ライラスへ


土の国 



日中の炎天下、どこまでも広がる砂漠地帯に一本の岩の道が続く。

アルフィス、リオン、クロエの3人はブラック・ケルベロスの情報を得るためライラスという町を目指していた。


荷馬車の御者を務めるリオンは涼しい顔で馬の手綱を握る。

荷台に乗るクロエもこの暑さに慣れているのか、何食わぬ顔で剣を磨いている。

一方、クロエの向かいに座るアルフィスは俯いたまま動けずにいた。


「お前ら……暑くねぇのかよ……」


「いえ、別に」


「僕も大丈夫です!」


冷背沈着なクロエと元気いっぱいのリオンに言葉を失うアルフィス。

土の国に来て一週間以上経つが、いまだに暑さには慣れなかった。


「そういえば、あなたはなぜ火の王に挑もうとしているの?」


「ん?」


クロエは剣を磨きながら質問する。

リオンも気になるのか聞き耳を立てていた。


「強いやつと戦いたいからに決まってるだろうが」


「はぁ?それだけ?王になりたいから挑むんでしょう普通」


「興味ねぇよそんなの」


その発言を聞いたクロエは剣を磨くのをやめ、そして眉を顰めてアルフィスを見る。


「結果よりも行動してる時が楽しいっつうか……勝ち負けはともかく戦ってる時が一番楽しいのさ。相手が強けりゃ強いほどな」


「……」


「だからって負けるつもりはねぇぜ。俺は火の王を倒す」


この言葉にクロエはアルフィスが本気で火の王に挑もうとしていることがわかった。

さらに世界最強と言われる火の王に勝とうとしていることに驚く。


「あなた、やっぱり父が言ってた人間に似てるわね」


「どういうことだ?」


「父が昔一緒に戦った戦友の話をしてくれた。その戦友の思考そっくりだわ」


アルフィスは首を傾げた。

土の国には友達はいないし、クロエと父親となれば年上だろう。

アルフィスには年上の戦友なんていない。


「その戦友の名前は?」


「それは……かなり昔に一度だけ聞いて覚えてないわ。もしかしたらもう一度聞けば思い出すかもと思ってる」


「ふーん。お前の親父の名前は?」


「父の名前?父はオルタイム・クロエラ」


「知らんな」


「そう……でしょうね」


クロエは大きくため息をついた。

もしかしたらと思ったが、クロエはそもそも"アルフィス"という名前には全く聞き覚えがなかった。

父が言っていた戦友の名前ではない。


「それにしても、なんでお前の親父はブラック・ケルベロスと関わりがあるんだ?」


「父は私の母をブラック・ケルベロスから救ったのよ。それで父もケルベロスもお互いを狙う形になった」


「なるほどな……しかしお前の親父は何者なんだよ」


「私の父は母が召喚した異世界人よ」


「なに!?」


アルフィスの衝撃は凄まじいものだった。

確かに水の国でジレンマと戦った時、ジレンマの戦闘方法は異世界から来た人間の戦い方だと言っていたようだったが、こんな形で繋がるとは予想もしなかった。


「そうか……ジレンマが言ってたのはクロエの親父だったのか」


「母から聞いた話しだと一度母は父を組織から逃した。そしてその一年後に母を組織から連れ出してくれたと。父はその一年でこの世界での戦い方をマスターしたと言っていた。たった1人でね」


「マジか……」


アルフィスは驚く。

この世界に来て誰からも教わることなく、あの戦闘方法に辿り着くとは尋常ではない。

明らかに戦闘の天才だろう。


「私の剣術も体術も全て父から教わった。父はあらゆる戦い方を知ってたから。そしてあなたの戦い方も」


「俺の戦い方?」


「ええ。拳を使った戦い方よ。あなたの戦い方は父そっくり。どこで習ったの?」


「お、俺のは我流だ……」


冷や汗をかくアルフィス。

最初から自分の体で来ているならともかく、こちらの世界の人間であるアルフィス・ハートルとして存在している。

風の国でガウロに対してはやむなく明かしたが、説明が面倒になりそうだったので事実は言わなかった。


「まぁいい。あと一つ、亡くなる前に父が言ってたことがある」


「なんだ?」


「"もし俺と同じ戦い方をするやつが現れたら全力で助けてやれ"と」


「なんだそりゃ……」


不思議な話しだった。

この話を聞くと、この近接格闘スタイルの魔法使いが現れることが最初からわかっていたごとくだ。


「その後すぐに父はその男の名前も言ったけど覚えてない」


アルフィスは考えていた。

この話に出てきたクロエの父・オルタイムは異世界人だと思われるが、名前からして日本人ではない。

アルフィスに海外の友達はいないし、ましてや戦友となればなおさらだった。

だが拳を使った戦い方をする魔法使いなんてアルフィスしか存在しないのも事実だった。


「だが、恐らく俺じゃねぇな」


「でしょうね。……でも父は"俺と同じ戦い方をするやつ"と言っていた。もしセカンドを倒すことができたなら、私はあなたを必ず助けるわ。父が言っていた戦友があなたでなかったとしてもね」


「そうか……そうしてもらえると助かる」


アルフィスはクロエの父に感謝したかった。

どこの世界のどんな人間かは知らないが、もし出会っていたなら友達になっていただろうと思った。



____________




アルフィス達、3人はライラスに到着した。

到着したのは夕刻で今にも陽が沈みそうな頃だった。


荷馬車がライラスまで数百メートルとなったあたりで、荷台に乗るクロエが首を傾げた。


「……ん?何かおかしい」


その言葉に反応したアルフィスもライラスを見るが変わったところはない。

町の周りには大きな壁が現在作られているようで町の人間も外で作業していて、魔物に襲われているわけでもなかった。


「どこがおかしいんだよ」


「ここには久しぶりに来たけど、あんな壁は無かった」


「魔物を警戒して作ってるんじゃないのか?」


「ここは中央のザッサムからそう離れていない。竜血の影響もあまりなかった町よ。あんな高い壁は必要ないはずだけど……」


クロエの緊張感がアルフィスとリオンにも伝わっていた。

荷馬車はゆっくりと町の門へと辿り着きそうだった。


外で壁の積み上げ作業をおこなっていた男性がこちらに気づく。

その男性が目を凝らすようにこちらを見た。


「お、お前、リオンか!?」


「ルドルフおじさん?」


それはリオンの知り合いのようだった。

荷台に乗るアルフィスとクロエが顔を見合わせる。


「リオン!!今すぐここから離れるんだ!!」


「ど、どういうことだよ、おじさん!」


その常軌を逸した発言にただ事ではないことを感じた3人は息を呑む。


するとその瞬間、蛇のような細い砂の糸がルドルフの首に巻きついた。


「がは……あ」


ルドルフはそのまま後方に引っ張られ、凄まじいスピードで町の中へ引きずられていった。


「おじさん!!」


「なんだ、今のは!?」


「土の魔法!?」


3人が唖然とする中、町の入り口から2人の貴族らしき人間がニコニコしながら歩いて出てきた。

1人は細身で白髪の初老の男性。

もう1人は黒髪で若い男性だった。

どちらも上等な貴族服を着ている。


「これはこれは申し訳ない。旅の方にとんだ失礼を……」


「今のやつはどこへ行った?」


アルフィスは荷馬車から降りると初老の男の前に立ち睨む。

それでも2人は笑顔でアルフィスを見ていた。 


「客人に無礼があった時は自宅謹慎です。流石にそんな人間には外の仕事はさせられませんから」


「だけどあんな扱い!!これじゃまるで奴隷じゃないか!!」


リオンが馬車から降りて声を荒げる。

それを見たクロエも荷台から降りてすぐにリオンを止めた。


「今のここの領主は誰だ?前と変わってないだろう」


「いえいえ、変わりましたよ。数ヶ月前にね」


「なんだと?」


クロエは白髪の男性の言葉に驚く。

たった数ヶ月前に領主が変わった途端、大きい壁を作り、さらに住民にここまで酷い扱いをするように変わったのだ。

クロエは不機嫌そうに眉を顰めた。


「今の領主は聖騎士メイヴ様です」


「聖騎士が領主?どうなってんだ」


「立ち話もなんですから、どうぞ町の中へ。宿に案内しますよ」


ニコニコしながらアルフィス達に町に入るように促す初老の男性。

変わらず黒髪の若い男性も笑顔を崩さない。


アルフィスとクロエは顔を見合わせる。


「ああ。私達は疲れてる。今日は早く休みたい」


「そうだな。リオン、荷馬車に乗るんだ。宿までこれで行く」


「そんな……」


顔が真っ青なリオンを尻目に馬車に乗り込むアルフィスとクロエ。

俯きながらもリオンも乗り込み、馬の手綱を握る。


そしてゆっくり荷馬車は"聖騎士メイヴ"が領主を務めるライラスへと入って行くのだった。

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