく早く!」
魔法使いは、マーシャの言葉を聞いて、最後の力を振り絞り立ち上がると、南門を走って抜けていった。
マーシャは剣を横に薙ぎ払い、魔物の爪を払い除けた。
少しよろけた魔物だが、すぐに体制を立て直すと、再び腕を振り、ひっ掻き攻撃をおこなう。
しかしマーシャはその攻撃を姿勢を低くして回避すると一歩踏み込み、高速の横切りで、その腕を切り落とした。
そのまま右手で、背中の大剣のグリップを握ると時計回りに回転し、その勢いで魔物の胴を両断した。
切断された魔物はドロドロとした液体状となり地面の中に消えていった。
それを見ていた魔法使いは次々と南門へ走り抜けていく。
マーシャはそれらを見届けると、北門の上の観客席に目を向ける。
数百メートルは離れているが、マーシャにはその姿がハッキリと見えていた。
そこにいたのは、銀髪、赤い貴族服を着た少年、ダリウスだった。
ダリウスは手を前にかざし、何かを言った。
その瞬間、闘技場に2体の犬型の魔獣が現れる。
それはドス黒く、体長は人ほどある。
2匹の魔獣はマーシャへ向かった。
マーシャも、その魔獣へ猛ダッシュする。
左手にショートソード、右手に大剣の二刀流。
2匹の魔獣は一列に並ぶと、まずは1匹がマーシャに飛びかかった。
マーシャは左手に持つショートソードを逆手に持ち替えて、体制を低くして魔獣のアゴから腹にかけて一刀両断する。
すぐさま2匹が飛びかかるが、マーシャは勢いづいたまま大剣を横にし、回転斬りを放つ。
2匹目の魔獣もあっけなく斬り捨てられ、どちらもドロドロと黒い液体になり、溶けて地面に消えていった。
闘技場中央、マーシャは観客席に立つダリウスを鋭い眼光で睨んだ。
ダリウスはその眼光に息を呑む。
だが、すぐにダリウスは目を逸らし、マーシャの後方、南門を見ると安堵の表情を浮かべる。
マーシャもハッとしてすぐに振り向くと、南門を抜ける"銀の長髪で背の高い大男"がゆっくりと歩いて来ていた。
「よく来た。マーシャ・ダイアス……とか言ったな」
「ええ」
「俺はジレンマ。まぁ、この名は異世界人が言っていた言葉でしかないがね。本当は俺に名前なんて無い」
マーシャの怒りは最高潮に達しそうだった。
ワイアットのことを思いだすと、徐々に目の色が金色に発光し始めてくる。
「これは楽しめそうだな」
「あなたはここで斬り捨てる」
「ほう。やってみろ」
睨み合い後、2人は同時に走り出す。
お互いの距離は50メートルほどだったが、それは一瞬で縮められた。
マーシャは右手に持つ大剣を振り上げ、高速の縦斬りを放つと、ジレンマはそれを左の手のひらで止めた。
構わず、その腕を斬り落とそうと、ショートソードを左下から右上へ斬り上げる。
だがジレンマは、それを回避するように、すぐに大剣を離す。
同時にショートソードの斬撃を大振りしたマーシャの顔面目掛けて右ストレートを放った。
その拳は頬に当たるが、すぐに首を
マーシャはそのまま体を回転させながら後ろに退いた。
「マジか……まさか、お前……"闘気"が見えてるな?」
「……」
「なるほど。だが、対策は考えてある」
そう言って、ジレンマは左足を一歩前に踏み込んだ。
瞬間、マーシャにはジレンマが次に取る行動がわかった。
"左のショートアッパー"
それを先読みすると、マーシャはバックステップした。
この後、ジレンマのショートアッパーは空を切る。
そこに大剣の横斬りを放つ予定だった。
だが、ジレンマの行動は少し違った。
さらに右足をもう一歩踏み出して、右のショートアッパーを放つ。
マーシャはもう大剣の横斬り動作に入っていた。
ジレンマの拳はマーシャの左脇腹に直撃した。
「がはぁ!!」
ジレンマの拳は脇腹に食い込み、完全に骨を砕いていた。
そのあまりの衝撃に数十メートル吹き飛ばされ地面を転がる。
「これを食らっても剣を離さんとは……」
ジレンマはそう言って仰向けに倒れるマーシャへとゆっくり近づいた。
マーシャは状態を起こそうとするが、骨が砕けた激痛で動けなかった。
「いつか闘気が見える人間と戦うこともあるかと思ってな。闘気を自由に動かす訓練をしといたのさ」
ジレンマはそう言うと、マーシャルの胸の辺りを踏みつける。
そして徐々に力を入れていく。
するとバキッという鈍い音がした。
「う……がは……」
「このまま心臓ごと潰す。だが、惜しいな……闘気が見える人間なぞ初めてだ。殺すのは惜しい……」
ジレンマは"惜しい"といいながらも、どんどん足に力を入れ、マーシャの胸骨を砕きつつある。
その表情は不気味な笑顔だった。
「さらばだ、生まれて間もない、この国のシックス・ホルダー。強者に敬意を」
「ア、アインさん……」
マーシャの目には涙があった。
どうせ、ここで死ぬのなら、自分の大好きな人の名前を言って死にたい。
だが、もし叶うのなら……大好きな人にもう一度だけ会いたい……。
そう思いつつ、マーシャはゆっくりと目を閉じた。
その時だった。
町の南の方から、凄まじい轟音が響いてきた。
ジレンマも驚き振り向くほどの音。
それは空から聞こえているようだ。
すると、ビュン!と、高速で闘技場の上空を何かが通過し、一瞬だけ闘技場全体を影で覆った。
ジレンマは目でそれを追ったが、見たことのない物体だった。
「なんだ?……竜か?」
その飛行体は闘技場を通り過ぎたが、すぐに旋回して戻ろうとしていた。
旋回時、その物体の姿が見えた。
「あれは……氷?」
それは、この世界には絶対に存在せず、この世界の誰も想像し得ない代物。
全長15メートルほどの"蒼氷のステルス機"は暴風を纏い、後方から炎を噴射して飛行していた。
旋回したそれは再度、闘技場へ向かって飛んでくる。
唖然とするジレンマはマーシャから足をどかし、後退りした。
すると、すぐに岩がマーシャを守るように体の全体を覆い隠し、小さなドームを作った。
"蒼氷のステルス機"は闘技場に近づくにつれて速度と高度を落とすと機体に"雷撃"が走る。
その衝撃でヒビが入った氷は、バラバラに砕け闘技場へ降り注いだ。
ジレンマはバックスステップし続け、巨大な氷の破片を回避するが、ジレンマを追いかけるように降り続く。
ようやく止んだ氷の雨。
それは大量の砂埃を闘技場内に舞い上げた。
ジレンマは細目でマーシャが倒れている方を見る。
砂埃の中から現れたのは魔法学校の制服の上に黒いマントを羽織った少年。
髪の色は銀色に発光し、メガネの下の瞳は虹色に輝いている。
「何者だ、貴様は!!」
ジレンマは叫ぶ。
少年は怯む事なく鋭い眼光でジレンマを睨んだ。
「俺は……俺の名は"蒼天のアイン・スペルシア"!マーシャ・ダイアスの
アインと名乗った少年はブラッド・オーラを放つ、魔竜尾の杖ロスト・フォースを構えた。
それを見たジレンマは瞬時に、目の前に立つ少年が大賢者シリウス・ラーカウの後継者であることを悟った。
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