クロエ(1)


土の国、最初の町であるマイアスを出発したアルフィスとリオンはザッサムを目指していた。


日中、炎天下の中、荷馬車は岩の道をゆっくり進んでいた。

御者はリオンで、アルフィスは荷台で寝ている。

しかしアルフィスはあまりの暑さにイライラし始め、結局勢いよく状態を起こした。


「なんて暑さだよ!!寝てられっか!!」


「こんな時間に寝るなんて、師匠くらいなもんですよ……」


リオンは呆れ顔だった。

まずこんな日が照っている時間に野外で寝る人間は土の国には存在しない。


「お前は暑くないのか?」


「僕は慣れてますから」


リオンは笑顔で答える。

アルフィスは大きくため息をつくと正面に続く岩の道を見た。

その道はしっかり整えてあり、色は土色だがコンクリートの道路のようにも見た。


「しっかし周りは砂漠なのに、こんな道があるとは便利だな。いや、これがなけりゃ不便すぎるか……」


「ああ、これはエイベル様という魔法使いが作ったのです。このおかげで移動にはあまり困らないみたいですよ」


「マジか。あいつが……」


「南の方はまだ終わってないみたいですけど。それでもザッサムまでならスムーズに移動できると思いますよ」


アルフィスはリオンの言葉を聞いて少し考えていた。

この距離の道を作るのにどれだけの時間が掛かったことかと。

だが、もうこの道は南の方に作られることはないだろうと思った。


「師匠はなぜ土の国まで来たのですか?」


「俺か?俺はこの国の宝具を見てみたくてな」


その言葉にリオンは驚く。

この国の宝具がどんなものなのかは、土の国に住む者なら知らぬ者はいなかった。


「この国の宝具に興味をお持ちとは……もし師匠が使い手になったら大魔法使いケルベロス以来ですね!」


「ケルベロス?」


「ええ。唯一、この国の宝具を使いこなしたと言われている魔法使いで、土の王に勝ちかけた英雄ですよ!」


リオンは興奮気味に語っているが、アルフィスはリオンの話を聞いて首を傾げた。

アルフィスが知ってるケルベロスというのは"悪い人間"というイメージだったからだ。


「なんで英雄なんだ?土の王が悪いヤツってわけじゃないだろ?」


「もちろん。土の王はとても優しくて、僕たちが村からザッサムに移動した時にも自ら赴いてました」


「だったらなんで英雄なんだ?」


「それは憧れからでしょう。魔法使いで王に勝つなんて無理な話ですし。この二千年間で"王に勝ちかけた"なんてケルベロス以外には聞いた事ないですから」


「なるほどな……」


ケルベロスというのは魔女崇拝組織に関わる人物で間違いないが表立っては英雄のようだ。

それは"王に勝ちかけた"というのが美化されてのものなのだろうとアルフィスは思った。


「この国の宝具ってそんなにヤバいのか?」


「宝具については詳しい話しは聞いた事ないです……ただ、なぜか使い手がすぐ死んでしまうみたいで、未だにザッサムの宝物庫にあるとしか……」


この件についてはずっとわからずじまいだった。

現状、情報としては"凄まじい強さだがデメリットも凄まじい"としかわからなった。


「まぁ行きゃわかるか」


そう言うとアルフィスはまた寝転がる。

相変わらず日差しは眩しいが、お構いなしに横になるアルフィスにリオンは呆れる以上に尊敬の念が強まった。



____________




アルフィス達がマイアスを出発して二日後、ザッサムに向かうために最初に経由する村に二人は到着していた。


夕刻、二人が村の入り口付近に辿り着くが、目の前の惨状を見て言葉を失っていた。


村はそれなりに大きく、家屋も多く立つ。

だが至る所から煙が上がり、人も倒れていた。


「何があったんだ……」


「ま、まさか竜血……」


アルフィス達は荷馬車を降り、村へと入っていく。

歩きながら倒れている人間の安否を確認するが、村人は息絶えていた。


そして一番奥の広場に到着すると、アルフィスとリオンは凄まじい瘴気量を感じた。


「く……気持ちが悪い……」


「無理するなリオン。下がってろ」


目の前にいるのは人型の通常個体の魔人だった。

魔人はアルフィスに気づくとゆっくりと歩いて近づいてくる。


「ま、魔人相手だなんて……無茶です師匠!」


「いいから、お前は下がってろ」


そう言うとアルフィスも魔人の方へゆっくり歩き出す。

その距離は20メートルほどあった。

アルフィスは両太もものバックから火の魔石を取り出し両手に握った。


「複合魔法・下級魔法強化……」


赤い魔法陣が展開する。

同時にアルフィスは右手を強く握り、右手の火の魔石を握力で潰す。

すると火はグローブに吸収され、右手に炎を纏った。


さらにアルフィスは左手に握る火の魔石を宙に浮かせると、そのまま左ストレートで魔石を打ち出した。

そしてアルフィスは一瞬にしてその場から消える。


打ち出された魔石が着弾する瞬間、アルフィスは魔人の目の前に現れる。

火の魔石が着弾と同時に溜めた右ストレートで魔石ごと魔人を殴った。


炎嵐フレイム・テンペスト……ヘヴィ・バレット」


ズドン!という轟音と共に魔人の胸あたりで爆発が起こる。

その衝撃と威力で魔人は数十メートル吹き飛ばされ地面を転がる。

ようやく止まった魔人の胸には大きい風穴が空いていた。


「す、凄い……魔人を一撃で倒すなんて……」


リオンは感動していた。

魔法使いが魔人を倒すこともありえないが、さらに一撃で倒してしまう人間がいるとは思いもよらなかった。


「まだいるかもしれん。警戒を……」


アルフィスが振り向いてリオンの方を見ると、さらにその先に黒い人影があった。


「リオン!後ろだ!!」


リオンがその言葉に驚き、すぐさま振り向くと、そこにはまたも通常個体の魔人が立っていた。

リオンは腰を抜かして、その場に尻をついた。


「ひ、ひぃ!!」


魔人は座り込むリオンにゆっくり手を伸ばそうとしていた。

それを見たアルフィスが太もものバックから魔石を取り出そうとした瞬間だった。


ドン!という轟音と共に魔人の頭に、横から何かが当たり首ごと頭が吹き飛んだ。

魔人は胴体だけ残り、リオンの方へ胴体だけ倒れた。


「ひぃ!」


リオンは寄りかかってきた魔人の胴体を突き飛ばす。

そして正面を見ると、そこには一人の女性が立っていた。


女性はショートカットの茶髪で少し褐色肌。

白いヘソ出しのキャミソールにブラウンの袖なしジャケットを羽織り、ショートソードを背負っている。

そしてホットパンツに黒いブーツを履いた20代ほどの女性だった。


その女性は座り込むリオンを見ずにアルフィスを鋭い眼光で睨んでいる。

アルフィスはその眼をみて一瞬で強者であるとわかった。


「あんた……どこでその戦法を?」


「あ?どういう意味だ?」


「とぼけるつもり?魔法使いはそんな戦い方はしない。そんな戦い方をするのはこの世でただ一人。いや一人しかいなかった……」


「いなかった?どういうことだ?」


アルフィスは首を傾げた。

これはジレンマが使っていた戦法で、それを真似ただけのものだ。

だが、この女性の言葉からすると、この戦法を使っていた人間はもういないようにも感じる。


「まだとぼけるの?なら……」


そう言うと女性はドン!と地面を蹴り一気にアルフィスへ向かった。

そのスピードはあまりにも早く、アルフィスの早さにも匹敵しそうなほどだった。


一瞬で20メートルほどの距離を詰める。


「早い!!複合魔法・下級魔法強化!」


女性は顔面狙いの右の回し蹴りを放ち、アルフィスはそれを左腕を上げてショルダーガードする。


「マジか……なんて威力の蹴りだ……」


女性はさらに足技の連撃を繰り出し、アルフィスに手を出させない。

たまらずクロスガードで防ぐアルフィスだったが、女性はさらに一歩踏み、下から上へ蹴り上た。


するとアルフィスのクロスガードは解かれ、そして仰反る。

そこに女性はクルッと一回転しながら左の後ろ蹴りをアルフィスの顔面に叩き込んだ。


その衝撃でアルフィスは数メートル吹き飛ばされるが、かろうじて耐えて立っていた。

アルフィスは口から出た血を袖で拭う。


「なんでこんなに弱いのかしら?」


「なに……?」


その言葉にアルフィスは困惑していた。

このセリフはある人物の"口癖"だった。

そしてアルフィスも過去にこの人物の影響を受けている。


「お前が父を殺した者の関係者で間違いないな……この私、クロエ・クロエラは必ず父の仇を討つ!」


クロエと名乗った女性はアルフィスをさらに鋭い眼光で睨んだ。


「なに!?おい!待て!!」


クロエはアルフィスの言葉を無視し、再び勢いよく地面を蹴ると猛スピードでアルフィスへ向かった。

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