別れ
土の国 中央 ザッサム
アインはアルフォードという男性から助言をもらい、マーシャと別れた高台へ向かった。
満天の星の下、アインは高台に到着した。
暗闇で光さえない場所をアインは見回し、マーシャを探すが結局見つからなかった。
「やっぱり……帰っちゃうよなぁ」
アインは自分の不甲斐なさを恥じていた。
だが、これで終わったらアルフォードの言う通り後悔だけ残ってしまう。
さすがに今からダイアス家に行くわけにもいかず、アインは次の日の早朝にマーシャを尋ねる事を決意し、宿へ一旦戻るのだった。
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アインがこの世界に来たのは"アイン"として生まれた瞬間だった。
それまで日本という国で暮らしていたが、持病の影響で引きこもりになっていた。
誰も関わる事がなく、人の目だけを気にしてきた人生。
小さい頃は運動や勉強はそれなりにできたし、女子にも密かにモテていた。
だが一度、世間から遠のくと世間との距離感がわからなくなって不安になる。
そんな時、気づくと転生を遂げていた。
アインはこの世界でいろいろな物に触れる中、自分の弱さと向き合うことができ、そして成長していった。
特にアインがこの世界最も成長したと思うことはマーシャとの決闘だった。
勝利は不可能だと言われた聖騎士との戦いに勝ったことでアインは大きく成長できた気がした。
だがこの時アインは勝ち負けの問題ではないと思った。
逃げずに立ち向かおうと決意し、緊張しながらもマーシャに手紙を書いた時からアイン自身は成長を感じていた。
アルフォードという男性の言う通り"結果"よりも"過程"が自分を成長させてくれたのだと思った。
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アインは久しぶりに昔の夢を見たような気がした。
内容はイマイチ覚えてはいなかったが、間違いなく前世の記憶だった。
宿の部屋、眠気まなこを擦りベッドからゆっくり状態を起こすアイン。
窓の外を見るともう明るくなっていた。
「朝か……ん?」
アインが窓の外の明るさをメガネを掛けずに目を細めて凝視する。
その太陽の位置からすると、完全にそれは夕日だった。
「ま、まさか……寝過ごした……」
アインはあまりの疲れからか寝坊した。
顔が真っ青になり、変な汗をかき始めたアインは急いで服を着る。
そして黒いローブを身につけ、メガネを掛け、ステッキ型の杖を腰に差し、髪を整えぬまま宿を出た。
アインは猛スピードでダイアス家へ向かうのだった。
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アインがダイアス家の門前に到着すると、屋敷のあたりが物々しい雰囲気なことに気づく。
聖騎士が数人とローブを着た魔法使いが1人、見慣れない大男が屋敷の前にいた。
「な、なんだ?何かあったのか?」
アインが恐る恐る屋敷に近寄ると、その中にいた魔法使いが振り向く。
それはアインも知っている人物だった。
「リ、リーゼ王!?なぜここに?」
「おお、アイン・スペルシア。お久しぶりですね」
リーゼは驚くが、すぐに笑顔になりアインを見る。
大男も振り向くとアインを見てニヤリと笑った。
「スペルシア家か。噂は聞いてる」
「は、はぁ……あなたは……」
「こちらはカイン。土の国の王ですよ」
リーゼはニコニコしながらカインを紹介したが、アインは状況が飲み込めず言葉を失う。
なぜ王が2人もここにいるのか検討もつかなかった。
だがアインが周りの聖騎士を見ると、その聖騎士達はシリウスに同行していた女騎士であることに気づく。
アインはシリウスが持ってきていた"大事な物"がダイアス家に関係しているのではないかと思った。
そんなやりとりをしていると屋敷のドアが開いた。
出てきたのはマーシャの母のイザベラだった。
「ダメだ……部屋から出てこない」
イザベラが思い詰めた様子で王2人に語る。
リーゼとカインは顔を見合わせて眉を顰めた。
「何かあったのでしょうか?」
「わかりません。昨日夜帰ってきてから様子がおかしかったのです」
イザベラも困惑していた。
全く状況が掴めないアインは勇気を出して口を開く。
「あ、あのどいう状況なのでしょうか?」
「ん?マーシャから聞いてないのか?彼女はシックス・ホルダーになったんだ」
アインの言葉にカインが答えるが、その衝撃的な発言に絶句した。
「今、宝具を持ってきたのですが、なぜかマーシャさんが私達に会いたくないそうで……」
リーゼがため息混じりに語る。
アインは昨日の出来事を思い出した。
"旅には一緒に行けない"
そうマーシャは言っていた。
確かにこの国のシックス・ホルダーになるということはダイアス家の当主として国を守らねばならない立場になる。
セントラルのシックス・ホルダーとは違い、それぞれの国のシックス・ホルダーはよほどのことがないかぎり他国へ行くことはできない。
「そういうことか……」
アインは納得していた。
マーシャの言う"旅には行けない"というのはこういうことだったのかと。
「あの、俺がマーシャと会ってはダメでしょうか?」
突然の提案に場にいた皆がアインを見た。
それに一気に緊張感が増したアインだったが、後悔だけはしたくないと一歩前に出る。
リーゼとカイン、イザベラは顔を見合わせて頷く。
そしてアインはイザベラに案内されマーシャの部屋へ向かった。
イザベラを先頭にアインがその後ろに続き廊下を歩く。
アインは肖像画そっくりのイザベラの雰囲気に息を呑んだ。
「アイン・スペルシア」
「は、はい!」
いきなり話しかけられたアインは緊張のあまり声が裏返る。
だがお構いなしにイザベラは続けた。
「私は君に感謝している。マーシャに寄り添ってくれて。君がいなかったら恐らくダイアス家は私で終わっていただろう」
「い、いえ、俺の方こそマーシャには助けられました」
アインがそう言うとイザベラは少し沈黙した。
廊下には2人の足音だけが響き渡っていた。
イザベラがある部屋の前で立ち止まった。
そこがマーシャの部屋なのだろうとアインは思った。
「アイン・スペルシア。娘がシックス・ホルダーになることは親しては嬉しいが複雑でもある。私はマーシャに幸せになってもらいたい。それは君と歩む未来にあると思っていた」
「……」
「だが、これは運命なのだろう……」
「そうかもしれませんね……でもマーシャは強いです。俺がいなくても大丈夫ですよ」
アインが笑顔でそう言うと、その表情を見たイザベラは目を閉じで深呼吸した。
そしてアインの肩に少し手を触れその場から立ち去った。
アインも大きく深呼吸すると、マーシャの部屋のドアをノックする。
「マーシャ、アインだ。入ってもいいかい?」
「アインさん!?……はい」
アインはマーシャの了承を得てドアノブを回してゆっくりドアを開ける。
部屋の隅にベッドがあり、中央には小さいテーブルがあった。
テーブルには2つの椅子が向かい合うようにして置いてある。
その1つの椅子にマーシャは腰掛けて俯いていた。
アインはマーシャが座る椅子の向かい側に座った。
「マーシャ……昨日はごめん……」
「いえ、私が約束を破ってしまったのが悪いんです……」
マーシャは涙を流していた。
アインはそれを見て心が痛んだ。
自分さえいなければこんなことにはならなかったとさえ思っていた。
「私は二つ名を放棄します……そしてアインさんと旅に……」
「いや、その必要はないよ」
間髪入れずにアインが割って入る。
マーシャはアインにしては珍しいと感じた。
「俺は1人で旅をすることにした。マーシャはシックス・ホルダーとしてこの国を守るんだ」
「アインさん……」
「この国だけじゃない。ダイアス家もこれで安泰なんだ。俺がいれば邪魔なだけだ」
「そんなことはないです!私は……私はアインさんと一緒に……!」
アインはマーシャの言葉を聞き終わる前に椅子から立ち上がった。
そしてアインは無言でマーシャに対して首を横に振る。
「マーシャ。お別れだ。でも……」
「……」
「もしマーシャを傷つけるようなやつが現れたら、俺は必ず駆けつける」
マーシャはその言葉にさらに号泣した。
アインはズボンのポケットからハンカチを取り出してマーシャが座る椅子の前にしゃがみこんだ。
「二度と会えないってわけじゃないさ。またすぐ会える」
「アインさん……」
アインは笑顔でマーシャにハンカチを手渡すと立ち上がり、ドアの方へ向かう。
そしてドアを開けマーシャの部屋を後にした。
アインはマーシャの部屋のドアに背をつける。
部屋からはマーシャの泣き声がずっと聞こえてきていた。
アインはその声に胸を締め付けられる。
「マーシャ……俺は君が好きだ」
アインが今日、伝えたかった言葉。
その言葉を小声で呟くと涙が頬を伝う。
これを言ってしまえばマーシャは必ずシックス・ホルダーを放棄してしまう。
アインはマーシャが"アイン1人の存在"というよりも"この国の多くの民の希望"になって欲しいと思ったのだ。
アインは涙を袖で拭うと、屋敷の玄関に向かった。
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