過程と結果
土の国 中央ザッサム
アインは東門を抜けてザッサムの中央部へ一人歩いていた。
目的はダイアス家へ赴き、マーシャに会うこと。
さらにマーシャの母親のイザベラに挨拶するという重大な任務もあった。
「引きこもりの、ただのオタクだった俺が女の子を迎えに家まで行くなんて……さらにマーシャの親にまで挨拶するとは……」
ザッサムに着くまではさほど緊張はしていなかったが、マーシャの家が近づくにつれてアインの心臓の音は周りに聞こえそうなほど高鳴っていた。
対抗戦後、それぞれ実家に帰る前にアインとマーシャはある約束をしていた。
それは"二人っきりで旅"をすることだった。
アインの妹のサーシャはアルフィスのおかげで助かった。
そのことによって無理にサーシャに黒い薬を処方した医者を探す必要は無くなっていたからだ。
アインは心の中でアルフィスに感謝しつつ、マーシャの家へ向かうのだった。
____________
ダイアス家の屋敷前に到着したアインは緊張が頂点に達していた。
久しぶりの胃痛を感じる中、屋敷のドアの前に立つとダイアス家の執事が出てくる。
「アイン様でいらっしゃいますね。応接間へご案内致します」
「は、はい」
アインは執事に案内され広い応接間に通された。
広い空間に四角く長いテーブルがあり、向かい合うようにして椅子が数十は置いてある。
他にも低いテーブルがあり、そこには二人掛けのソファが向かい合って置いてあった。
執事はアインにソファへ座るように促し、部屋を後にした。
アインは緊張を晴らそうとあたりを見回すと、壁に掛けてあるマーシャの母親らしき肖像画を見つける。
「あ、あれがマーシャのお母さん……かな?」
そこにはベリーショートで金髪、キリッとした顔立ちに鎧を身に纏った凛々しい姿が描かれていたが、アインはその肖像画を見て息を呑んだ。
「あの絵と同じ人が目の前に現れたら……」
アインは緊張感を晴らすどころか、より一層緊張し始めた。
その絵からは明らかに厳格なオーラが放たれており、自分の父を彷彿とさせた。
アインが肖像画を凝視していると部屋のドアが開いた。
ビクッと飛び跳ねるように驚くアインは、ソファから立ち上がる。
「アインさん!」
応接間に入ってきたのはマーシャだった。
アインは胸を撫で下ろし笑顔になる。
マーシャは白いワンピースを着ていた。
アインは初めて見るマーシャの私服に少しドキドキしていた。
「マーシャ。久しぶりだね!」
アインの言葉に笑みを溢すマーシャ。
マーシャはそのままアインが立つソファ近くまで来た。
「あれ?マーシャのお母様は……?」
「え、ああ……今出かけていないんです」
「へ、へー。そうなんだ」
アインの安堵感は異常だった。
さすがに肖像画と同じような女性が目の前に現れたら気が気ではいられないだろうと思ったのだ。
「そうだ、いつ頃出発しようか?俺はいつでも構わないけど……」
「は、はい……そうですね……」
アインの言葉に途端に表情を暗くした。
アインは何かマズイことでも言ったのかと心配になっていった。
「アインさん、少しお散歩しましょう!ザッサムを案内します!」
「え?うん。ありがとう」
アインはマーシャに笑顔が戻ったことで安心していた。
二人は屋敷を出てザッサムの町へと向かった。
____________
アインはマーシャに連れられザッサムの町を堪能した。
色々な観光名所を巡ったり、美味しいものを食べたりと、それは完全に恋人同士のデートだった。
アインは時間を忘れるほど楽しみ、もう夕刻となる頃にまでなっていた。
そしてザッサムの町を一望できる高台に来た二人は、近くにあるベンチに座った。
「いやぁ、なんか久しぶりに楽しかったな」
「それは……よかったです……」
喜ぶアインの表情を見たマーシャはすぐに俯く。
アインは困惑して首を傾げた。
「マーシャ……何かあったの?」
「行けないんです……」
「え?」
アインは状況が飲み込めていない。
"行けない"とはどういう意味なのか、理解が追いついていなかった。
「旅には行けないんです……」
「え?……どうして?」
「……」
マーシャは俯いたまま、アインを見ようとしなかった。
その目には少し涙を溜めていた。
「そ、そうだよね……俺なんかと旅なんて……」
そう言ってアインは苦笑いした。
もう胸は張り裂けそうなくらい痛かった。
「そうじゃないんです!」
マーシャは涙を流しながらアインを見た。
だがアインは何かを決意したようにベンチから立ち上がる。
「マーシャ、いいんだよ。俺が先走ってただけなんだ」
「アインさん……違うんです……」
涙を流すマーシャをアインは直視できなかった。
そしてアインはマーシャに背を向け走り出す。
「アインさん!!」
アインは一刻も早くこの場からいなくなりたかった。
いろんなことを期待してここまで来たことが馬鹿らしくなっていた。
もしかしたらマーシャと一緒に幸せに暮らせるかもしれない……そう考えていた自分を殴りたかった。
アインはどこを走っているのかもわからないくらいだった。
ある暗い路地を曲がった瞬間、人とぶつかってしまい、アインは後ろへ倒れて尻をついた。
「す、すいません……」
「いやいや、こちらこそ前を見ていなかったね。申し訳ない」
そう言うと、その男性は手を差し伸べた。
アインはその手を握ると男性は力よくアインを引き、一気に立ち上がらせた。
「ん?今のが痛かったのかい?涙を流しているようだが」
「い、いえ……俺は……」
アインは男性の穏やかで優しい声に耐えられず号泣していた。
男性はニコリと笑い、ロングコートの懐をゴソゴソと探るとハンカチを取り出した。
「何かあったようだね。僕でよければ話を聞くよ」
アインと男性は暗く人通りが全く無い路地に二人で並んで座り込んだ。
もう辺りは暗くなっていて男性の姿はよく見えず、アインは"ロングコートを着た男性"としか認識できなかった。
アインは自分でも不思議だったが、隣の男性は見ず知らずの人間なのにも関わらず先程の状況を説明していた。
「なるほど……僕が言えることは"感情で先走るとろくなことにならない"ってことかな」
「感情……ですか?」
「ああ。僕も昔に経験あるよ。バディに裏切られたと思って感情的になって先走って失敗したことがあるんだ」
「そ、その後どうしたんですか?」
「どうもしない。もうそれから彼女とは会ってないからね。でも君はまだ間に合うよ。"なぜ君のバディは一緒に行けないのか"その理由を聞いてあげた方がいい。でないとお互い後悔することになる」
アインはその言葉を聞いて考えていた。
確かにどんな理由にせよ、しっかり今の状況に向き合わなかったら後悔してしてしまう。
「僕はね。"過程"の中にこそ成長があると思ってるんだ」
「……」
「僕は実験が大好きなんだ。最近も大きい実験をしたんだが失敗しちゃってね。これがまた10年以上もかけた壮大な実験だったんだけど。まぁ"過程"は楽しかったけどね」
そう言って男性は笑みをこぼした。
アインは10年という時間の長さを考えても、笑い事ではないと思った。
「僕が思うに、この世界で最も大事なのは"結果"よりも"過程"が人を成長させるということ」
「過程……?」
「そう。この世界の大半の人間は強さは完結しているものだと思ってる。彼らにとっての強さは生まれた時からずっと"結果"として完結しているのさ。だがそれは違う。ほとんどの人間は今"過程"の中にいる。それに気づいている者は少ない」
「……」
「君もその一人さ。まだ"結果"に辿り着いていないにも関わらず、起こったこと、失敗したことを"結果"だと決めつけて諦めてはダメだ。"大いなる過程"の中にこそ"大なる成長"がある。もう日が暮れる。彼女の所へすぐに戻るんだ」
アインは確かにこれは"結果"ではないと感じた。
感情で行動したことで過程と結果を見誤っていたのかもしれないとアインは思った。
アインはこの男性の言葉を聞いて、マーシャの元に戻ることを決意して立ち上がった。
もう日が暮れ、空には月が出ていた。
「ありがとうございます!俺、マーシャともう一度会ってきます!」
男性はアインの吹っ切れた表情を見てニコリと笑い、アイン同様に立ち上がった。
「そうだね。君ならいい結果に辿り着けるさ」
笑顔でそう語る男性は背を向けて歩き出す。
その男性をアインは不意に呼び止めていた。
「あ、あの!俺アインっていいます!お名前は?」
アインの言葉に振り向く男性は建物の間から差し込む月明かりで、ようやく姿が見えた。
それは長い銀色の髪を後ろで結い、黒いロングコードの細身の男性で、顔は痩けており血色が悪かった。
「ああ、僕かい?僕はアルフォード・アルヴァリア。みんなは"アル"って呼ぶ」
「アルさん!ありがとうございました」
「いいんだよ。がんばって」
「はい!」
アインは頭を下げると高台の方へ走り出す。
アルフォードと名乗った男は満面の笑みでアインを見送った。
「アイン……アイン・スペルシアか……スペルシア家の実験も失敗してたね。風の国の件もそうだが、まさか"予言の男"の出現と僕の実験が重なるとは……不幸……いやこれは幸運と言うべきだね」
アルフォードはニヤリと笑いロングコードのポケットに手を入れ歩き出した。
そして一人、闇に消えていった。
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