クロエ(2)


アルフィスとリオンは中央ザッサムに向かうため、経由する最初の村に到着していた。


そこでは村が竜血によって壊滅しており、広場でアルフィスは魔人と戦闘になってしまう。

さらに聖騎士と思われる女性、クロエ・クロエラとの戦闘を余儀なくされた。


アルフィスは"クロエ"という名前には聞き覚えがあったが、アルフィスの静止も虚しく、この聖騎士と対峙するのだった。



________________



夕刻、日も落ちかける中、アルフィスとクロエの戦闘は再び開始されようとしていた。


猛スピードでアルフィスへ向かうクロエは背中に背負うショートソードに左手をかけた。

それを一気に抜き、縦一線の斬撃をアルフィスに放った。


「クソ!待てって言ってるだろうが!」


アルフィスはそう言いつつ、それを左のショートアッパーで弾きクロエを仰け反らせる。

そこから一歩前へ踏み込み、右のボディブローを狙った。


完全にクロエの左脇腹を捉えていた右拳だったが、すぐさまクロエはその拳を左蹴り上げで弾いた。


今度はアルフィスが仰け反り、クロエはそのまま後方へバク転する。

クロエは着地した瞬間、前へダッシュし、ショートソードをアルフィスの胸目掛けて突いた。


だが、アルフィスは蹴りで弾かれた勢いのまま全身の力を抜いて地面に倒れ込む。


「なにぃ!?」


驚くクロエだが、そこからアルフィスは横回転で起き上がりながらクロエのショートソードを持つ手に蹴りを当てて剣を吹き飛ばした。


そしてアルフィスはクロエの懐に潜り、左のボディブローを腹に叩き込んだ。


「がはぁ……」


腹を抱えながら後ずさるクロエはその痛みに耐えきれず片膝をつく。

それを見たアルフィスは追撃はせず、ジャケットの胸ポケットに手を入れゴソゴソと探り、手紙を取り出した。


「お前がクロエ・クロエラか。これを」


そいう言うとアルフィスは膝をつくクロエに手紙を差し出した。

クロエは苦しそうな表情でゆっくり立ち上がり、アルフィスからその手紙を奪うように受け取った。


「ナナリー・ダークライトからの紹介状だ」


「なに?」


クロエが手紙を封筒から取り出し読む。

それを読みながらクロエはアルフィスをチラチラと見ていた。


「まさか……"死神"と組んで生きている人間がいるとは……」


「まぁ死にかけたがな」


クロエはアルフィスの言葉に鼻で笑った。

そして再びクロエは鋭い眼光をアルフィスへ向けた。


「この国は初めてか……二つ聞きたい。お前の名前は?」


「ん?俺はアルフィス・ハートルだが」


「"アルフィス"……違うな……戦い方を見てもしやと思ったが……」


アルフィスはその言葉に首を傾げた。

クロエは手紙を封筒へ丁寧に戻すとアルフィスへ返した。


「悪いが私はお前とは組めない」


「はぁ?どうしてだよ」


「今は忙しい。傭兵稼業は休んでるんでね」


「マジか……」


アルフィスは頭を掻いた。

一応はリオンがいるため案内役は困らないが、いざとなった時のために戦える仲間は欲しいというのが本音だった。


「それともう一つ。さっきの戦い方、どこで見た?」


「ああ、あれは"ジレンマ"とかいう銀髪の男が使ってた戦法だ。俺は火の魔法使いだが下級魔法しか使えない。だから点火のために魔石が必要なのさ」


「な、なんだと……」


クロエは眼を見開き驚く。

その驚きようは常軌を逸していた。


「まさか……まさか"セカンド"と戦闘して生きてるだと?お前は一体何者だ!?」


「いや、だからアルフィス・ハートルだって言ってるだろうが」


呆れ顔のアルフィスだったが、いつの間にか後ろにいたリオンが興奮気味に語る。


「師匠は二つ名最強って言われてるんだ!この国の宝具を求めて来られたのさ!」


リオンの言葉にさらにクロエは驚く。

まさかナナリーと同じ二つ名持ちで、さらに二つ名を持つ魔法使いで最強と言われる男だとは思いもよらなかった。


「宝具を……お前、この国の宝具がどんなものか知ってて来たのか?」


「いや、知らん。他のシックス・ホルダーから聞いてな。一度見てみようと思って来ただけだ」


「アルフィスとか言ったな。そんな生半可な気持ちでこの国の宝具を手に入れようとしているなら悪いことは言わない、今すぐ帰った方がいい」


「どういうことだ?」


「この国の宝具はある組織が狙ってるんだよ。その組織の名はブラック・ケルベロス。私の父はその組織の人間に殺された。それが"ジレンマ"という男だ」


「マジか……」


「お前がアレと戦ってなぜ生きてるのかは知らんが、あの男は組織の中でも三人いるトップに君臨している者の一人だ」


「三人?」


「ああ。"銀の獣"と呼ばれている」


アルフィスはクロエの言葉、"銀の獣"という単語に聞き覚えがあった。

それは水の国でメルティーナから聞いた、セシリアの伝言の中に出てきたものだ。


「私は今そのトップを追ってるのさ。ようやく居場所が掴めそうなんだ。とにかく、今からでも遅くはない。帰った方がいい」


「……俺からも質問したいんだがいいか?」


「なんだ?」


「"ラムザ"という名前に聞き覚えはあるか?」


クロエがその名前を聞いた瞬間、顔を強張らせた。


「知ってるもなにも、そいつは"サード"。トップの一人だ」


「そうか……そいつならこの前、俺が風の国で倒したぜ」


「はぁ?」


クロエは小馬鹿にしたような笑いが出た。

だがアルフィスの真剣な表情を見て、クロエはそれが事実であることを察した。


「まさか……"セカンド"と戦って生きてるだけでなく"サード"を倒したですって?」


「ああ。ナナリーと一緒にな。それに俺は決して生半可な気持ちでここにいるわけじゃない。目的があって宝具を求めてるのさ」


「目的……?なんなのよ、それは」


「俺は火の王に挑む」


クロエがその言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。

アルフィスの後ろで一部始終の話を聞いていたリオンも言葉を失っている。


確かにケルベロスのトップは強い。

だがそんなのは小物に思えるほど火の王は別格の強さだ。


クロエが見る限りアルフィスという男は嘘をつくような男に見えない。

アルフィスが本当に火の王に挑むつもりなら……とクロエは少し考えて口を開いた。


「前言撤回するわ……私はあなたとバディを組む。ただし条件がある」


「なんだ?」


「ブラック・ケルベロスを潰す手伝いをしてもらいたい。いや、"セカンド"との戦いだけでいい。私と共闘してもらいたい」


「なかなか面白い条件だな」


この条件は誰の目から見ても重すぎた。

ただ宝具を見に行くだけなら案内はリオンだけで十分で、バディは保険程度だ。

クロエもそれは重々承知の上だった。


しかしアルフィスはクロエの真剣な表情を見てニヤリと笑った。


「お前の"親父の仇"には俺も借りがある。奴を一発ぶん殴らない限りは気が済まん」


その言葉を聞いたクロエは胸を撫で下ろした。

最初は自分だけでやるつもりだったが、ジレンマを一人で倒せるとは思えない。

ラムザを倒した人物なら、これほど頼れる人間はいないだろう。


「感謝する……早速だがここから少し南西に行くとライラスという町がある。恐らく奴らの拠点があると睨んでる。来てくれるか?」


アルフィスはリオンの方を見た。

流石にアルフィスだけの一存では決められない。

だが事情を察したリオンは笑顔で頷いた。


「いいぜ。まぁ宝具は逃げやしないからな」


そう言うとアルフィスは笑みを溢す。

その表情を見たクロエは少し涙目になっていた。


アルフィス、リオン、クロエの三人は南西にある町、ライラスへと出発するのだった。

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