紫の魔女


土の国 ザッサム



アイン・スペルシアが中央ザッサムを出発しようとしていたのはマーシャに別れを告げてから2日後だった。


あんなことがあった後ではアインも数日は胃痛で動けないだろうと思っていたが、案に相違して復活は早かった。

そうはいっても、やはり痛むことには違いなく、アインは胸を押さえながら宿を出た。


日差しは強かったが、アインの服装は変わらず、魔法学校の制服に黒いマントを羽織る。

フード付きだったが被らずにいた。

眼鏡を掛けて、左腰にはステッキ型の杖を差している。


辺り一面、土色の街並みを名残惜しく見つめ歩くアイン。

マーシャと一緒に回った屋台が並ぶが、それを見るたびに悲しくなった。


「未練がましいよな……」


アインにもわかっていた。

マーシャには"またすぐ会える"なんて言ってしまったが、恐らくもう二度と会えない可能性の方が高い。


通常、結婚となれば家柄が大きい方に嫁ぐ。

スペルシア家とダイアス家だと序列的にはスペルシア家の方が位が高い。

この国に残るマーシャとアインは結婚することはできなかったのだ。


そんな悲壮感を胸に、アインはザッサムの北門を目指した。



____________




アインは北門に辿り着くと、ある重大なことに気づく。


「馬車はどうする……」


マーシャのことで頭がいっぱいで、馬車を用意するどころではなかった。

行きはシリウスに声を掛けられたからよかったものの、そんな偶然は二度は無いだろうと思っていた。


「飛行機でもあればひとっ飛びなんだけどな……」


アインは前世の記憶を呼び起こす。

まだ病気になる前に一度だけ家族旅行で乗ったジェット機を思い出していた。

空を飛ぶ乗り物が、この世界にあるなら、国を行き来するのも楽だろう。


そんな妄想を膨らませるが、自分の安易な考えにため息をつく。

よほどマーシャの件のダメージが大きかったんだろうとアインは思った。


その時だった。

不意にアインは肩を叩かれた。

振り向くと、そこには顔見知りがいた。


「トッド!?」


「アイン!久しぶりだな!」


それは魔法学校時代にずっと、お世話になっていた学友のトッドだった。


「なんでトッドがここに?……まだ長期休みじゃないだろ」


「ああ。親戚の訃報さ。今回は特別に許可をもらったんだ」


「そうか……」


その悲しげな表情を見たトッドは、笑顔でアインの背中をバン!と叩く。


「お前が辛気臭い顔するな!」


「わ、悪い……」


アインとトッドは学校時代のノリのやりとりを、懐かしくなって少しだけ涙目になる。

どちらも、もう会えないものだと思っていたのでなおさらだった。


「それより、マーシャのこと残念だったな……」


「え?トッド、もう知ってるの?」


「ああ。有名だぞ。ダイアス家の呪われた娘がシックス・ホルダーになったって」


その言葉を聞いたアインは眉を顰めた。

トッドはハッとしてすぐに口を開く。


「す、すまない……」


「いや、いいんだ」


「……これからどうするんだ?」


「俺は一旦、実家に帰るよ。親にもこの件は伝えないと」


「そうか……それより、お前、馬車はあるのか?」


「あー。いや、それが……」


アインはトッドの言葉に現実に引き戻された。

トッドには、馬車の用意をするどころではなかったとアインは正直に話した。


「俺が用意しよう。お前には恩がある」


「え?いや、俺の方こそ恩だらけなんだけど……」


「何言ってる、こんな時こそ助け合いだろ?それに俺はお前から色んなことを学んだ。感謝してるんだ」


アインはもう涙がこぼれ落ちそうだった。

前世でもここまで親身になってくれた友人はいなかったからだ。

たった1、2年、一緒にいただけだったが、ここまで信頼関係を築けるとは思ってもみなかった。


そしてトッドはものの三十分ほどで馬車を用意してくれた。

御者はトッドの家に支える若い聖騎士だった。

アインより年上だが背が小さく、黒髪のショートカットで軽装の鎧を纏う。

"ルナ"という名前の新人の聖騎士とのことだった。


アインは馬車の前でトッドと向かい合っていた。

お互い、これが本当の別れになると悟った。


「すまないなトッド」


「気にするな。また会おうアイン」


「ああ」


そう言って2人は握手した。

それは2人にとって、とても長い時間に感じられた。


「そういえば、今、この国で難民の誘拐事件が多発しているらしいから気をつけて帰れよ」


「誘拐事件?」


「ああ。竜血騒ぎに乗じてのことらしい。マーシャはその調査の任務で南のムビルークの方まで行ってるみたいだぞ」


「そ、そうか……」


アインは少し心配だった。

マーシャが任務とは……もし自分も一緒に行けたらと、そう思った。


「マーシャなら心配無いさ」


「そうだな……トッド、本当にありがとう」


「気にするな。またな」


トッドはアインに別れを告げる。

アインは無言で頷き、馬車に乗り込んだ。

そして馬車はセントラルを目指して走り始めた。



____________




馬車の外を見ても相変わらずの砂漠地帯で目が痛くなりそうだった。

聖騎士のルナは、この国の出身とあってか慣れてるようで、ほとんど休まず御者を務めてくれていた。


ザッサムを出発してから数日。

数日経ってもマーシャとの、いろんな思い出がグルグルと頭を回る。


「未練がましいよな……」


わかってはいても何度も口にしてしまう。

アインは、ここまでくると本当にマーシャの事が好きだったんだと思った。


そんな時だった、砂漠をずっと眺めていたアインは妙な色の布がバタバタと風に揺れるのが見えた。

目を細めてじっとそれを見ると、どうやら人が倒れているようだった。


「すいません!止めてください!」


アインはルナにそう言うと、馬車はすぐに止まった。

馬車のドアを開けて降りたアインは、倒れている人のいるところまで走った。


数十メートルは走ったアインは息を切らしながら、倒れている人に近づく。

倒れていたのは紫色のドレスを着た女性。

つばの広い三角帽子を被っていて、ショートカットの銀髪、年齢的には初老の女性だった。


「大丈夫ですか!?」


「う、うう……水……水を……」


アインはその言葉を聞くと、聖騎士のルナに水を持って来させた。

女性を起き上がらせ、水筒を差し出す。

その瞬間、女性はそれを奪い取り、ガブガブと飲み始めた。


「ぷはー!すまないね。いやぁ死ぬかと思ったよ」


「よ、よかったです……」


アインは女性のノリに引き気味だった。

それは明らかに死にそうになっていた人間のテンションでない。


「感謝する。ところで君は何者だい?」


「え?俺はアインです……」


いきなりのことで戸惑って名前を言ってしまったアイン。

だが、その名前を聞いた瞬間、女性は驚いた表情をした後、すぐに悲しいそうな顔になった。


「そうか、君がここにいるということは、あやつは死を選んだか……」


「え?」


「いや、なんでもない。私はマリアという者だ。もし、よかったら私を"マイアス"という町まで送ってもらえないだろうか?」


アインとルナは顔を見合わせた。

別に急ぐ旅でもないので、アインはそれに了承した。


2人で馬車に乗り込み、向かい合って座る。


改めてマリアと名乗った女性の姿を見るが、それは前世、子供の頃に読んだ絵本に出てきた"紫の魔女"にそっくりだとアインは思った。

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