監視塔のゼドゥース


土の国 ライラス



クロエはゾルディアの書斎に入った。

あれだけ散らかっていた書斎はもう片付いており、ゾルディアは誇らしげに机の前に立っている。

その表情を見たクロエは少し呆れ顔だった。

構わず、ゾルディアはニヤリと笑い、口を開いた。


「来たね。いよいよ明日だが準備はいいかい?」


「ええ。別に準備するものは無いから大丈夫よ」


クロエがグランド・マリアに入る時は、捕虜として行く。

そのため武器などは持っていけないため、実質、準備するものなどはなかった。


「だが本当に行くのか?君の話しだと、入るのはいいとしても、出られる保証は無いんじゃないのか?」


「そうね。でも……もし"あの男"に勝つことができたのなら、私はまた地上に出られるわね」


ゾルディアはクロエの話を聞いていて、凄まじい執念だと思っていた。

なにせ何年も、その町を探し続け、ようやく手がかりを見つけたはいいものの、入っても出られるかどうかわからない。

それはまさに命懸け、悪く言えば自殺行為に等しいものだ。


「私も行ければいいんだがね。だが、まだこの町は混乱している……今、まだこの町を離れるわけにはいかない」


「無理しなくてもいいわ。それに、あの町では魔法は使えない。ゼドゥースがいるからね」


「ゼドゥース?」


「"見張り塔のゼドゥース"、この男は瘴気を操って町に垂れ流している。アレがいる限り、町では魔法は使えないのよ」


「なんだと……じゃあ魔法使いは町じゃ戦闘できないってことか?」


「そうなるわね。だから私だけで直接、セカンドの首を狙う。そして、あの町を焼き払う」


クロエの作戦では、ゼドゥースという瘴気を操る魔人は無視する予定だ。

逆にゼドゥースと関わってダメージを受け、その状態でジレンマとの戦闘は無謀だと考えていたのだ。


「1人で大丈夫なのか?」


「元々そのつもりだったから。それに"なんの勝機も無く"行くわけじゃない」


ゾルディアは首を傾げた。

クロエの口ぶりからは、何か秘策があるように思える。

そして、それ以上にクロエの決意は堅いことを感じた。

どうあっても、自分の父の仇を討つことだけを考えている。

それが、いかに不可能なことだったとしても。


クロエの真剣な表情を見たゾルディアはため息つき苦笑いした。


「そうか……なら明日、計画通りに」


「ええ。助かるわ」


こうして、クロエは次の朝、グランド・マリアからの使いである、2人の魔法使いに捕縛される形で町に入るのだった。



________________



土の国 グランド・マリア



アルフィスがこの町にいる。

しかも、闘技場で戦闘までしていると聞けば、これを使わない手はないと思った。


「ゼドゥースを倒して、アルフィスを暴れさせるか……」


その混乱に乗じてジレンマの首を狙う。

または、当初の計画通り、あわよくばアルフィスと共闘できれば勝ち目はある。

クロエはそう考えて町の北にある工場地帯を目指した。



瘴気が漂う町を歩くクロエ。

火の魔法で照らされていた町は、それが消え、暗くなっていて外出している者などはいない。

これは、この町の夜にあたる。


暗闇の中、目に見える情報は少ない。

しかしクロエは難なく、そんな町を立ち止まることなく進む。


「このあたりは全く変わってないわね」


クロエはこの町に帰ってくることで、こんな感情になるとは思ってもみなかった。

"懐かしい" そんな感情だ。

住んでいた場所はこの工場地帯周辺だったからだ。


そしてクロエは工場地帯の中央に位置する監視塔に辿り着いた。


円柱状に作られた、その監視塔は高さが30メートルほどある。

中に入ると螺旋階段があり、クロエはその階段を一歩一歩昇るが、次第に瘴気が濃くなるのがわかる。

恐らく"普通の人間"なら具合が悪くなって頂上までは辿り着けないであろうとクロエは思った。


頂上に来ると、大きな門があった。

その門は少しだけ空いており、そこからとてつもない量の瘴気が漏れていた。


そしてクロエが門を開けるため触れた瞬間だった。


「これは、これは……こんなところに客が来るとは珍しい」


男の声だった。

全く覇気を感じない、か細い声。

クロエは警戒心を強め、門を一気に開く。


その部屋はかなり広い。

部屋の奥に一段高く、石が3メートル四方で積まれている。

その上にあぐらで座る黒いローブ姿の男がいた。


その男の肌は川に転がる石のような白さ。

痩せ細った体型に、スキンヘッド。

そして目の下にクマがある垂れ目の男だった。

目の奥に光はなく、それはクロエを見ずに、少しズレた場所を見ていた。


「この気配は知ってる。クロエラの娘だな」


「ゼドゥース……」


「数時間前……町に3つの気配が入った。その後、すぐに2つ消えた。もしやと思ったが、侵入者とは……いつ以来だろうか」


ゼドゥースはニヤリと笑う。

過去を思い出しても、このグランド・マリアへの"招かざる客"は1人しか思い当たらなかった。


「父……以来でしょう?」


「父?ああ、ジョー君のことかな?彼は君の父親ではないだろ?」


「父よ。あの人が、私の唯一の父」


「いや、なんと言おうと、君の父は……」


「それ以上は口にするな!!」


激昂だった。

クロエはそう叫んだ瞬間、ドンと地面を蹴る。

途中フードを脱ぎ捨てると、白いキャミソールと青のホットパンツがあらわになる。

武器は何もないが、クロエには体術があった。


一気に距離を詰めたクロエは、座るゼドゥースの頭を狙い回し蹴りの動作に入る。


その瞬間、部屋に漂っていた瘴気がゼドゥースの"両肩辺り"に集まる。

その瘴気は巨大な腕へ変化した。


左手が振り上げられると、平手打ちのような形でクロエへ襲った。クロエはその衝撃で吹き飛ばされ、壁に激突する。


「がはぁ」


あまりの衝撃に片膝を着くクロエ。

まだ息をしていることにゼドゥースは不思議がる。


「ほう。ならこれでどうかな?」


そう言うと、''瘴気の左手"が拳を作り、クロエを狙ってフックを放つ。

クロエは一瞬にして反応し、バックステップしてそれを回避すると、瘴気の拳は壁に打ち込まれた。


だが、間髪入れず今度は瘴気の右手が拳を作り、クロエへ放たれる。

クロスガードするクロエだったが、その右腕は伸びて、そのまま壁へ激突した。

クロエは"瘴気の右拳"と"壁"に挟まれる形だ。


瘴気で作られた両腕は、元の霧状へ戻る。

クロエはまたも片膝を着くが、呼吸が荒くなっていた。


「まだ息がある? 貴様……まさか……」


うつむくクロエはゆっくりとその頭を上げた。

そして鋭い眼光でゼドゥースを睨む。


その目は"赤黒く"、こめかみには"黒い血管"が浮き出ていた。

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