ゾルディア



土の国 ライラス

ゼビオル家 地下牢



湿った空気が漂う地下牢。

アルフィスとクロエは一つの牢の前にいた。

牢の中にはゼビオル家の元領主・ゾルディアがベッドに座っていた。


「なぜ元領主がこんなところに?」


「"元領主"なんて言わなくてもいい。そんなものもは無いのと一緒だ。今はただのゾルディアさ」


「そのゾルディアさんがなんでこんなところにいるの?」


ゾルディアはニヤリと笑う。


「婚約後、すぐにメイヴの機嫌を損ねたのさ。彼女はいつもニコニコしている男性が好きらしい」


「それがこの町の現状を招いたの?」


「そうなるね」


クロエは一気に怪訝な顔をした。

たったそれだけでこの町はここまで気味の悪い町に変わってしまったのだ。


「彼女は"実験"もかねてると言っていたがね。それ以上に父親の存在が大きいようだ」


「父親?」


「ああ。私が知ってる限りでは少し前に水の国で問題を起こして捕まってしまったと。もう会えないと言っていた」


「問題?どんな問題なの?」


「それは知らない。だがかなり大きい事件を起こしたらしいね。その父親はいつも笑顔で優しくしてくれたとメイヴは話ていたよ」


アルフィスとクロエは首を傾げた。

父親の笑顔が絶えなかったのはいいとしても、それを婚約者や、さらには町の住民にも強要し、従わないとなれば牢獄に閉じ込めてしまうとは明らかに異常だ。


「彼女はどうやって魔人を従わせているの?そもそも魔人はどこから来たのよ」


「君らは"黒い薬"を見たことはあるかい?」


「黒い薬……まさか……」


アルフィスとクロエは驚く。

2人はお互いに痛いほど"黒い薬"についてはよくわかっていた。


「それが原因さ。最初に銀髪の男とフェルトハットの男がこの町に現れて置いていったんだ。薬が足りなかったからちょうどいいと思ったがこんな事態になるとはね」


「その2人はどこから来た!!」


感情的になるアルフィスにゾルディアが驚くが、ゾルディアはそれでも冷静に答えた。


「南の炭鉱町だろう。魔石も多く持って来たからね」


アルフィスとクロエは顔を見合わせる。

銀髪の男とフェルトハットの男となれば、"あの2人"で間違いない。

謎の医者とその護衛をしているジレンマだ。


「メイヴはその後に来たんだ。銀髪の少年と2人でね」


「銀髪の少年?」


アルフィスは首傾げた。

恐らくその銀髪の少年とは面識はない。

2人はまだ銀髪の仲間がいるのかと息を呑む。


「その後、メイヴはこの町に残った。少年はどのかに消えてしまったよ。そして黒い薬を服用していた住民が魔人に変わり始めて騒ぎになり今に至るのさ。だがメイヴが魔人をどうやって従わせているかはわからない」


「なぜメイヴと婚約なんかしたの?」


ゾルディアはその質問を聞いてため息をつく。

そして少し深呼吸しながら答えた。


「顔だよ」


「は?」


「だから顔だよ。美人だったから婚約したんだ」


クロエは一気に呆れ顔になる。

そしてすぐにアルフィスを見た。


「なんだよ」


「いえ、男ってそういうものなのかしら?」


「なんで俺に聞くんだよ」


アルフィスはクロエからの質問に少し考えていた。

確かに男としては綺麗な方がいいが、やはりそれだけで選ぶのはどうかと思っていた。


そしてふとアルフィスはここまで来るまでに出会った"1人の女性"の事を思い出してしまう。

だが恥ずかしくなってすぐ首を振って考えるのをやめた。


「どうしたのよ?」


「な、なんでもねぇよ!!」


ゾルディアはアルフィスの表情を見て微笑んでいた。

そして腕組みをして頷いている。


「てめぇ、そんなわかったような顔で頷いてんだよ!!」


「いやいや。少年よ、恋は悪いものではないよ。若い頃は自分の気持ちに素直になれないことは多いが、それは後悔を招く。自分の気持ちに素直になることをおすすめするよ」


「て、てめぇ……」


偉そうに言っているゾルディアだったが、いまの状況を見たら全く説得力を感じなかった。


そんなやり取りはお構いなしにクロエがゾルディアに向き直る。


「それはいいとして、なぜ彼女が領主なの?」


「それは私が彼女に領主の座を譲ったからだ。それが彼女と婚約する条件だったからね」


「おいおい、それはやり過ぎじゃないか?」


「そんなことはない。強い聖騎士と高い魔力の魔法使いの"子供"。さらには顔もいいとくれば家柄も安泰だろう」


アルフィスとクロエは呆れ気味ではあるが納得はしていた。

この世界において、やはり大事なのは"強さ"で、さらに顔もいいなら次の世代にも影響を及ぼす。

至極真っ当な考え方であることは間違いはない。


「そこまで話してしまってもいいのかしら?私達の目的は別のところにある。メイヴを倒さずにこの町を出ることはできるのよ?交換条件で情報を出した方がよかったんじゃない?」


「いや、いいんだよ。どっちにしろ君たちは彼女を倒さなければならない。でなければこの町は出られない」


「どういうことだ?」


「私が君たちを絶対にこの町から出さないからね」


アルフィスとクロエは驚いた。

ゾルディアの2人を睨む目は本気だった。


「彼女に弱点はあるの?」


「恐らく……彼女の強さの秘密は右腕にある」


「包帯ぐるぐる巻きのか?」


「そうだ。あの腕を切り落とせば勝機あると思われる。もしかしたら魔人を操る秘密も、そこにあるのではないかと思っているんだ。……だが問題もある」


「なんだよ」


「私は彼女のバディだ。彼女が戦うなら私も戦わなければなるまい」


「ならてめぇごとぶちのめすまでだ」


アルフィスは一切迷い無く発言し、握り拳を作ってゾルディアを睨んだ。

もともとゾルディアは魔力が高いと聞いていたので喧嘩できれば好都合と考えていた。


「なるほど。学生時代のアメリアそっくりだ。この町の運命は君に託すとしよう」


「なに?母さんが俺そっくり?何かの間違いだろ?」


「いや、やはり君は彼女の子だ。当時アメリアは気に食わなかったら決闘して力づくで実力をわからせていたからね。あの頃はかなりの戦闘狂だったよ」


アルフィスはその言葉に息を呑んだ。

あんなに優しいアメリアからは想像がつかないほどの過去だ。


「それで、いつメイヴと戦えばいい?ここまで呼んでおいて策がないなんて言わせないわよ」


「策なんて大仰な話しはないよ。メイヴは明日の昼頃に町の広場へ向かう話をしていた。そこで御輿を担ぐ魔人4体を処理してメイヴと私と戦う。もうこれしかない」


「シンプルね……4体の魔人を即座に処理して、さらにそれより強いメイヴと元領主の魔法使いと戦うなんて」


クロエはため息をついた。

言うのは簡単だが、明らかに困難を極める戦いになることは間違いなかった。


「作戦は必要ね……」


「そうだ。あともう一つ」


「なに?」


「この戦いには制限時間がある。魔人は4体だけじゃない。屋敷にあと20体いる。その魔人達が広場に駆けつける前に決着をつけること。でなければ君らの負けだ」


アルフィスとクロエは顔を見合わせた。

今まで経験したことのない状況だった。


だがアルフィスは高揚していた。

強い奴らが一堂に介して喧嘩する。

これほどの状況に胸が高鳴らないわけはなかった。

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