銀の魔人


辺り一面、茶色が強調された砂漠地帯に異様な人型の魔人がたたずむ。


周囲の全ての色を"反射"させる銀色の女性的なボディは見るものが見れば美しさすら感じさせる。


髪も顔もない、160センチほどの小柄な体型だった。

しかし、向かい合うシリウスと、その後方に立って剣を構えている聖騎士達は凄まじ圧を感じていた。


「こんなことが許されるはずはない……」


シリウスが神妙な面持ちで呟く。

その言葉に、笑みを浮かべていたアルフォードは一気に表情を変え無表情となった。


「"許されるはずはない"か……この結果だけを見て過程を判断するのは、よくないと思うけどね」


「どういうことじゃ?」


「彼女は望んでここにいる」


アルフォードがそう言うと、シリウスも聖騎士も困惑した。

一体、何を望んだらこういう結果になるのか理解ができなかったのだ。


「彼女は竜血病だった。僕が見つけた時にはもう始めてたんだ。だから彼女の了承を得てやったことだ」


「なんじゃと……」


「僕は彼女を痛みのない世界へ招いただけだ。この結果だけ見て"悪"だと決めつけるのは気が早すぎると思うけどね」


「了承を得たなぞ、そんなもの証明できんじゃろ」


「確かに証明はできない。逆に無理矢理やったという証明もできない。この話しは時間の無駄だと思うけどね」


「……」


アルフォードの言う通りだった。

これではただの水掛け論でしかない。

真実は過去にあり、それを証明するものは何もなかった。


「痛みを味わうのは力がある者だけでいい。弱者はただ"彼女と同じ世界"にいればいいのさ」


「"痛みのない世界"……貴様が実験とやらを繰り返すのはそのためか?」


「もちろん慈善だけではないさ。嘘を言っても仕方ないから正直に話すが、僕は実験が好きだ。少なくとも趣味もある」


「やはり生かしてはおけんな」


シリウスはこの男と出会った時、少し分かり合えるのではと思った。

だが、今は違う。

このアルフォードという男は人類の敵だと確信した。


「何を言い出すかと思えば……宝具も持たぬのによく吠える。シリウス……今のあなたでは彼女には勝てない」


アルフォードのその言葉に反応するように、ブレアンナと呼ばれた銀の魔人はその場に片膝をついてしゃがみ込んだ。


そして地面に左手をあてると、黒い液体が湧き出してくる。

そのまま左手を持ち上げていくと、ブレアンナの手に黒い剣が構成されていった。


立ち上がったブレアンナの手には真っ黒なショートソードが握られ、その剣からは異様に赤黒い瘴気が放たれていた。


「なんという……おぞましい気配の剣じゃ……」


「ブレアンナ……一瞬で……苦しませるな」


アルフォードがそう言うと、ブレアンナは剣を下に構えて、地面を思いっきり蹴った。

その動きは早く、瞬時にシリウスの目の前に現れる。


ブレアンナは縦一線の斬撃のため剣を振り上げていた。

その時にはシリウスの詠唱はすでに完了し、杖を前に出していた。

ブレアンナが持つ剣にアンチマジックが付与されていることは容易に想像がついたため、シリウスは彼女の右脇腹を狙って魔法を放った。


しかし魔法を放った瞬間、ドン!という音と同時にシリウスの左脇腹に風穴が空く。


「ぐはぁ!!」


ブレアンナは構わず剣を振り下ろし、シリウスの胸から腹にかけてを切り裂いた。

おびただしい血はシリウスの白いローブを真っ赤に染める。

そのまま前に倒れ込むシリウスを後方の聖騎士は唖然として見ていた。


「な、なんだ……今のは……ごほっ……」


「まさか、まだ息があるとは。まぁ最後だから教えてあげるよ。彼女のボディは鋼鉄だが、それだけじゃない」

 

「……う、がはぁ……」


「彼女のボディには"リフレクト・マジック"が仕込んである。魔法をそっくりそのまま跳ね返す。剣にはアンチ・マジック付与の二段構えさ」


吐血するシリウスを見ていた聖騎士達は涙を流して座り込んでしまった。

全員放心状態でもはや戦う気力など残ってはいない。

ただ、この世界で最強の魔法使いの命がここで尽きたことに絶望していたのだ。


「息絶えたか。最強といっても……最後はあっけないものだ……」


そう言うとアルフォードの足元から黒い液体がブクブクと湧き上がり、それがシリウスの元まで伸びる。

そしてそのまま黒い水に沈んでいくように、シリウスの遺体は地面に姿を消してしまった。


「安心するといい。彼の遺体は丁重に葬るさ。強者に敬意を」


同時にブレアンナもドロドロと溶けて黒い液体になって地面に消えていった。


アルフォードは振り向き歩き出す。

後方に立っていた魔法使い2人と向かい合った。


「彼女達を馬車に。グランド・マリアまで連れて行く。客人だ、失礼のないように」


「了解です!ボス!」


「了解です!ボス!」


魔法使い2人はフードで顔は見えないが、ニコリと笑い返答したようだった。


そんなやり取りをしていると、魔法使い2人のさらに後方から馬が走ってくる。

その馬には大きな体格の銀髪の男性が乗っていた。

2人の魔法使いはその男性を見た瞬間、逃げるように、そそくさと聖騎士がいる方へ小走りで移動した。


「なんだ、終わっちまったのか……残念、お前の戦いを見えると思ったのに間に合わなかったな」


「ジレンマか、安心していい。僕は戦ってないよ」


「なんだと?」


ジレンマと呼ばれた銀の長髪、ブラウンのロングコートを着た大男は馬から降りた。


「彼は宝具を持っていなかった。恐らくロスト・フォースの後継者がいる」


「ほう。あの杖にも後継者か……」


「それと、もう一つ問題がある。ダリウスが帰らない」


「マジか……あの坊ちゃんどこで道草食ってる」


「恐らく、聖騎士に捕まったんだろう。ムビルークからそう離れていないジバールにいると見てる。二つ名クラスが関わってる可能性が高いね」


ジレンマはそれを聞くとため息をついた。

アルフォードがこんな話をするということは、"自分に行け"と言っているのと同じだ。


「仕方ねぇな。宝具はしばらくお預けってことか……」


「そうなるね」


笑みをこぼすアルフォードを見て、再びジレンマはため息をつく。

そんな時だった、聖騎士達がいる方に向かった魔法使い2人が、なにやら誰かと揉めている。


アルフォードとジレンマは顔を見合わせると聖騎士達がいる場所へ向かった。


「おい!お前!難民だな!」


「にいちゃん、こいつ絶対そうだよ!」


2人の魔法使いの前には大きな屋根付きの荷馬車がいた。

御者は"少年"で、その表情を見るに、この状況に戸惑っている様子だ。


「な、なんなんですか!あなた達は!」


「ボス!こいつも連れて行きますか!」


「ん?なんか持ってるぞ!」


魔法使いの1人が少年の座る横に置いてあった本を奪った。


「それは、大事な本なんだ!返せ!」


構わず魔法使いは、その本を開いて読むが首を傾げていた。


「なんだこれ、土の魔法の基礎本じゃないか」


「そんなものいらないだろう弟よ。捨ててしまえ」


2人の魔法使いのやり取りに青ざめる少年。

そこにアルフォードが近づき、魔法使いが持っていた本を奪い取った。


「やめないか。ん?これは……懐かしい……」


2人の魔法使いとアルフォードの隣に立ったジレンマが戸惑う。

アルフォードは本の表紙を見ながら笑みを溢していた。


「僕が友達にあげた本だ……あの頃を思い出すね……」


「まさか……そんな偶然あるか?」


ジレンマが小馬鹿にするように、その本を覗き込んでいた。

アルフォードは構わずページを捲る。

そしてハッと何かを思いついたような反応をした瞬間、開いていた本をバッと閉じた。


「ジレンマ、すまないが用事を思い出した。ちょっと火の国まで行ってくるよ」


「はぁ?何しに行くんだよ」


「古い友人に貸したものがあった。それを返しにもらいに行く。この少年もグランド・マリアへ。この本は大事にしなさい」


アルフォードはそう言うと本を少年へ返し、すぐに馬に乗った。

そして、セントラルの方向へ去っていった。


「ほんとにあいつは……」


ジレンマは呆れ顔だった。

アルフォードは思い立ったら即行動で、それまでやっていたことをすぐ忘れる。

組織の皆は、いつもそれに振り回されていた。


「ジレンマ様……荷台の中にも人がいますが……どうしましょう?」


魔法使いが恐る恐るジレンマに話しかけてきた。

その言葉を聞いた御者の少年が感情的になって口を開く。


「師匠に手を出すな!!」


「師匠?……まぁ、なんだっていい。グランド・マリアに2人とも連れていけ。難民は保護する。アルフォードからの指示だ」


「は、はい……」


「俺はダリウスを探しにジバールへ行く。宝具に何かあれば貴様ら殺すからな」


ジレンマの鋭い眼光に2人の魔法使いは息を呑み、さらに震え出す。

そしてその眼光は少年へと向けられる。


「お、お前は……」


少年も震えていた。

だがそれは恐怖の震えではなかった。


「あの時の……」


ジレンマが見るに、その少年の瞳の中には怒りと悲しみが入り混じっていた。

その目を見たジレンマはニヤリと笑い、振り向く。


「いい目をしている……いつかまた俺の前に現れるな」


そう言うと自分が乗ってきた馬の方へ歩くジレンマ。

そして馬にまたがると少年や2人の魔法使いには目もくれず走り去っていった。


その様子をずっと見つめていた少年は記憶が呼び起こされていた。

この時、ジレンマと呼ばれた大男が、自分の村を全滅させた張本人であることを確信した。

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