決戦


土の国 ライラス



深夜、屋敷の地下牢獄から宿へ帰って来たアルフィスとクロエ。

リオンは2人の帰還に安堵した。


3人は宿の一室に集まり作戦会議をおこなっているが、皆の表情は険しかった。


「この作戦しかないわね……」


「ああ……」


「これならメイヴの右腕を切り落とせるチャンスがある」


アルフィスはため息をつく。

今までここまで慎重に作戦を立てるということはしたことはない。

いつも行き当たりばったりのアルフィスは少し頭が痛かった。


「ぼ、僕もまさかこんな大役を任されるなんて……」


「私たちには圧倒的に人手が足りない。リオンにも手伝ってもらわなければ成立しないわ」


「町の住民を守るために一回だけ魔法を使うだけだ。大丈夫。できるさ」


リオンの不安はもっともだっだ。

ただの村人で、最近まで奴隷だった者が、最前線で戦いの補助をするなんてあり得ないことだ。


「メイヴがなぜこの町を変えてしまったのかわからないけど、彼女は確実にブラック・ケルベロスと繋がりがある。明日、必ず倒して情報を聞き出す」


「だな。最初の一撃は任せろ」


「……」


アルフィスとクロエは顔を見合わせて頷く。

リオンはステッキ型の魔法具を見つめて手を振るわせていた。


「それにしても、あなた、よく黒い薬のことを知ってたわね」


「ん、ああ。水の国でスペルシア家に黒い薬を売ったやつがいたのさ。それがフェルトハットの男だ」


「なんですって!?」


「スペルシア家の令嬢が魔人化して、それと戦ったんだよ。お前はなんで黒い薬のことを知ってる?」


その質問にクロエは思い詰めた表情をした。


「そりゃ知ってるわよ。私は黒い薬の製造工場で生まれて、そこで育ったからね」


「マジか……」


「私はその場所を探している……ごめんなさい。この話はもうやめましょう」


今までに見たことのないくらいのクロエの暗い表情に言葉を失うアルフィス。

それはリオンも同様だった。


そしてアルフィスはこの話しに、どこか"妙な違和感"を感じていた。

だが、その違和感の正体はこの時にはまだわからなかった。



____________




町の広場には数百人の住民がいた。

皆がニコニコしながら過ごしている。


広場は町の中央に位置し家屋などは無く、円形状で出店などが並ぶ。

自然を基調とした長閑な作りだった。


東西南北に道が繋がっており、北の方に領主の屋敷があった。

アルフィスとクロエ、リオンの3人は広場の中央にいた。


住民の1人が北の方から声を荒げながら走ってきた。


「メイヴ様だ!!メイヴ様が来られる!!」


住民達の顔は真っ青になり、皆が横一列に向かい合って並び花道を作る。

そして片膝をつき俯いた。

それはアルフィス達が最初に見た光景と全く一緒だった。


アルフィス達も同じように並び、地面に片膝をつく。


そして御輿を担ぐようにして4体の魔人が瘴気を漂わせながら、メイヴの乗る台を持ち歩いてくる。

その後ろには鎖で繋がれたゾルディアもいた。


「作戦通り、奴が通り過ぎたら魔法を」


「わかってるよ」


クロエが小声でアルフィスに指示を出す。

リオンも言葉に出さずに何度か頷く。


そしてメイヴがアルフィス達の前を通り過ぎようとした瞬間だった。

いきなり3人の前で魔人が止まったのだ。


3人は驚くが、俯いたまま顔を上げなかった。


「客人よ……君らのこの後取る行動はわかってるよ」


「……!!」


アルフィス達は冷や汗をかき始めた。

まさか作戦のことが漏れていた。

ゾルディアが裏切ったと考えるのが筋だった。


アルフィスが横目で鎖で繋がれたゾルディアを睨む。

だがゾルディアも驚いた表情でメイヴを見ていた。


「拳の男が魔法を使って上空へ、そして私目掛けて落ちる、同時に少年が土の魔法で住民を囲い守る」


「……なぜ……バレてる」


「ふふ。そして拳の男の攻撃で舞い上がった土埃で視界が遮られたところで私の右腕を狙って聖騎士が切り掛かる……まさか魔人を後処理の作戦とはね。面白い」


ゾルディアはメイヴの発言に息を呑む。

明らかに想定外のことが目の前で起きていた。


「なぜ?バレてるかって?なにせ私はだからね。少し先だが未来は見える。この後の展開は手に取るようにわかるのさ」


「そんな……」


クロエも混乱していた。

まさか相手は未来がわかる敵だった。

こんな人間にどうやって立ち向かうのか、もはやうつ手がないと思われた。


「そうか……それなら逆に好都合だ……」


「なんだと?」


アルフィスは俯きながらもニヤリと笑う。

メイヴは目を細めてアルフィスを見るが、なぜそんな発言をするのか困惑していた。


「風の王から聞いた……魔女は無属性魔法を使える。それは脅威だが、俺にとってもっと嫌なものがある」


「なんだと?」


「無属性魔法とエンブレムは共存できない。つまり、お前は俺の魔法を打ち消せない。俺の魔法を解除する術がないってことだな。だから魔人を連れてるのか」


アルフィスはそう言うとメイヴを見上げて鋭い眼光で睨んだ。


「クロエ!作戦に変更は無い!複合魔法!!」


その瞬間、アルフィスはその場から消えた。

そしてリオンも腰に差したステッキを抜く。


「土よ!!我を守る盾となれ!!」


リオンの詠唱が完了すると、5メートルはある土壁が出現し両サイドにいた住民を覆った。


メイヴは頭上を見ると、予測通りにアルフィスは上空におり、そのままメイヴ目掛けて猛スピードで落下し右ストレートを叩き込んだ。


ズドン!という轟音と共にメイヴが乗っていた台ごと粉砕し、アルフィスは地面に拳を打ちつけていた。

その衝撃は凄まじく、地面は四方八方に割れ、魔人達も耐えられず吹き飛ばされてしまった。


アルフィスの攻撃から住民を守った土壁が消えると、住民達は涙目で広場から一目散に逃げていく。


一方、メイヴは後方に飛んでおり、ゾルディアより後ろにいた。

ゾルディアは舞い上がる土埃に、たまらず腕で顔を覆った。


「その包帯はミスリード!あなたはただの人間ね!」


そう言って土埃が舞う中、横から猛ダッシュでクロエがメイヴ近づいた。

背負うショートソードを一気に引き抜き、縦一線のジャンプ斬りを放つ。


しゃがみ込むメイヴはクロエを認識するとニヤリと笑い、左に持つ長剣を鞘から引き抜いた。


クロエのショートソードを長剣で防ぐメイヴ。

相変わらず笑みは絶やさなかった。


「何がおかしい」


「包帯がミスリード?逆とは考えなかったかい?」


「なんだと?」


クロエがショートソードを持つ手に力を入れ、しゃがみ込むメイヴの長剣を押し込む。

するとメイヴの右手の包帯が少し外れた。

その包帯の下には黒いアザのようなものが見えた。

そのアザを見たクロエは驚愕する。


「ま、まさか……」


「純粋だねぇ……私は魔女じゃないよ」


「貴様……魔人か!!」


クロエの叫び声と同時にメイヴの体からドス黒い瘴気が巻き起こる。

クロエはその瘴気に数メートル吹き飛ばされ土埃の中に消えた。

そしてメイヴは立ち上がると、右腕に巻かれた包帯が解かれ地面に落ちる。


その腕のは指先から肩まで真っ黒で、およそ人間の腕とは程遠い禍々しさだった。


「まさか私の脅しに屈せず、躊躇もせずに攻撃するとは……流石は噂に名高い"魔拳"だな」


「そりゃどうも」


土埃が上がる中からアルフィスは現れた。

アルフィスは吹き飛ばされたクロエを受け止めていたのだ。

そしてメイヴの数メートル先に向かい合って立つ。

メイヴの後ろには首に鎖が巻かれたゾルディアがいた。


「君らは魔人のことを気にしているようだが、奴らにこの戦いは邪魔させんよ。こんなに血湧き肉躍る戦いは久しぶりだからな」


「そうしてもらえると助かるね。気兼ねなくテメェらをぶちのめせる」


アルフィスの眼光は凄まじいものだった。

その瞳を見たメイヴは身震いし、ゾルディアは絶句する。


明らかにそこにいるのは"魔人殺し"だった。

メイヴとゾルディアはその眼光を見て魔女でなくても自分たちの未来が少しわかった気がした。

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