それぞれのそれから(1)
風の国 闘技場
闘技場の壇上、アルフィスは魔法を解除し、倒れるラムザを見つめていた。
ナナリーも、それを支えるワイアットも倒れるラムザを睨む。
ラムザは顔が痩せ細り、呼吸も浅く、時より咳き込むと口から黒い液体を吐く。
その姿は先ほどとは違い80代ほどの老人に見えた。
アゲハとレノも壇上へ登り、アルフィス達の元へ歩み寄った。
「まさか……まさか……ケルベロスである私がこうも簡単に……」
ラムザの胸には風穴が空いているが、それでも生きていることにアルフィス達は息を呑んだ。
「てめぇの目的はなんだ?一体何をしたかった?」
「最強を……生み出す……実験ですよ……どんな経験をすれば……最強になれるかのね……」
ラムザの言葉にアルフィスは首を傾げた。
そこにレノが倒れるラムザへ近づいた。
「なるほど。お前が見たかったのは"結果"ではなく"過程"だったのか」
「……」
「お前とガウロのシナリオはアゲハを最強のシックス・ホルダーにすることだった。そこで異世界人の強者を師匠にし、さらにその師匠と戦わせてアゲハを勝利させる。この経験で培われるもの。それを見たかったんじゃないか?」
レノの言葉に一同驚くが、ラムザだけは少し笑みを溢した。
「私の目的はそうでしたよ……誤算は多々あったが、この実験は成功した……これで私は用済みだ……」
「そうか……もう一つ聞きたいことがある」
「……なにかな?」
「僕のシークレットスキルでお前の過去を見た。真っ暗闇で見えなかったが、声だけは聞こえていた。その中でお前が呼んだ名前、"アルフォード"とは一体誰だ?」
ラムザはその名前を聞いた瞬間、息が荒くなった。
それは明らかに動揺しているようだった。
「もしかして"ファースト"か"セカンド"か?」
「私はその質問には答えられない……」
レノはため息をついた。
確かにこの質問には答える必要などない。
だがラムザの焦り具合を見るに、明らかに"アルフォード"という人物はこの事件のキーパーソンだった。
「ただ……アルフィス・ハートル……恐らく君はこれから大いなる経験をする……私がその経験を見届けられないのは残念だ……」
アルフィスはこのラムザの言葉に首を傾げた。
それはアルフィスの未来を知っているかのような発言だったからだ。
「それは、どういうことだ?」
「……また……来世で会いま……」
言葉の途中でラムザは生き絶えた。
その体はさらに痩せ細り、ミイラのような姿になってしまった。
アルフィス達はラムザの死を見届け、闘技場を後にした。
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風の国 中央レイメル
クローバル家 屋敷前
昼下がり、アルフィスはアゲハと向かい合い、クローバル家の屋敷前に立っていた。
アゲハはいつもの服装とは違い、白いワイシャツに青いジーパン、上着にはブラウンのレザーのロングコートを羽織っていた。
背中には宝具である魔剣レフト・ウィングを背負っており、左手には刀を持っている。
髪もポニーテールではなく、整えられたショートカットになっていた。
「お世話になりましたね、アルフィス。あなたには感謝してもしきれない」
「いいんだ。俺は強いやつと戦えればそれでいいからな」
アルフィスの言葉に笑みを溢すアゲハ。
たがアゲハは少し悲しい表情をしていた。
そして意を決したように口を開いた。
「もし……もしアルフィスさえよければ……」
「なんだ?」
アゲハは何かを言いかけて口をつぐんだ。
そしてすぐに笑顔になりアルフィスを見た。
「いえ、なんでもありません。また風の国に来ることがあれば顔を出して下さい。今度はゆっくりお茶でもしましょう」
「ああ、そうだな……」
二人は少し沈黙した。
長い旅をして、共に戦ってきた仲間との別れは寂しかった。
そしてその沈黙を破るようにしてアゲハが右手を前に出す。
アルフィスは、その手を取り握手した。
「あなたと握手するのは初めてですね」
「そうだな……こんなに長く一緒だったのにな」
そう言って二人は笑いあった。
そしてアルフィスはクローバル家を後にしようとアゲハに背を向けて門に向かう。
「あ、そうだ、アルフィス!」
アゲハから不意に呼び止められたアルフィスは振り向く。
アゲハは笑みを浮かべながら左手に持つ刀を前に出していた。
「今度、お茶の時にでも……あなたの"故郷"の話を聞かせて下さい」
「おう」
アルフィスは笑顔でアゲハに手を振り、クローバル家を後にした。
アゲハはその姿が見えなくなっても、ずっと屋敷の前に立ち続けた。
アゲハの頬には涙が伝った。
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中央レイメル 墓地
夕刻、レイメルの町外れにある墓地に、ただ一人、ワイアットだけがいた。
墓石が無数に並ぶ中、一つの墓石の前に立つ。
「お前の無念は晴らしたぜ……エイベルにも伝えてくれ……」
ワイアットは墓石を見つめて、それに語りかけていた。
今回の旅を思い出してワイアットは涙する。
得られたものよりも失ったものの方が多い気がしたのだ。
そこに一人の聖騎士が近づく。
それはさらに小さくなったノア・ノアールだった。
「男が泣くなよ。みっともない」
「うるせぇ……あんたは悲しくないのか?エイベルのこと」
「悲しくないわけないだろうが、腹違いと言っても兄だぞ」
そう言うと珍しく悲しげな表現をするノア。
性格は全く違うが、エイベルには色々助けられていた。
そのことを思い出しては心が痛んだ。
「しかし今回の件、誰が二つ名招集なんて考えた?エイベルも首を傾げてたぞ」
「ああ、言ってなかったな。この作戦はエリスが考えたんだ。最初の編成も全てな」
ワイアットは驚いた。
この魔剣レフト・ウィング奪還作戦は全てエリスが考え、実行に移されていた。
それは二つ名招集からマルロ山脈へ登るためのチーム分けまでだ。
「恐らく、こうなることもわかっていたのだろう」
「魔女の予知か……だがなぜ二つ名招集なんて考えたんだ?」
もっともな疑問だった。
もしこの作戦がノアだけで完了できたのであればエイベルもヴァイオレットも死ななかった。
「私の推測だが、もし二つ名を招集しなかった場合、私は死んでいたのだろう」
「なんだと?」
「エリスは私を生かすために、この作戦を考えた。こうなるまでは半信半疑だったが、二つ名の中に私を死ぬ運命から救う者がいたんだ」
「誰だよそれは」
「……アルフィス・ハートルだ」
ワイアットが再び驚き、言葉を失う。
まさか、まだ少年のアルフィスが聖騎士団長を救う存在とは信じ難かった。
「一年半ほど前、私が土の国からセントラルに帰った時に、エリスが妙なことを言っていたんだ」
「妙なこと?」
「ああ。"ようやく炎の男が来た"と」
「確かにあいつは黒獅子のグローブで炎を纏うが、それは水の国へ行った後のはずだが……」
「エリスはもうその時にわかっていたんだよ。"私を救う人間が私に喧嘩を売りに来る"と。だからいつも私の側を離れないエリスは土の国に来なかった。確かめておきたかったんだろうな、その"炎の男"を。そしてエリスは事あるごとに"アルフィスという生徒とは絶対に戦うな"と私に念を押してたよ」
「確かにアルフィスがいなければラムザは倒せなかっただろう……だが……」
「もしこの道でなかったのなら……そう考えるだけ無駄だ……この作戦自体、いつから考えられていたものなのかもわからん。私はセントラルに戻るよ」
そう言ってノアはワイアットに軽く手を振って墓地を後にした。
ワイアットは二つ名招集がなされなかった場合のことを考えていたが、何度考えても上手くまとまらなかった。
「確かに……考えるだけ無駄だな……」
そう言って笑みを浮かべるワイアットは友の墓石に少し触れ、墓地を後にした。
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