開眼


土の国 グランド・マリア



エルヴァンヌの部屋、中央に"瞳"が金色に輝くマーシャが立つ。

暖炉の灯りしかない、薄暗い部屋だったからか、その眼光は明らかに光を放っているのが確認できた。


入り口付近に佇むエルヴァンヌは、その瞳を見て息を呑む。


「なんて……美しいの……」


エルヴァンヌの口から出た言葉は素直な感想だ。

今まで見たことのない、その瞳の色に、ただ胸が高鳴った。

そして、何よりもエルヴァンヌが思ったこと。


"欲しい"


ただ、それだけだった。

欲しいと思ったものは、どんなものでも力づくで手に入れてきたエルヴァンヌにとって、今までにないほど、その"瞳"は愛おしかった。

もはや"皮"など、どうだっていい。

とにかくエルヴァンヌは、その瞳を抜き取って、自分の物にすることを決意していた。


だが、その"瞳"に隠された能力が不明な以上、不用意に近づくのは得策ではない。


「どうした?来ないなら私から行く」


鋭い眼光のマーシャはショートソードを左下に両手持ちのまま構えてダッシュ体制。

距離は5メートルほど。

先ほどのスピードでなら、ほぼ一瞬に近い速さで距離を詰められる。


そう考えたエルヴァンヌは策を考えた。

この策は、どんな者でも動揺する策。

エルヴァンヌは堪えきれず笑みが溢れた。


マーシャはその笑みを見た瞬間、渾身の力で絨毯を蹴る。

今までにない猛スピード。


だがエルヴァンヌは構わず指を鳴らした。

するとマーシャの目の前に、先ほど、この部屋にいた村娘が抱きつくような体制でいきなり現れる。

村娘には意識は無い。


マーシャはダッシュをストップさせて、彼女を優しく受け止めた。

エルヴァンヌは村娘ごとマーシャを貫こうと、ショートソードで突きの動作に入っていた。


「これで、終わりよ!!」


エルヴァンヌは勝利を確信していた。

このまま2人の心臓を一突きで終わり……

そう思った矢先、マーシャはダンスを踊るように体を回転させ背を向けた。


エルヴァンヌの剣が当たったのは、マーシャが背負う大剣。

マーシャはさらに回転し、エルヴァンヌの剣を受け流すと、村娘を抱き抱えたまま右下から左上への斬り上げ攻撃を放った。


だが、マーシャの剣は空を切る。

エルヴァンヌは後方に数メートル先に転移していた。


「どういうこと……?ありえないわ……」


マーシャは村娘をゆっくりと絨毯の上に寝かせた。

そして振り向くと、再度、"金色の瞳"でエルヴァンヌを睨む。


「頬から血が出てるわよ」


そう言われたエルヴァンヌはハッとして頬に手を当てる。

10センチほどの切り傷。

エルヴァンヌは手についた血を見た瞬間、その手を震わせた。


「なぜ……私が……私に傷なんて……」


「今度は確実に首を刎ねる……」


エルヴァンヌの動揺は異常だった。

傷を負ったのは何十年ぶりか。

それも、本の紙の先で指を切った程度。

剣で斬られて出血などありえなかった。


「偶然……よね……」


エルヴァンヌは深呼吸して平常心を意識した。

傷を負っただけで、心を取り乱すのは二流。


だがマーシャは剣を構え、落ち着いた瞬間のエルヴァンヌに猛ダッシュで向かった。

またしても距離は5メートルほど。

到達は一瞬だ。


エルヴァンヌはマーシャが到達し切る前に、指を鳴らす。

正面に2メートルはありそうな大きい本棚が現れる。

マーシャはそれを縦斬りで両断した。

だが目の前にはエルヴァンヌはおらず、本の切れ端だけが舞い上がり、視界を塞ぐ。


視界が遮られた状態だが構わず、マーシャは背負う大剣のグリップを握る。

そして一気に引き抜くと、"背後の気配"に回転斬りを放った。

マーシャには手応えがあった。

剣の切先ではあるが、確かに何かを斬った感覚がある。


「がはっ……そんな……ありえない……」


エルヴァンヌは暖炉付近。

首元を押さえ、口からは血を出していた。

かろうじて立っている、そんな状態だった。

マーシャの大剣はエルヴァンヌの喉のあたりを切り裂いていた。


「何が見えているの……?その"目"はなんなのよ!!」


「私にもわからないわ。ただオーラのようなものが見えるだけで、特別なものではない」


「オーラ……ま、まさか……"闘気"が見えるの?ありえない……ありえないわ……」 


マーシャは眉を顰めて困惑した。

"闘気"というものを初めて聞いたからだ。


「歴戦の武人が何十年も掛けて、ようやく辿り着けるとされる境地……セカンドですら10年以上、狂ったように戦い続けてようやく見えたと言っていたのに……こんな小娘が……」


「……」


「まさか……まさか……"闘気を目で追ってる"の?」


「ええ。このオーラは、なぜか"あなたより先に動いてる"」


エルヴァンヌの顔は青ざめている。

その返答を聞いた瞬間の脱力感は異常だった。

エルヴァンヌはジレンマが昔、言っていたことを思い出していた。


"闘気はせっかちだ。なぜか先に動きたがる"


闘気は人の体より先に動く。

だから闘気が見える人間は、数秒後の相手の動きがわかるというのだ。


エルヴァンヌの予測不能の転移魔法は完全にマーシャの"開眼"によって封殺されたのだった。


「私の勝ちだ。エルヴァンヌ女卿」


「何者だ……貴様は……」


「私は、この国のシックス・ホルダー、マーシャ・ダイアス」


エルヴァンヌは言葉を失った。

この若さでシックス・ホルダーとは。


マーシャはゆっくりとエルヴァンヌに近寄る。

そのあまりの圧力に、無意識に震えて後退りしていた。


「私が……この私が……負ける……この部屋で……」


「……」


「ありえない!!この私が!!」


エルヴァンヌは発狂し、指を鳴らす体制に入ろうとした瞬間、マーシャはもう目の前にいた。

凄まじいスピードで、左手に持つショートソードをスマートに払い、その腕を斬り落とす。

動作そのままに右の大剣の横斬りで胴体を切り裂いた。


エルヴァンヌの胴体だけ勢いよく暖炉へ吹き飛び、炎に焼かれた。


「うがあああああああ!!」


悲痛のエルヴァンヌは、間も無く絶命した。

無表情のマーシャは、その燃え盛る暖炉の炎を金色に輝く瞳でずっと見ていた。


そして次第に、その瞳は元の色を取り戻していくのだった。

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